第11話 不快な効率



 足利あしかが迅人はやととその奥さん・みどりさんは別々の住まいに住んでいるらしい。

 新婚なのに別居状態とは、なんとも不思議な夫婦だ。

 だが、離婚間近なんてことはない。仮面夫婦なんてこともない。

 ただ住む家が違うだけ。

 二人はそう思っているらしかった。


 二人はちゃんと籍を入れているのだという。

 足利翠さんというのが、奥さんの姓名フルネームということだ。もちろん僕は彼女の旧姓は知らない。名前すら知りたてほやほやなのである。


 別居。

 言葉にするとなんとも恐ろしげな雰囲気だが、足利から話を聞く限り、その言葉も少しニュアンスが違うのだろうと感じた。

 夫婦別宅。夫婦別姓ならぬ、そんな言葉が適当と言ったところだろうか。

 あるいは夫婦別棲か。

 なんにしろ、彼らの夫婦生活にマイナス要素が入っているということはないのだろうと窺えた。

 だが、食生活のことは話した方がいいのではないかと考えたが、僕は口には出さなかった。

 それは足利の問題であり、彼ら夫婦の問題だ。

 僕は所帯を持ったことがないのでそういったところは何とも言えない。

 夫婦の間で秘密は良くないと言う人もいるだろう。

 だが『親しき中にも礼儀あり』――夫婦の間でも他人に対するような礼を尽くすならば、『親しき中にも秘密あり』――夫婦の間にも他人に対するような秘密があるものなのではないか、なんて僕は無責任に考えた。



 なにはともあれ、彼らの決めたことに口をはさむつもりなんてない。

 今まで通り、彼らも、僕らも、過ごしていくしかないし、実際に過ごしていた。


 そして日にちが進んだ日のこと、プレゼンの日が来た。

 僕も足利も直接参加しなかった。その場にいるだけでもしたかったが、まぁそこは仕方がない。僕たちは結果を待った。


 プレゼンの結果、僕たちの案は通った。


 実に喜ばしいことではあったが、全面的に通ったとは言い難いようだった。いくつかのチームが行ったプレゼン内容の、いいところをつまんでいく方向のようだ。


 僕は心の中で、そんないい加減なことあるのだろうか、と考えていたが、部長ボスは笑っていた。

「まぁ、落とされたわけではないからな。これからもプロジェクトの一員として働けると思うと誇らしい、と私は思うよ」

 部長らしい、なんとも大人な意見だった。

 かなりこのプレゼンに力を入れていた主任チーフは少し複雑な表情だ。

 足利は、部長の言葉に納得していた。

「上の方も、なんとも効率的な態度をとったものだな。主任の気持ちもわかるだけに、手放しで喜べないが」

 さしもの足利もこの決定には肩をすくめていた。


 ともあれ、僕たちの仕事が断念されたされたわけではない。

 気落ちすることなんて一つもない。

 新たな一歩を踏み出すということだ、と踏ん切りをつけて、僕は気合を入れ直した。


 大きな変化はというと、チームが再編成されるということだ。

 それぞれのプレゼンの一部分を採用したのだから当然なのだろうが、採用されたチームたちがひとまとまりになるということらしい。

 数日後には再編成されたチームに合流しなくてはならない。

 僕たちは今一度資料を確認して精査していた。


 僕らの部署がバラバラになることなく、全員で合流できるらしいと聞いた時は嬉しかった。まだほんの少ししか一緒にいないが、かけがえのないチームだと思えていたからだ。

 これから大きなチームの一部になるが、そこには自分にはない刺激が待っているのだろうと思える。この仲間たちがいればそれが悪い毎日になるとは思えなかった。きっと良くなると確信できた。


 だから僕は、頑張ろう、と思えた。


 だが。


 チームに合流するまで日にちもないある日。


 出社早々、席についた僕への主任の言葉が、研がれたナイフのように胸に刺さった。



「足利君が、倒れたって――」



 

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