第8話 その笑いに力なく



“テトラシティ プロジェクト”

 街を作るというのは時間のかかるものだ。家を作るだけでも時間がかかる。道を作るだけでも時間がかかる。それらが密集した一つの街を作ろうというのだ、ポンといきなり建つものではない。


 これは大規模実験的な都市プロジェクトであると、カンファレンスで話していた。

 少し山に入ったところに住宅街を作るのだと。


 大事なのは、これが商業作品であるという点だ。

 街そのものが作品であり、商品。

 街を作っている間、人々に忘れられて、完成しても誰も住みませんでしたでは意味がない。

 企業が街を作るというのはなかなかインパクトの強い話ではあるが、どんな話でも忘れられてしまう。そのインパクトを人々に留めておいてもらえるかが重要だ。


「それを担うのが、私たちの仕事よ、白井しろいくん」

 主任チーフはそう言って企画案をまとめた資料をくれた。


 その資料には僕らの今後の役割も書かれている。

「まずは宣伝が重要よ。情報の逐次公開やイベントをの開催でみんなに興味を持ち続けてもらう必要があるわ」

「なるほど。こないだのカンファレンスでもインパクトがあったとは思いますけど」

「マスコミの目を向けさせ続けるのは大変なのよ。もちろん、うちの部署だけが受け持つだけじゃないわ。他の部署、他の企業でも動いているわ。そのために、イベント企画案のプレゼンを行うの」

 うちの部署も他の部署とプレゼン合戦を行うというわけか。

 いよいよ僕らも本格的に動くのだなと少し緊張した。


 しかし、主任は説明中も少し楽しそうだ。大きな仕事になるのは間違いない。おそらく他の部署と連携して動くことにもなるだろう。大きなことに対するプレッシャーよりも、彼女の中には誇りややりがいの方が大きいのかもしれない。


 僕に与えられたのはプレゼンに関する資料作りだ。データをグラフなどにまとめていく。


 足利あしかがも同じようなことを支持されていたが、もう少し踏み込んだこともやっているらしい。優秀な人間は仕事の重しウェイトも増して置かれるものだ。

 僕としては、ちょっとだけ引け目は感じているものの、大きな不満はない。同期が認められていることに対する喜びが大きいのかもしれない。


「大変な時は手伝わせてくれよ」

 足利にそう言うと、

「大丈夫だ」

 ぶっきらぼうな奴だった。僕は苦笑する。

「――だが、何かあったら頼むよ」

 足利はわざわざ仕事の手を止め、眼鏡のブリッジを上げた。

 そんな彼の様子を見て、僕はまた苦笑した。


 同期の飲み会を定期的にしようとしていたが、倉木くらきの方も仕事が少し忙しくなってきており(僕たちもだが)、なかなか開けずにいた。


「この頃、うちの部門でも行き詰っていてなぁ」

 数日後の昼、社員食堂で倉木はそんな愚痴ことこぼしていた。

「珍しいじゃないか。『はっはっは』って豪快に笑い飛ばすお前がそんな暗い顔するなんて」

「はは。自分でもらしくないとは思うよ。……まぁ、壁にぶつかるときはいつか来るとは思っていたんだがな」

 力ない笑いだった。

 こりゃ重症かもな。

「AIを扱っているんだっけ、倉木のところは?」

「ああ。平たく言えば人工知能だな。人間の脳に近づけるにはまだまだ先の分野ではあるが、いろいろな企業や研究機関で取り扱っているよ。うちもその一つってわけだな」


 要は機械コンピュータが人間と同じ思考をするということ、かな。僕もうまくは説明できないが。

 今いる街から国内最北端の街に行くまで、車、電車、バス、飛行機、船、どうやって行けばより効率よく行けるか……交通手段を調べて比べる必要があり、数多ある中から最適解を導く。人間は地道に調べて時間を計算し、解を導けるかもしれない。だが、コンピュータはそんなことはできなかった。少なくとも十数年前までは。

 コンピュータはあくまで数字の計算が本分で、調べて計算式を打ち込み、最適解を選ぶのは人間だった。

 だが今、AIやコンピュータ自体の進化で、ネットやアプリで調べれば簡単に最適解を出せる世の中になった。

 家電にもマイクロコンピュータ――マイコンが搭載され、焦げないように料理することも可能になっている。

 今の暮らしが豊かになっているのは、AIのようなものがとても役に立っているからなのだという。


 まぁ僕が語れるのはこれくらいで、そこから深く掘り下げられるとちんぷんかんぷんなのだが。

 現に倉木はこの後、僕にディープラーニングやらビッグデータやらのことを話してきたが、僕は言葉を右から左へ受け流して時折頷くただの機会になり果てていた。

 伝わったのは、倉木も大変なんだなあ、くらいのことである。気の毒だけど。



 食堂からオフィスへ帰ってくると、そこではもう足利が自分のPCに向かってカタカタ打ち込んでいた。

「足利お前、昼飯は食ったのか?」

「ん、ああ。食ったぞ」

 打ち込みながらも答える彼に、失礼ながら、機械みたいだななんて感想が浮かんだ。

 ダメだなぁ僕は。


 と、ふと見ると、足利のデスクにはゼリー飲料の袋が2,3袋転がっていた。

「お前まさか、昼飯それだけか?」

「ああ」

 足利は手を止めない。

「腹減るだろそんなんじゃ。減量中のアスリートかお前は。食事それだけになるほど仕事が大変なら、協力するって言ったろうに。一緒にいる仲間なんだから、手伝わせてくれよ」

「違う。仕事は大変じゃないんだ」

 足利は手を止めた。

 そして僕の方に向き直る。

「最近な、腹が減らないんだ」

「ダイエット中の女子高生か」

「違う。私は成人だし男だ」

「そういう意味じゃねえよ。真面目にとるな」


「以前は普通に食べていたのだが、なんだかすぐ腹が満たされてしまう。定食から丼物にして、そこからサラダだけにしたがまだ多い。おにぎりだけにしてみたりゼリーだけにしてみたりしている」

 そして今は、デスクにあるゼリーだけでもお腹が苦しいとのことだった。

 もちろんそのゼリーが実は大容量なんてことはない。一袋二百グラムくらいの掌サイズだ。一袋おにぎり一個分くらいというらしいから、おにぎり三個が今日の足利の昼飯ということになる。

 成人男性にしては少なすぎるカロリーだろう。

「これでもかなりきつい。もうサプリメントだけでもいいんじゃないかという気がしてくる」

「まじか」


 そこらの女子が聞いたら羨ましがる発言だ。

 だが実際、足利の姿を見ても以前とあまり変わった様子はない。同い年の男性より少し体格がいいくらいだ。休日はジムに通っていると言っていたし、身体づくりはしっかりしているようだ。

「まぁ、特別異常がないならいいけど……」

 本人も少し不思議に感じているくらいだ。仕事のせいで無理をしているというわけでもないのだろう。

「僕はまた、効率のために飯を抜いているんだ、なんて言葉が出てくるのかと思ったよ」

「ふっ。大丈夫だ」


 足利は心配ない、とブリッジを上げる。

 そんな足利の様子は、なんだか倉木の力ない笑いに似ていた気がした。


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