第37話 一夜明けて
夜の道を、わたしと、沖くんと、ユキちゃんの三人はゆっくり歩く。
稲葉は、気絶したところをまたロープでしばって転がしていた。武器ももう持ってないから、今度こそ抜け出すことはできないだろう。
それからわたし達は、電話のある、警察に連絡できる所を目指して歩いている。
そんな中、ユキちゃんがわたしと沖くんを見て言った。
「ねえ、あなた達はいったい誰なの?どうしてわたしを助けてくれたの?」
「えっと、それは……」
ズキンで顔をかくしているから、ユキちゃんはわたし達が誰か知らない。わたし達も、正体は秘密って言う忍者の決まりがあるから、それを話すことはできなかった。
でも、それならいったい何て言おうか?
「せ、正義の忍者だよ!」
「正義の忍者?」
「そう。悪い忍者をやっつける正義の味方。それがわたし達だよ!」
そう言ったとたん、沖くんがなにか言いたげに、チョンチョンとつついてくる。わたしだってこの言い訳はどうかって思うけど、他に浮かばなかったんだからしかたないでしょ。
ユキちゃんの質問はまだ続く。
「二人とも、どこかで会ったことない?」
ギクッ!
顔をかくしていても、やっぱりどこか気づくところはあるみたい。
だけどここで、すかさず沖くんが口をはさむ。
「はじめまして」
「えっ? でも、会ったことある気がするんだけど……」
「はじめまして」
「でも……」
「はじめまして!」
「…………えっと、はじめまして」
すごい。強引になんとかしちゃった。これじゃ沖くんだって、わたしのことあれこれ言えないじゃない。
とにかく、色々ムチャはしたけど、正体はバレずにすんだみたい。
ちょうどそのタイミングで、道の先にコンビニの明かりが見えてきた。
「あそこで電話を借りて、お巡りさんに知らせなよ。きっとすぐに来てくれるから」
「二人はいっしょじゃないの?」
少しだけ、心配そうな顔をするユキちゃん。少しの間、一人になるのが心細いみたい。
「忍者は人目につくわけにはいかないからな。オレ達がついていけるのはここまでだ」
「ごめんね。本当は。最後までいっしょにいたかったんだけど」
「そっか……」
ユキちゃんはまだ少し不安そうだったけど、すぐにそれをふりきるように笑顔になる。
「それじゃ、ここでお別れだね。二人とも、助けてくれてありがとう」
そう言って、わたし達の手をギュッと握った。
「こっちこそ、ありがとね。ユキちゃんが来てくれたおかげで助かったよ」
稲葉に追い詰められたあの時、もしユキちゃんが来てくれなかったら、きっと二人ともやられていた。この三人の誰がいなくても、こうして無事に終わることはできなかった。
最後にお互い手を振り合って、ユキちゃんがコンビニの中に消えていくのを見届ける。
「オレ達も、施設に戻らないとな」
「そうだね。急がないと」
もしわたし達がいないって分かったら、また騒ぎになっちゃうよ。
最後の力をふり絞って、わたし達は夜の街を駆け出していた。
次の日の朝、ユキちゃんが帰って来たことで、みんなはさらに大騒ぎになった。同じころ稲葉は駆けつけた警察に逮捕され、今は取り調べを受けているらしい。
みんな、ユキちゃんの無事な姿を見てホッとしたけど、中でも涼子ちゃんは、誰よりも早く泣きながら駆け寄って行った。もちろん、わたしだってそれに続く。
「心配かけてごめんね」
「ううん、無事でよかった」
泣きじゃくる涼子ちゃんの頭をなでるユキちゃん。これじゃ、どっちが危ない目にあったのか分からないくらいだ。
「岡田くんがね、ユキちゃんを探しに行くって言って抜け出そうとしたんだよ」
「そうなの?」
涼子ちゃんがそう告げると、近くで見ていた岡田くんが慌て出す。
「わ、悪いかよ」
「ううん。ありがとう」
ニッコリ笑うユキちゃん。少し前まで岡田くんが苦手だったのが、まるで嘘みたいに思えた。
ちなみに宿泊研修は中止になっちゃった。ユキちゃんは帰って来たけど、こんな事件が起きたんだから続けられないって判断したみたい。当然か。
みんなバスで帰るはずだったけど、中には直接お父さんやお母さんが迎えに来る子もいて、施設には朝から何台もの車が止まっていた。その中には、ユキちゃんのお父さんの姿もあった。
「お父さん、来てくれたの?」
「当たり前じゃないか。怖かっただろう」
「そんな、怖くなんて…………ううん、やっぱり怖かった!」
お父さんに抱きしめられたユキちゃんは、最初は強がっていたけど、とうとうガマンできなくなって、大粒の涙がこぼれた。
一方その頃わたしはと言うと、ある意味稲葉と戦った時以上のピンチになっていた。ユキちゃんのお父さんと一緒に、わたしのお父さんもやって来たからだ。
「真昼。お父さんは、何もするなって言ったよね」
「はい……」
ユキちゃんを助けたのがわたしだってことは、お父さんにはすっかりバレていたみたい。
いったいどれだけ怒られるんだろう。そう思った次の瞬間だった。
パン
乾いた音が辺りに響く。それから少しだけ間があって、ようやく自分が頬をぶたれたんだと気づいた。
頬が熱くなって、だけど不思議とそれを痛いとは思わなかった。だけどそのかわり、胸の奥がギュッと痛くなる。
見ると、お父さんの手はビックリするくらい震えていて、顔は今にも泣きそうだった。
「もう二度と、勝手に危ないことをしてはいけないよ。今のは、心配をかけた分だ」
「…………はい」
やるって決めたときは、ユキちゃんを助ける事で頭がいっぱいだった。どれだけ心配かけるかなんて、考えてなかった。
悪いことをしたんだって気持ちがあふれてきて、気がつけば体が震えていた。
だけどそれから、お父さんは震えるわたしをそっと抱きしめた。
「お父さん?」
「これは、ユキちゃんを助けた分と、無事に帰ってきた分。よくがんばったね」
その時、目の前の景色がぼやけて、自分が泣いているんだって気づく。稲葉と戦った時も、たった今ぶたれた時も出なかった涙が、なぜか止まらなくなった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
そんな、泣いているわたしの頭を、お父さんは何度もなで続けた。
顔を上げると、離れたところで沖くんが男の人と一緒にいるのが見えた。きっとあの人が、沖くんのお父さんなのだろう。
沖くんは泣いてこそいなかったけど、顔を真っ赤に腫らしていて、きっとわたしと同じ事があったんだと分かった。
そんな沖君と一瞬目が合って、二人とも少し気まずそうな顔をする。ユキちゃんを助けに行ったことは後悔してないけど、お父さん達に心配かけたことは、たくさん反省しなくちゃね。
宿泊研修で起きた思いがけない冒険は、こうして幕を閉じた。
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