第19話『美少女はハミチンがお好き?(なはずあるか!)』
3年C組・福田孝太の人生は、彼の主観によると『今のところは、何とかうまくいっていた』。
えっ、2年生じゃなかったっけ、って? 前回のお話から時は過ぎ、2年C組はメンバーそのままもちあがりで3年生になったのだ。
勉強は、苦手。だから成績だって、それほどいいとは言えない。
でも、得意の柔道は部活でも絶好調だし、何よりクラス1(いや、孝太個人の想いの世界では世界一)の美少女・美由紀との恋に『脈がある』という確信めいたものが、自分はうまくいっていないというネガティブな要素を一掃して余りある、絶大な幸福感を与えていた。
気持ちは分かるが、くれぐれも浮かれすぎて足元をすくわれないように、と祈る。「勝ってかぶとの緒を締めよ」と、ことわざにもあるではないか。
ただ、勉強が苦手、ということ以外にもうひとつ——
孝太が、悩みとしていることがあった。それは、『忘れ物』なのだ。彼は、中学生生活で実にしょっちゅう「忘れ物」をする。
去年、クラスメイトの山崎信吾が、ひとりだけ重要な宿題を忘れて、美由紀が見事彼を救った、という事件があった。(第16話参照)
孝太がこの時宿題を忘れずに済んだのは、孝太に過保護な(?)美由紀が、彼が絶対に宿題を忘れないようにと、提出の三日前からピッタリと張り付いてしごいていたからである。
要するに、美由紀のおせっかいがなければ、孝太も宿題を忘れなかったかどうか怪しかった、ということである。
皆さんは、どうだろうか。忘れ物に気付いた時の、あの『しまった!』という感覚。あれは何度味わっても、嫌なものである。
決して慣れるということのない、冷水を浴びせられたような、身も凍るようなあの感覚ときたら!
忘れた物の重要度が高ければ高いほど、寿命が縮まった感じがするものだ。
この前の朝、もう商店街の『福田クリーニング店』に出勤したはずの孝太の父・辰吉が顔を真っ赤にして家へ戻ってきて、玄関にゼエゼエとへたり込んだ。
母の奈緒子が何事か、と出迎えると——
「み、店の入り口のカギを忘れた! あれがないと、中に入って仕事ができん!」
そういうことが、これまでに一度ならず、数か月の間を置いて定期的に起きている。辰吉はクリーニングの腕は超一流だが、忘れ物をするクセだけはなかなか直らないらしい。
もしかしたら、オレの忘れっぽいのはオヤジの遺伝か? と思う孝太であった。
「……でも、やっぱりオヤジのせいにするのは『責任転嫁』ってやつかな?」
おお、その四字熟語が使えるあたり、国語も少しは身についているということか。中畑先生が知れば、泣いて喜ぶであろう。
忘れ物自体はよくないことだ。
しかし、それで結構鍛えられるものもある。孝太が忘れ物をすることで身に着けた能力は、「臨機応変さ」「状況判断能力」「社交性」、この三つだ。
忘れ物の中には、例えば教科書のように、すぐ隣りに頼んで見せてもらえば済む、というわけにはいかない物もある。
クラス全員がそれぞれ一斉に使うものなどは、内輪で貸し借りが不可能だ。
例えば体操服や帽子、体育館シューズ。あと、音楽のリコーダー(笛)なんかもそうだ。さて、そういうものを「忘れた!」と気付いた時に、どうするか?
昼休みを除けば、授業の合間の休み時間は10分程度しかない。
忘れ物を借りるための、タイムリミットギリギリの戦いが始まるのだ。
まず、忘れ物が何の授業で使うものなのかによって、何組にその授業が今日あるかを調べておく。そして、大急ぎで他クラスへ飛んで行く。次の授業が移動教室や体育の授業だったら、そのクラスの子たちは早めにいなくなってしまうからだ。
あとは、借りやすい人物を探す。
気持ちよく貸してくれる人物がすぐ見つかると、ありがたい。
顔見知りがその場にいない時もあるから、その場合は恐る恐る声をかけて丁寧に頼み込まねばならない。まったくの他人に気持ちよくものを貸してもらうには、かなりの社交性も必要とする。
そんなことをしているうちに、結構子ども社会で生き抜くサバイバルスキルが身につくのだ。そういうヘンな能力ばかりが磨かれて、肝心の忘れ物自体は一向に減らない孝太なのであった。
孝太は、忘れ物をするたびに「忘れ物なんてするもんじゃないや」といつも思う。
借り物というのは、やっぱり色んな意味で不便なのだ。
教科書を借りると、人によってはヘンな落書きやきつい書き込みがしてあって、とても読みづらい。笛を借りると、男と間接キスがいやだ。
借りる時、相手のほうでも 『洗って返せよ!』と念を押してくる。
かといって、女子に借りるなんてもっとアリエナイ。
体操服を借りると、胸に他人の名前が書いてあるため、授業中にからかわれる。
先生も調子に乗って、体操服の名前で孝太を呼んだりするものだから、クラスの笑いものになってしまう。
つい先日も、孝太は体育館シューズを忘れて借りたのであるが……
借りた相手の足のサイズが、恐ろしく大きかったのだ! 孝太が気付いた時には後の祭りで、そのブカブカのシューズで挑んだバスケの試合は、孝太のチームの完敗であった。
その時、孝太は「まぁ、小さくて入らないよりはマシだったのだ」と、まるで自己啓発的(?)な視点で前向きに考えた。
さて、そんなある夏の日のこと。
3年C組の一時間目が、体育だった。
しかも、水泳。この前プール開きしたばっりで、まだ入るのは2度目である。
さて、この年頃の男の子は、みんながそうではないだろうが結構残酷である。
どのクラスにも、だいたい性格の悪いのが一人や二人いて、、腰にタオルを巻いて水着に着替えているところを、タオルをまくり上げたりずらしたりしてくるのだ。
「だはぁ! お前の小いせえええ」
……うるへぇ。余計なお世話だ。
ってか、オレらくらいの年齢なら、まだそれほど個人差はないと思うんだけど?
美由紀にがっかりされないか、などととても不謹慎なことを考えた。
そうやってナニを見られるのがいやだから、孝太はある工夫をした。
もう、家を出る前から水泳パンツをはいておくのだ。言い換えれば、水泳パンツをはいて登校するのだ。そうしたら、ズボンを脱ぐだけでもう準備オッケイだし、忘れ物もしない。。
特に水泳の授業が一時間目とかなら、これほど楽なことはない。よって孝太は、その必殺の技を使うことにしたのだ。
ただ、孝太はいつも、皆の期待に応えて、『何かをやらかしてくれる』、素晴らしいキャラクターなのだということを、忘れてはいけない。
孝太は、水泳の授業を終えてから、更衣室である重大なことに気付いた。
そう。それはものすごく重大なこと。
……えええええマジいいいいい!?
替えのパンツを忘れたのだ。
原因は、家で水泳パンツを仕込んでしまったことにある。それをした時には、必ず自分のパンツを忘れないようにしないといけない。これ、鉄則。
孝太はもののみごとに、その鉄則を忘れたのだ。
……どうするどうする?
どうするったって、どうしようもない。
孝太は、万引き犯のようにキョロキョロと周囲を見回した。
この瞬間、誰も自分に注目していないのを確認してから——
エイッ!
気合いを入れて、孝太は学生服のズボンをはいた。
いわゆる、『ノーパン』というやつになったのだ。
男の子のノーパンなんて、誰も見たくないものの代表であろう。
(趣味嗜好によっては、その限りではない)
濡れて乾くにも時間がかかる水泳パンツの上からズボンをはく気持ち悪さよりは、ノーパンのリスクのほうをましだと考えて選択したのだが……
孝太は、あとでその選択を後悔することになる。
孝太は焦った。
……ちょっと、これって相当ヤバイよ。
一歩一歩あるくたびに、アソコがズボンのゴワゴワした生地にこすれて、めっぽう痛いぜ!
まるで拷問である。
三時間目の休み時間、室木大輔や宮下遊馬は挙動不審な孝太を見て言った。
「どうかしたのか? めっちゃ内股やぞ、お前」
プールがしょっぱなの一時間目だったから、一日はまだ長い。
孝太は手堅く、休み時間でもトイレ以外は席から立たないようにして過ごした。
4時間目が終わった。
弁当の時間だ。
お茶を運んでくる当番じゃなくって、ほんとうによかったと思った。
クラスのみんなが飲む分の重いヤカンなど運んだりした日には、股間がこすれて痛いことこの上ないはずだ。それで失敗して、思わず中身を廊下でぶちまけてしまったりしたら、総スカンを食らう上に学校での不名誉な伝説になってしまう。
いつも孝太と弁当を食べる仲間の、室木大輔が声を上げた。
「あれ? 安西のやつCD忘れてないか?」
安西京子は、放送部だ。
ちょっとギャル風の子で、髪が茶色い。染めたわけでなく生まれつきだそうで、学校からは特例として、その髪色のまま学校生活をしている。
確かに、安西本人の姿はすでにクラスにはなく、彼女の机の上に『放送用』のラベルが付いたCDがポツンと置かれている。彼女は、今日のお昼の放送の担当のはずだ。すると、放送で流す音楽のCDをここに忘れていった、ということか?
「おい孝太、お前持って行ってやれよ」
「ええっ」
この時、普段は親友であるはずの大輔が悪魔に見えた。人間というものは、置かれた状況によっては人への評価がコロッと変わる、悲しい生き物のようである。
「大輔、持って行ってやりゃあいいじゃんか」
「あ、オレ茶のやかん持ってくる当番。みんな待ってるから今から行ってくるわ」
……何~っ! よりによって、大輔がお茶当番だって?
「そうだよ。孝太が持って行ってやりゃあ、安西さん喜ぶぜ!」
そう言ったのは、やはり一緒に弁当を食べる仲である広田和也である。彼は最近、クラス一料理上手の(美由紀とは正反対にも)堀田利美の弁当を食べている、うらやましいヤツである。
周りのクラスメトたちもこの会話を聞きつけ、「孝太、持っていってやりな!」と口々に言う。孝太は、逆らい難い流れにからめとられ、追い詰められつつあった。
孝太は美由紀に一直線なあまり、安西京子が実は孝太が好きかもしれないという可能性すら、思い至ることがなかった。知らぬは本人ばかりなりで、クラス中は皆薄々感じ取っていた。
結局、孝太は放送用CDを持って、放送室まで届けることになった。
もはや、責任回避不可能な状況に追い込まれた孝太に、選択の余地はなかった。意地でも「ノーパンだから歩くと痛い」という不名誉な真実は言いたくなかったし、かと言ってあまり断り続けても、怪しまれて色々探られてしまう。
道中、孝太は数人の女子とすれ違ったが、彼の極端な内股歩行に恐れをなして距離を取っていた。
オカマ歩行で何とか放送室にたどり着いた孝太は、スマホの時計を見た。
……放送3分前か。何とか間に合ったな——
孝太は呼吸を整えてから、ノックして放送室のドアを開ける。
「失礼しますっ」
そこには、安西京子がいた。
好都合なことに、他の部員の姿は見えない。
放送機器の調整をしていた彼女は、こちらを振り向いた。
「あら福田君。血相変えてどうしたの?」
孝太は、手にしているCDを京子に差し出した。
「これ。忘れてたんじゃない? ないと困るんじゃないかと思って——」
その時、孝太は驚いた。
「孝太、一体何を持って来たんだって?」
……ちょちょちょっと待て。一体、なぜここにいるんだぁ!?
放送室には、京子一人だけだと思っていたのに! なんと、部屋の隅からいきなり湧い出たのは(最初からいるだけなのだが、孝太の気持ちではそうだった)、田城美由紀だった。
「な~によ。私が放送室にいちゃいけないわけ?」
相変わらず、腕組みをして尊大な態度をとるのは、美由紀のクセだ。しかし、これは『孝太の前でだけ限定』で、その他大勢に対してはエンジェルのような柔和な態度なのである。
「田城さんは、今日吹奏楽部を特集する番組をやるから、インタビューするのに呼んだの。あと机にあったCDは明日使うやつだから、今日は別に要らなかったんだ。心配かけちゃってゴメ——」
京子の言葉は、途中から絶叫に変わった。
「キャアアアアアア」
孝太は一瞬、何が起こったのか分からなかった。
次の悲鳴は、美由紀のかわいい口から出たものである。
「チャックから、チャックから……出てるぅ!」
まさかと思って、孝太が自らの股間を見ると——
「ぎえええええマジか! 『はみ出し』てるぅ!」
そうなのだ。普通に社会の窓が開いているだけならパンツの色が見えるだけだが、孝太は今ノーパンなのだ。恐らくだが、教室からこの放送室まで内股で階段を登って来た際に、ズボンのファスナーに複雑な力の入り方をして、徐々に開いてしまったのではないだろうか。
あわててチャックを引き上げるが、これがさらなる悲劇を引き起こした。
「ぎょぴろえええええおおおおお!」
身を……というか皮をはさんでしまった。
「痛てええええええええ」
孝太は思わず床に倒れて、転げまわった。
「だ、大丈夫!?」
美由紀は顔を真っ赤にしながらも、孝太を気遣ってかがみこんでくれた。安西京子のほうはというと、あまりのショックに放送室を飛び出してしまっていた。
「ど、どんな事情があったか知らないけど……それでも安西さんのためにそのCD,持ってきたんでしょ?」
孝太は、とにかく恥ずかしくて仕方がない。世界で一番嫌われるわけにはいかない美由紀に、最悪の醜態を見られたのだから!
「オレって本当格好悪いよな……情けねぇよな」
もう、孝太は涙目だ。
「あ~分かった。アンタ、水泳で替えのパンツ忘れるとかしたんでしょ!」
名探偵美由紀の推理は、いつも完璧に当たる。
「パンツはかなきゃ、歩くの大変だったでしょ。それでも、アンタは安西さんのために、リスクを承知でここまで来てくれたんだ。見直したよ——」
赤面していた美由紀は、さらに頬を紅潮させる。
……え? オレなんか、ほめられてる?
数秒の沈黙。そして……
「……好きよ」
バタバタと、安西京子と他の放送部員が入ってきた。
皆、顔をニヤつかせている。
「おいお前たち。今じゃすっかり学校の有名人だぞ」
それを聞いた美由紀は、放送機器に目をやった。
「嘘お! いやああああああああああああ」
安西京子が、孝太のハミチンにパニックになった際、振り回した手が放送スイッチに当たり、『放送中』になってしまっていたらしい。だから、さきほどのやり取りの一部始終がすべてが、学校中にオンエアされたことに……
クラスに戻ると、孝太は一躍ヒーロー扱いされた。
「チンハミー君」という不名誉な称号までいただいてしまった。
美由紀の「好き」という告白は学校中が聞いてしまい、今や美由紀と孝太は、公認のカップルということになってしまっている。これで、数えきれないほどの男子が悔し涙を呑んだであろうことは、想像に難くない。
職員室でも、先生方に大ウケだったらしい。
孝太は、放送事件のすぐ後で保健室に呼ばれた。ノーパンであることは当然ばれていたから、保健室の先生は酷なことを孝太に要求してきた。
「何もはかないのは衛生的に問題だから、これはいときなさい」
そう言って保健の先生が渡してくれたパンツは、キティちゃんの絵がプリントされている。そう、『女物』だった。
「たまたま、男子用を切らしていてね。我慢なさい!」
「そんなああああああ」
このことは、ノーパン以上に何があってもバレるわけにはいかない。
育ち盛りの男子である孝太がパンティーをはくと、広がったキティちゃんの顔はブタのようだった。パツンパツンで、きつかった。
それから数週間は、それを洗って保健室へ返却してくれた母の奈緒子から 『キティくん』と呼ばれてからかわれた。これに懲りて忘れ物しないように気をつけるのね、という説教つきで。
ではあれから、美由紀と孝太はお互いの距離が縮まって、メデタシメデタシとなったのであろうか?
残念ながら、現実というものは時に残酷だ。
確かに、美由紀が放送室で口にしたことは、彼女の素直な気持ちには違いなかった。しかし、それが学校中に聞かれるという恥ずかしさと、その後あまりにも孝太との仲をからかわれすぎたせいで、美由紀は我慢の限界を超えた。
その日以来、孝太は美由紀にそっぽを向かれ、口もきいてもらえない。
これに懲りて忘れ物が減る、ということもなく。つむじを曲げてしまった美由紀の機嫌をなおす良策も思いつかずで、孝太は生きた心地のしない数日を送った。
しかし。そんなある日のこと。美由紀と孝太との愛が、本物であるかどうかその真価が問われる大事件が起きるのである。
その大事件は、ある人物が美由紀と孝太のいる3年C組に転入生として入ってくることから始まる。
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