第7話 深化



「オイ足利オイお前オイ」

「いったい何なんだ鬱陶しい」


 足利が入籍したと聞き、僕は朝礼後にさっそく彼へ問い詰めた。

 凄く迷惑そうな表情をしていたが、僕の方はそれどころではない。

 何しろ女っ気なんかまったく感じられない友人がいつの間にか結婚したのだ。そりゃオイオイともなる。


「お前彼女なんていつからいたんだよぃ」

「話し方が変だぞお前。そうだな、半年くらい前からかな」

 秋口くらいか。

 僕と知り合うよりも全然前じゃねえか。

 僕と知り合った時点ではもうほぼ結婚の話までいていたんじゃないのかこの男。

 それをここまで隠しおおせるとはなんたる不届きな。


「てかスピード婚だなオイ」

「彼女は妊娠している」

「スピードでき婚じゃねえか」


 話がとんとん拍子に深化している。

 ちょっと待てよ。

 僕が知らない間にこの男が結婚してもうすぐ子供ができるだ?

 なんなんだ今日は。

 サプライズして僕をドッキリにかけようとでもしているんじゃなかろうか。

 もう、何が何だかな気分で、その日はほとんど呆けたまま一日が過ぎてしまった。

 主任チーフに軽く注意された。

 それはそれでなぜだか嬉しかった。



 衝撃の報告からも数日が経つ。

 話を聞いた倉木くらきなんかは、お祝いをしようということでまた飲み会を企画するつもり満々だったが、

「いろいろあってバタバタするからな。直近での開催は控えてくれないか」

 という足利の一言で延期となった。

 僕はというとはいはいそうですか未婚者にはわからない色々な手続きがあるんでございましょうねーと不貞腐れ気味に言い放ったが……。まあ、めでたい事なのは事実。時期を見てお祝いの一つでもしてやろうかとは思っていた。


 彼の話では結婚式は挙げないということだった。

「奥さんの方はどうなんだよ? きっとウェディングドレスを着たがるんじゃないのか?」

「それが、やらないと言い出したのが彼女の方でな」

「そうなのか」

 女性は結婚式をしたがるもんだと思っていたがそうでもないんだな。

 まさか。

「奥さんってさ、結婚式ほど効率の悪いものはない、みたいな考えの人だったりする?」

「…………」

「…………」

「…………何か、悪いのか」

 マジか。

 似た者同士の結婚ってことだったのか……。


 というか、足利のバツが悪そうな顔は初めて見るな。

 なんか以前よりも彼の表情が豊かになった気がした。

(知り合ってからそう期間も過ぎてはいないが)



 そして、季節が移り変わるくらいのある日。

 プロジェクトの発表会も兼ねた数社の合同カンファレンスが行われ、僕たちのチームも参列した。

 そこそこ大きな会場でのカンファレンスは世界的な企業の新商品発表会で見たような光景だった。数多の席が並び、最前にはその皆へ向かって語りかけるためのお立ち台スペースがある。

 テレビで見たことあるやつだ、と心の中ではしゃいだ。

 主任にシッ! と注意された。声に出していないはずなのに。いつの間にか態度に出ていたのかもしれない。でも主任に注意されたのが心地よかったのか僕は笑顔のままだった。足利に白い目で見られた。


 ともあれ。

 その日、メディアを通して発表されたのは、既存の概念を打ち破った街づくりプロジェクト――“テトラシティ プロジェクト”。


 僕たちの関わる事業が次のステップへ向かうことになった。


 そしてこの頃からだったかもしれない。

 僕が、足利の異変に気付き始めたのは。



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