第4話 プロジェクト
あれから1週間が過ぎていた。
“あれ”というのは無論、飲み会のことである。
あの日は週末だったこともあり、土日を挟んでからの仕事再開だったが、僕は
休み時間でも、特段なにかを話すということはなくなっていた。
「おはよう」とか「お疲れ」とか、あるいは業務上わからないことを訊いたりはしていたが、それ以外の会話は一切なかった。
いやそもそも、足利とそこまでプライベートな話をしたわけじゃないが、一緒のチームで業務をする仲間だ、それなりの親近感は湧いていたのだろう。
だが。
あの部屋を見てから、僕の、足利に対する心持ちは変わってしまった。
あの何もない部屋。
まるで囚人が幽閉されているような、あの部屋。
彼はあの部屋で、どんな気持ちで毎日を過ごしているのだろう。それとも何も感じずに日々を生きているのだろうか。
心まで自分の奥深くへ幽閉して。
僕や他の人とは違う何かを思い、違う何かを見やって生きているのだろうか。
僕は彼とまともな会話をしない中でも、そんなことを思いながら接していた。
しかしだ。
そんな気持ちを抱いている僕に対して、足利は至って普通に接していた。僕が彼を送ったことなどなかったかのように。
挨拶や質問はしている。彼はそれに対してただなんの不都合も違和感もなく、普通のテンションで返してくるだけだった。
何の変哲もないビジネスマン。
効率だなんだと時折口にはするものの、彼に“異常”は見られなかった。
あの日の出来事そのものが、僕の勘違いだったかと思うほどに。
「興味深い。実に興味深いね、その効率マンは」
数日たったある日の昼。
僕は以前からの友人、
倉木は入社当時からの付き合いで、部署は違えど仲良くなれた同期の一人である。
ちなみに、足利のことを『効率マン』と呼んでいたのは彼である。彼が名付けたのか、噂をただそのまま呼んだのかは知らないが。
「あまりその名前で呼んでやるなよ。嫌味みたいな名前なんだから」
「そうか? いいネーミングだと思うけどな。効率を重んじるビジネスマンなんて」
○○マンなんて、あまりいいものだとは、僕は思えなかった。
例えば、とにかく元気な人間がいたとして、“元気マン”なんて呼んだら、元気だけが取り柄の人間みたいじゃないか。その人が持つ、他の優れた部分を全部否定してしまうような気がして気が引けた。
「あッはッは! 気にし過ぎだぞ、
豪快に笑う倉木だが、僕は反対に気が滅入るばかりだ。
「僕も倉木も、確かにそうかもしれないが、足利はそういうの、嫌うかもしれないだろう?」
「何を言う。
と、また豪快に笑う倉木だった。
こいつはこういうやつだった。
自分や他人の名前だろうが何だろうが、客観的に見て変なら「変だ」と言える人物だ。
他人の顔色を窺う僕ならあり得ない。
清濁併せ飲むというか、一度客観視して物事を区別する。
物事を一度理解するというところを見れば、足利と感性が近いのかもしれない。彼も僕が提案したことを一度熟考し、区別したことがあった。「これは効率的じゃないな。却下だ」と言われた。悲しくなった。思い出してまた悲しみが増した。
「そういえば……どうだ。今のチームは?」
唐突に、倉木は話題を変えた。
「どうって……。チームの人たちはいい人ばかりだよ。のびのびやらせてくれる
「ああ。あの美人チーフか」
「知られてるんだな」
「そりゃあ仕事ができる上に、何より美人だからな。人気は高いさ。ライバルは多いと思うぞぉ」
僕の好みのタイプであるということも知られているらしかった。
嫌だなあ僕も、自分で自分がわかりやすくて。
けど、不満がないわけじゃあなかった。不満、じゃなくて不安の方だけど。
「プロジェクトの内容をいまいち教えてもらってないんだよなあ。今は資料集めに専念させられているけど、どの情報をどう生かすかがわからなければ効率的な集め方も何もないと思うんだけど」
足利はそれでも効率的にやっているみたいだが、僕には難しかった。ただ資料を集めてまとめているというだけなのに、目的地が見えないと自分のやっていることが適切かどうか不安になる。
「プロジェクトのことなら、ある噂を耳にしたんだけどな」
倉木は豪快に笑うくせに、噂好きという女子のような一面があった。思えば足利の噂も彼から聞いたものだったし。
だが彼の言うプロジェクトの噂、少し興味があった。
「街を作るというかなり大きなプロジェクトだ。大きなプロジェクトというだけあって多くの人が絡んでいるんだろうな、いろんな情報が聞こえてくるぞ」
「街を作る?」
ただの企業のすることじゃない。いくらうちの会社が大手だからと言ってそこまで大それたことができるだろうか。
「もちろんうちの会社だけじゃない。多くの企業が提携しての一大プロジェクトだ。しかも政府の後ろ盾を得てな。家だけでなく家具や車も、発電施設もセットで製作している。家電にはうちのAI部門も本腰を入れててな。家そのものにAIを搭載するなんて話もある。このプロジェクトではな、未来発展型都市の建設を予定しているんだ」
「…………」
いやいやまさか。
漫画やアニメならいざ知らず。そんなSFチックなことを現実社会でやってのける企業があるのだろうか。
国でも地方自治体でもなく企業たちが主体となって街を作るなんて。
と。
ふと考えてみると、僕の集めさせられている資料にも、ニュータウン分譲地のことやその周囲の評判などが含まれていた気がした。
足利も、それに関連するような資料を集めているのだろうか。そういえば彼の収集内容を知らなかったな。
もしその噂が本当のことなら、僕の所属するこの企業はかなり……いや、この国の未来そのものがアグレッシブな方向に向いていることになる。
僕は実にわくわくした気分になっていた。
「よし、決まりだな」
と、倉木は、僕が何にも言っていないのに一人で納得していた。
「今度飲もうぜ、白井。この話が本当かどうか、足利も含めて検証してみようじゃないか」
…………。
ん?
足利を含めて?
そう言ったのか?
僕は耳を疑った。
そして倉木の正気を疑った。
だが残念ながら僕は彼がそういうことを突然言い出す人間だということを知っている。
倉木は疑いようもなく本気だった。
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