#1 異世界は突然に

 20XX年、夏。

 地獄の様な猛暑が連なって、世界中の人々が潤いを求めている。

 さらなる地球温暖化によって、陸が何割かなくなった国もあった。

 私たちの住む日本もいつか海に沈むのだろうか、沈むとするならばいつ頃だろうか。

 そんなことを自分なんかが考えても仕方ないとは思うけど、いや、考えなければいけないのかな。

 そういえば話は変わるけど夏に食べるスイカは美味しい、めっちゃ種もあるけどすごく美味しい。

 因みに好きなかき氷の味は、青いやつ、見た目も涼しくて最高!

 でも最近はスティックアイスも捨てがたくて──って、はぁ……』



 僕は、手に取った作文の原稿を読んで、深いため息をついた。

 なんなら頭痛がしてめまいも襲ってくる、それはこの暑さからもたらされたものではない。

 

「あの、これって本気ですか?」

「え?ダメだった?」


 そう答える人物は、溶けた液体で湿ったスティックを持ちながら、先端についたソーダ味のアイスをぺろりと舐めとっている。

 危機感はなく、だらけた顔だ。夏休み終盤だというのに、ベランダで足をパタパタさせながら、怠けている。


「当たり前じゃないですか、夏休みの課題の作文『地球温暖化の問題について』って、こんなの提出したら先生に怒られますよ」

「えー!いいじゃん、何ならおにぃの作文写させて!」

「だ・め・で・す!僕まで評価落とされますから!ほら、机に戻って。出来るだけ一緒に見てあげますから頑張りましょう?」

「え〜……」



 僕達、中村秋ナカムラアキ中村柊ナカムラヒイラギは今日で十八歳を迎える兄妹だ。

 何の変哲も無い、至って極普通の兄妹。少し変わったことと言えば双子である事だろうか。

 僕が兄で、柊が妹だ。


 今は夏休みの真っ最中、カレンダーの殆どは赤いバツ印に埋められ、残りは五日ほどしか無い。

 しかし困った事に、妹の柊はまだ課題を六、七割しか終えていないのだ。

 「ラストで燃えるんだ」とか抜かしたけど、実際に終わった試しがなく、毎回僕まで先生に愚痴をこぼされる。

 連帯責任というやつだ、クラスも同じ、席も隣ということもあり僕は常にトラブルメーカー、柊のお守り。

 そんなこんなで今一緒に課題を進めているところだ。


「うう〜、あっづい!コーラ飲みたいよ〜!」

「はぁ、仕方無いですね。それでやる気を出すなら──

「出す!出すからお願いおにぃ!」

「はいはい、分かりました」


 僕は、しょうがないと椅子から立ち上がり、後ろにある冷蔵庫を開ける。


「うわぁ、僕の分、無いな……」


 残り少ないコーラを取り出してグラスに入れる。なみなみと今にも溢れそうな程に注ぐと、溢れないように慎重に机の上へと置いた。

 そして柊を呼びつける。すぐに駆けつけてきた。


「わぁー!やったー、これぞオアシス!夏にはやっぱり炭酸が効くよねぇ……おお、五臓六腑に染み渡る、ぷはーっ!」


 ごくごく、と勢いよく飲み干して、ガタン!とグラスをテーブルに打ち付ける、割れるからやめてほしいと言っているのに……悪い癖だ。静かに注意する。


「これでやる気出してくださいよ、数学、英語、現代文、作文。残ってるんですから」

「あー!言った!言ったね!もうやだ、そういうのが一番やる気なくすもん!」

「ええぇ………じゃあ何も言わなくてもお利口な柊なら出来ますよね?」

「それ絶対馬鹿にしてるよね!?やらないよ!」


 小馬鹿にされている事に珍しく気付いたのか、口を尖らせ柊は怒っている。

 とりあえず、やる気が無くならない内に終わらせてほしい、それだけ済んだらもういいから、好きなだけ遊んでいいから。


「母さんも、なんとか言ってよ」


 リビングの隣、和室のスペースで座禅を組みながらカタカタとキーボードを打ち込み続けている母に話しかけた。

 

「んー、まぁいいんじゃないか。但し、終わってなければしばくかもな」

「わー!全力でやるよ!」


 僕達の母親、中村桐ナカムラキリはシングルマザーだ。

 常に作業場所で、自分の仕事に没頭している、気の強い性格であり、常に帽子を身につけている。その帽子を取った瞬間は見たことないっけ。

 とにかく一風変わった人だ。ただ面倒見は良くて、仕事が休みの日は家族で楽しく暮らしている。

 僕達、家族の仲の良さは、結構いい方に当たるのではと思う。


「お、そうだ。地下室に参考書とかあるから使うといいぞ」

「あー、あそこですか。行きましょうかね」

「地下室!?行きたいなー、ひんやりしてるでしょ!」


 因みに、僕たちの家は一軒家だ。いわゆる曰く憑き物件であるがそういう類とは出会った試しがない。実質ただの格安物件、おかげで今住めている。

 そんな訳で、僕達はリビングから廊下に行き、そこから続く地下への階段を降りていった。


 地下の中は、若干湿っており、ひんやりとしている。柊が壁に顔や体を当てて涼んでいる。

 今年の夏は猛暑だからだろう、僕も何気無しに涼んでしまっていた。

 地下には、倉庫へと続く扉があり、その中にはちょっとしたガラクタ、思い出の品だったり、本棚が置かれている。

 僕は、部屋の照明を点けると、張った蜘蛛の巣の下を屈んで通り、その本棚へと手を伸ばした。


「懐かしー!昔読んだ本があるよ!」

「ほんとですね、参考書、参考書はどこかな……って、あれ?」


 本棚を漁っていると、ふと、目についた本がある。

 その本を手に取ってみると、はらりとページの隙間から、一枚の紙が落ちた。

 乳白色の古ぼけた紙であり、真ん中には魔法陣のような模様が描かれていた。


「なにそれ?魔法陣!?」

「な、何ですかね?これ」


 柊はその魔法陣にいかにも興味津々、といったところだ。

 逆に僕は訝しんだ。一体これは何だろう、何でこんな物が地下に……?

 と、その瞬間──


「えいっ!」

「あっ」


 柊が、その魔法陣に手を触れた。魔法陣は、蒼く光って──急に、僕達は激しい眠気に襲われて、瞼を閉じる……。

  目の前が闇に包まれ、三半規管を強く刺激する。ぐるぐると、まるでここではない別の何処かに向かっているような、そんな気がした。体の自由が奪われ、僕たちはただ意識を残したまま、何処かを彷徨った。


 ──それからどれくらい経っただろう?それはまるでたった数秒の出来事のようにも感じられたし、何日も、果てには何年も経ってしまったような感覚さえする。

 突然、目蓋を通して光を感じた。あまりの眩しさに、僕は身悶えした。

 ゆっくりと目を開ける。少しづつ光に目を慣らして。

 少し経って、光に慣れた目は真っ先に周囲の状況を確認しようと、せわしなく上下左右と動き続けた。そして僕は信じられないよう状況を理解、そして目の当たりにして愕然とした。

 隣にいた柊もそれは同じようだ、


「はいいいいっ!?」

「わあぁぁぁぁぁぁっ!」


 目の前に立ち並ぶは、中世の街並み、街ゆく人々は角や羽の生えた……或いは普通の人間だったり。

 先程いた地下室でないのは一目瞭然、誰の目から見ても明らかであった。


 訳が分からない、訳がわかる筈がないが────僕達は、何かとんでも無いことに巻き込まれてしまったようだ。

 一体、これからどうなるんだ?

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