第7話『美少女はクイズがお好き?』

 担任の中畑先生が二年C組の教室に入ってきた時、すでにクラス全体が異様にざわついていた。まぁ、このクラスがおとなしく先生を待っているなどということは滅多にないから、別に驚くほどのことではないのだが。

 眉一つ動かさず余裕の表情で教壇に立った国語の中畑先生は、クラス全体にこう呼びかけた。

「おいお前たち、もう授業時間だぞ。一体、何でそんなに騒いでるんだ?」

 静かにしろ、授業を始めるぞと言ってその場を鎮めてしまうこともできたが、この中畑先生はユニークな先生で、面白いことなら脱線大歓迎! という茶目っ気たっぷりの先生であった。

 黙らせるよりも、彼らが一体何でもめてるかのほうに興味をそそられた。



 クラス一のひょうきん者にして柔道のジュニアチャンピオン、福田孝太がよく通る大きな声で叫ぶ。

「先生、朝倉のやつひどいんですよぉ。オレの出したクイズ、くだらないって言うんですよぉぉ」

 あまりのヘンな揉め事の理由に、中畑先生は吹き出した。

「まぁ、くだらないかどうかは、一度聞いてみないと何とも言えんな。一体、どんなクイズだったんだ?」

 ざわつくクラスメイトを尻目に、ただ一人教科書に目を落として冷静に着席しているクラス一の美少女・田城美由紀が顔を上げて説明する。

「……大阪城を建てたのは誰? 豊臣秀吉と答えやすいけど、答えは『大工さん』というひっかけです」

 中畑先生は笑った。

「あっはっは。そりゃ懐かしいな。昔な、ホントにそういう歌があったんだよ。福田、そこから取ったのか?」

 孝太はバレたか、とばかりに頭をかく。

「父ちゃんが、仕事しながらよく歌ってるもんで、覚えちゃったんです」



 その時、ガタンと誰かが席を立つ音がした。

 皆が一斉に振り向くと、孝太のクイズをくだらない、とくさした張本人である朝倉瞳だった。

 彼女は大の読書好きであり、理屈をこねさせたら彼女の右に出る者はいない。

「要するに、このクイズの趣旨は『建てさせた者ではなくて直接建てる事に関わった者に焦点を当てている』わけですよね。それだったら、設計技師や測量士、石工、庭師、鳶、装飾などの彫刻師……挙げたらキリがありませんが、そういう人たちも厳密には入ってきてしまいますよ? 大工だけで城は建ちません」

「けっ、何でそこんとこ寛大になれないんですかねぇ~。そんなオカタいことでは、お嫁にいけなくなっちゃいますよぉ?」

 冷やかし半分に口を挟む孝太に、瞳はブチ切れた。

「な、何ですってぇ!?  もう一度言ってみなさいよっ」

「まぁまぁ」

 場が一向に収まらないのを見てとった中畑先生は、クラス全体に提案した。

「よしっ。今から先生がお前たちにクイズを出す。もしそれに答えられたら、この授業は『クラス内対抗クイズ合戦』にしてやろう!

 それを聞いたC組全体から、ワァッと歓声が上がった。孝太と瞳も、ついさっきまでいがみあっていたことすら都合よく忘れて、喜んでいる。



「そ、それでは第一問」

 中畑先生はコホン、と咳払いをして、言った。

「ある乗り物の中で、医者が亡くなっているのが発見されました。さて、この乗り物とは何?」

 クラス中がいったん静まり返った。

 静寂を破って、美由紀がきれいな黒髪を揺らして顔を上げて言う。

「寝台車……そのこころは『死んだ医者』」

 それを聞いたクラス中から、ブーイングが上がった。

「先生、しょーもないです!」

 あまりにも不評だったため、中畑先生は思わずひるんだ。

「そ、それじゃこれはどうだ?……坊主が二人歩いています。さて、季節はいつでしょう?」

 これも、先生が問題を言い終わってものの数秒もしない間に、美由紀が無表情のまま答えてしまった。

「冬。和尚がふたりで『おしょうがツー』」

 皆、あまりのくだらなさに凍りついた。

 大ブーイングの嵐に、中畑先生はたじたじになりながらも反撃に出た。

「そ、そうやって先生ばっかりそうやって責めるけどな、お前たちはどうなんだ? 何か、おおっと思えるような問題を出せるのか??」

「はい、先生」

 理屈屋の朝倉瞳が立ち上がった。

「では、先生に問題です」



 問題。ある人が、風邪をひいて寝ていました。

 その人の家の庭で、飼っている牛が『モゥ~』と泣き、布団の上に蝶がヒラヒラ~と飛んできました。

 さて、この人の病気は何?



「……そりゃ、盲腸じゃないのか」

 中畑先生は、すでに瞳の術中にはまっていた。

「ブーッ!」

 瞳の小ばかにしたような声が響く。この程度の簡単なひっかけにやられた中畑先生にあきれた美由紀は、ボソッと言った。

「先生、問題文よく聞きなよ。一番最初に『風邪をひいて寝てた』って言ってるじゃん。だから、答えは風邪。しっかりしなよ、中畑センセ」

「ムキーッ」

 カチンときた中畑先生は、顔を真っ赤にしてムキになった。このままでは引っ込みがつかないと感じたのか、C組に対してさらなる挑戦を挑んできた。

「よし、それじゃあ次の問題、かかってこい!」

 もう、国語の授業はどこへやら、である。

 今度はハイハイッ、と手を挙げた孝太が、問題を出した。



 問題。ライオン、という動物を、数字三文字と一つのアルファベットで表現してください。



「……それは、要するに数字3つとアルファベット一つを組み合わせて、見ればライオンと分かるものにすればいい、ってことだな?」

 中畑先生は念を押した。

「はい、そうで~す」

 クラス中が考え中のところ、美由紀だけが声を出した。

「私、分かった。でも。すぐ言ったら面白くないから、黙っとくね」

「ゲ。まさか知ってたのか? やっぱり田城にはかなわねぇなぁ」

 孝太は、美由紀に正解かどうか確かめに行こうともしなかった。

 今までの経験から、彼女がそう言うなら絶対だ、という確信があったからである。

 中畑先生はしきりに肘をついたり、腕組みをしたりとポーズを色々変えていたが、一向に答えの出る様子もない。

 他のクラスメイトたちも、ライオンという字を英語表記にしてみたり、あ行から何番目、だとか数字に無理矢理変えたりしていたが、やはり分からない。

「こ、降参だ!」

 中畑先生は、ガックリと肩を落とした。

「ヘヘン。これは、オレの自信作だったんだ」

 得意になった孝太は、正解を披露した。

 クラス中から、「なるほど、そういうことかぁ~」という感嘆の声が上がった。



 答え : 『110-O』(百獣の王)



「うがあああああつ」

 ショックのあまり、中畑先生は黒板に頭を打ち付けた。



 ……このまま引き下がっては、教師として立つ瀬がないっ。何としても正解をゲットせねばっ!



「よっしゃ、さぁ次だ。次の問題だっ。さぁ、出せえ!」

 出せ、って言われても——。

 あまりにも大人気ない中畑先生の剣幕に、C組の生徒たちはドン引きだった。

「はい」

 おずおずと遠慮がちに手を挙げてきたのは、陸上部のエースにしてC組一の俊足・宮田菜緒であった。



「お地蔵さんの前に、おむすびが5つありました。

 そこへお腹のすいた旅人が通りかかって、二つ食べてしまいました。

 次にきつねが通りかかって、一つ食べてしまいました。

 またしばらくして、カラスがカァカァと飛んできました。

 そしておむすびを一つくわえて飛び去ってしまいました。

 さて、問題です。今、お地蔵さんの前におむすびはいくつ?」



「普通に考えたら、5-2-1-1=1、だからひとつ、だよな。でも、それだったら問題になんかしないだろうからなぁ。おい宮田、ひとつだと不正解なんだよな?」

「もちろんです」

 菜緒は、得意気に言う。

 先生のうろたえぶりを見て、これは正解が出ないだろうと踏んだようだった。

「うーむ」

 中畑先生を始めとして皆が悩む中、美由紀だけは涼しい顔をして今日の範囲の教科書を読んでいた。

 きっと、答えが分かっているのだろう。

 5分して、誰からも正解が上がらなかったので、菜緒は正解を打ち明けた。



 答え : 3つ


 理由 : カラスがくわえていった、というのは口でくわえたのではなく 『加える』 、要するに足していった・プラスしていったということなのだ!



「ノオオオオオオオオオオッ」

 中畑広志、苦悩する37歳独身(ここ重要)は——

 自分がさっきから死力を尽くした戦いをしているというのに、ただ一人涼しい顔で教科書なんぞ読んでいる美由紀に怒りの矛先が向いた。てか、冷静に考えれば美由紀の方が正しい行動を取っているはずなのだが?

「た、田城っ! お前も人のことバカにしてないで、何か問題出してみろっ」

 教科書に目を落としていた美由紀の美しい眉が、ピクッと吊り上がった。

 急に、美由紀が椅子をガタン、といわせて勢いよく立ち上がった。

 その様子に、クラス中が息を呑んだ。

 場がシーンと静まり返る中、美由紀は中畑先生を鋭い眼力で見つめた。



「先生がそこまで言われるのでしたら、今度は私から問題を出します。でも、ただ出すだけでは面白くないですよね」

 美由紀は、黒のロングヘアを揺すって、上を向いた。

 等間隔でハラハラとなびく髪の美しさに、皆ドキッとする。

「この問題に一番最初に正解を出したのがもし男子だったら、私と一日デートをする権利をあげましょう」

 クラス中から、おお~っ! という歓声が上がった。

 これを言ったのが並みの女子なら、自信過剰で傲慢なヤツと思われて嫌われることしきりだろう。しかし、学年一、いや学校一という者もいるほど誰もが認める美人であり、しかも成績優秀・フルートの名手、そして数々のクラスの問題を解決してきた賢者である美由紀がそれを言っても、ちっとも嫌味に聞こえないから不思議だ。



「問題です。太郎君が、テストで0点を取りました。

 先生は、あまりにひどいその点数に、太郎君のことをしかりました。

 そしてそれだけでは終わらず、先生は家での勉強をきちんとさせてください、と太郎君の両親に電話をしてしまいました。

 怒った両親は、その晩太郎君にたっぷりと説教しました。

 次の日。太郎君が学校へ行くと、クラスメイトの美香ちゃんが「ワタシ、太郎君が昨日0点取ったこと知ってるよ」と、耳元でささやいてきました。

 さて、問題です。

 この時点で、太郎君が0点を取ったことを知っている人物は、一体何人でしょう?



「う~~ん」

 美由紀とデートしたい男子は、特に必死になって考えた。

「太郎君・両親だから父さんと母さん・先生・美香ちゃん。普通に考えれば5人、だよな。これもさっきの宮田の問題と同じで、それが正解だったら問題になってないだろうからなぁ。そうだ、美香ちゃんがすでに他のクラスメイトにしゃべってたとかいう線かな?」

 中畑先生はやはりダメだった。

 そりゃそうだろう、孝太や菜緒の問題にすら歯が立たなかったのだから。

 学年一の賢者と名高い美由紀の問題になど、答えられるわけがないのである。 

 その後も、クラス中から様々な珍解答が出たが、正解は出なかった。



「それじゃあ、この問題の答えは謎ということで。答えが分かった、という人はいつでも私のところへ来て」

 その時、授業終了のチャイムが鳴り響いた。

「か、完敗や……」

 C組の生徒たちが「もうちょっと手加減してあげたらよかったかな?」と可哀想になってしまうくらい、中畑先生はしょげ返っていた。

「それじゃあ、今日やるはずだった教科書の78ページから83ページを、各自熟読しておくように……」

 哀愁漂う後姿を見せて、中畑先生はスゴスゴと職員室に引き揚げていった。



 放課後。

 吹奏楽部の練習を終えた美由紀は、家路を歩いていた。

 はるか前方には、沈み行く夕日。その光の中を、由紀は街の下り坂をモデルのようなきちんとした姿勢と歩き方で進んでいた。

 遠くから、美由紀を呼ぶ声がする。

「おーい、田城~」



 ピタッと立ち止まる美由紀。

 くるっと振り向いた刹那、背中を覆っていたロングヘアが横に揺れ、髪に隠れて見えなかったセーラーの襟が、一瞬顔をのぞかせる。

 美由紀の瞳には、遠くからこちらへ駆け寄ってくる孝太の姿が映っていた。

 美由紀の目の前で、体をかがめてでハァハァ息を整える孝太は、何とか言いたいことを言葉にした。

「わ、分かったぞ……お前の出したクイズの答えが——」

 そう聞いても、美由紀はまったく動揺もしない。顔色ひとつ変えていない。

「じゃあ、言ってみなさいよ」

 頭の中で言うべき言葉を組み立てていたのか、しばらくしてからやっと孝太はしゃべりだした。



「正確には、40人。太郎君・両親・先生・美香ちゃんの5人プラス欠席のなかったC組の34人全員と中畑先生。ようするに、田城からこの問題を聞いた全員が、太郎君が0点だってことを知ったわけだ。そういうことだろ?」



「……正解」

 美由紀は、急に歩き出した。あわてて、孝太も美由紀の横に並んで歩く。

「これで、堂々と田城とデートできるってわけだ」

 孝太がそう言う間に、美由紀は自分のカバンを何やらゴソゴソと物色している。

「ハイ、これ」

 美由紀は、孝太にチケットのような長方形の紙切れを手渡してきた。

 見ると、『全日本中学生フルートコンクール・関東地区二次予選大会』とあった。

「今度の日曜日なんだけど、私出るから見に来てよね」



 ……見に来れる? じゃなくて来てよね、か。

 ま、いっか。そのほうが田城らしいや。



 孝太はチケットを夕日に透かしてみた。

 そんなことをしても、何も特別なものは見えないのだが——

「うん、行くよ」

「……ありがと」

 それっきり、二人はしばらく無言で、長く続く坂道を肩を並べて下った。



 気まずい沈黙を破ろうとして、孝太は夕日を見上げて言った。

「それにしてもさ、美由紀ってやっぱすごいよ。いつもみんなの一枚上を行ってる、ってカンジでさぁ」

 言ってしまってから、孝太はハッとして口を押さえた。

「あっ、思わず美由紀、なんて馴れ馴れしく下の名前で呼んじゃってゴメン」

 緊張のあまり、前に告白をしたときに一度「美由紀」と呼んだことをすっかり忘れている孝太であった。

「……別にいいわよ。『美由紀』でも」

 孝太はびっくりして美由紀の横顔を見つめた。

 頬が、赤い。

「よっしゃぁ、ガンバレ私!」

 何かを吹っ切るように、美由紀は坂道をダッシュで駆け下りだした。

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ~!」

 矢のように飛んでいくセーラー服の背中を孝太は追いかける。



 夕日は月と交代するべく、最後のオレンジ色を二人に降り注いでいた。


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