バルカログ〜星々を紡ぐ塔〜

@umitori

第1話 命が命

 「俺はいつまでここにいれば・・・」 


 闇に覆われた森に三か月、この森はまさに死んでいた。

 地面に光は届かず、異様な姿をした獣や虫が辺りをうろつき、川は黒く濁っている。

 普通の人間ならば数日とも持たないだろう。


 しかし、そんなことはどうでもいい。

 まずいが食料は手に入るし、気配を消せばどこにでも寝られる。

 何も問題はない。

 問題なのはただひとつ。


 ――誰も俺に指示をくれないということ――


 今まで俺は、人から命令されてきたことはどんなことでもこなしてきた。

 俺は村で一番強く、誰にもできない任務は全て自分に回ってきていたほどだ。

 兄上からの命令だって十分こなしている。

 最後の命令以外は・・・



 ――あの日、村は炎に包まれていた。


 『シノブ、今すぐ村はずれの深淵の森へ逃げ、村には二度と帰ってくるな。』


 『承知。』


 俺は、何も考えず走り出そうとした。


 『待て、シノブ。これを持っていけ。親父が残していったものだ。』


 そう言って彼は何の変哲もない風呂敷を取り出した。


 『兄上、何ですかこれは?』


 『分からない。だが、父上が唯一家に残したものだ。いつかお前の役に立つだろう。』


 『分かりました。ありがとうございます。』


 俺はもう一度走り出そうとする。


 『待ってくれシノブ。お前はほんとに素直だな。もうちょっと悲しい顔をしてくれてもいいんだぞ? まあいい、これは俺からの最後の命令、いや、願いだ。』


 彼は最後に俺を抱きしめ、目に涙を浮かべながら満面の笑みでこう言った。


 『好きに生きろ。』


 『はい?』


 俺は初めて命令を聞き返した。


 『これからはお前の好きなように生きるんだ。そして、心から大切だと思うものを見つけろ。』


 『承知・・・。』


 『ほんとに分かってるのかお前は、ハハハ! じゃあ元気でな!』


 『はい・・・』


 少し戸惑いながらも俺は振り返った。

 燃えさかる炎の中、村人が叫び、逃げ回ってる光景を横目に無心で走り続けた。



 兄上から授かった風呂敷を見つめながら俺は三か月前のことを思い出していた。


 「兄上は言った。好きに生きろと。好きに生きろ・・・? 俺がしたいことって何だ・・・? 何をすればいいんだ・・・? どうすればいいんだ!!」


 俺は無性に苛立ちを感じた。


 と、その時、目の前にどこからともなく巨大な門が現れた。


 「何だよ、これ。」


 とっさに一歩後ろへ飛び、戦闘態勢に入る。


 少しの間、神経を張り巡らし睨み続けていたが何も起こらない。

 よく見ると、重厚な木製で、見上げるくらい高さのある大きなその扉には、大地に根を張り雲をも貫く塔が深々と彫られている。


 「これは、昔、幼いころ父上の机の上に置いてあった巻物で見たことが・・・。父上を初めて恐れたあの時だ。」


 巨大な門に目を奪われながら、一歩一歩近づく。

 危険だ、頭ではわかっていた。

 しかし、身体はおのずと前へと進む。


 この先に答えがある。

 俺の身体はそれを確信していた。


 キーーーッ。


 躊躇一つもせず、門に手をかけた。

 隙間から強烈な光が俺を襲う。


 「眩しいっ!」


 手で光を遮り中の様子をうかがいながら、未知の空間へと足を進める。


 命令が全てであった俺は、初めて自分の意志で一歩足を踏み出した。

 不安と希望が一気に心の中を駆け巡る。



 当時十五歳。

 これが俺の人生の始まりだった。

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