第6話 ミニマム
「なかなか興味深い話だが、何とも言えんな」
企業間の提携で一つの街を作り、そこにはAI管理された家電、自動運転機能付き電気自動車、その街専用の発電施設までできるというもの。
考えてみれば、最近は車にもスマートフォンにも学習機能付きのコンピュータが内蔵されている。
その気になれば住む人の周りの者がすべてAIによって管理できる状態になるかもしれない。
だがそんな明らかにワクワクするような出来事へも、足利は極めて冷静だった。
なんだかはしゃいでいる僕の方が子供のようである。
いや、はしゃいでいる時点で、実際子供なんだろうけれども。
嫌だなあ。この年になっても自分のことが子供に思えるなんて。こんな大人になる予定じゃなかったんだけどなあ……。
とはいえ、プロジェクトの話で盛り上がるかと思えばそうともいかず、談笑しつつ適当に飲んでから、その場はお開きとなった。
はしごするか、ラーメン屋でも行くか、決めるでもなく酔い覚ましにフラフラ歩いていたが、結局はそのまま解散するという流れになった。
「そういえば」
と、倉木が突然言い放った。
「帰宅といえばなんだが、
僕は噴き出した。
なんでこいつはこのタイミングで訊きやがるんだ。
そういえば、足利の家に何もないことをこいつに話していた。
それを何の前置きもなしにド直球で質問しやがった。こいつは足利の部屋に行ったことがないのだから僕から聞いたとしか考えられない。
僕が他人のプライベートを言いふらす人間みたいに思われるじゃないか。
と心の中で倉木に猛抗議していると、意外なことに、
「そういうわけではないが――」
と、足利は話し始める。
「最近不要なものを片付けた、というのもある。部屋に物を置く必要性があまりなくてな」
なんということもなしに話す。別に心に引っかかる部分などないように。じゃあなぜ俺が行ったときはあんなに嫌そうだったんだよ。まぁ、自分の家に勝手にずかずかと入られるのは誰だって嫌ではあるが……。
あの時の足利は、そういうのともまた違ったように見えた。
「休日は何をしているんだ? 外に出ているのか」
「そうだな。休日は図書館で本を読むか、ジムに行くかだな。知識を積むことと体力作りはしておこうと思ってな」
何のために、と聞くまでもないんだろうな。
おそらくは仕事の効率を上げるためだ。
仕事の日でもそんな風な考えのもとで生活しているのか、この男は。末恐ろしいな。特段趣味のない人間が定年を迎えて1日何をすればいいのかわからなくなるというが、足利も間違いなくその予備軍になるだろうと悟った。
「理想的だなあ。俺には無理だな、はっはっは」
倉木は倉木で、また難しいことに頭を悩ませる生活をしているんじゃないかとも思うが、僕はそんなことをあえて聞く気にもならなかった。
それにしても、まぁ、そうか。
図書館に行けば、家に本を置く必要もなし、ジムに通うなら家に余計に何かを置く必要もなし。
思えば理にかなった話ではあるな。
テレビくらいあってもいいもんだと思うが。
今じゃあノートPCやスマホを持ち歩けば、どこでも音楽は聴けるし
無駄を嫌う効率重視の男としては、雑多なものに囲まれた環境を無駄と思えてしまうのだろうか。
でも僕は無理だな。
何しろあんな部屋に人は――特に女性は呼べないからなぁ。
そんな雑念を抱きつつ、この日は解散となった。
そしてまた数日が経った頃のことである。
僕は会社の朝礼で、足利が入籍したことを知らされた。
僕はその日、人生で初めて、顎が外れた。
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