ユキちゃん救出大作戦

第34話 潜入開始

 車一台通らない静かな夜道に、わたしと沖くんは並んで立つ。格好は二人とも、黒のズキンに黒の着物って言う忍者衣装だ。


「宿泊研修にも持ってきてたんだね」

「芹沢だってそうじゃないか」


 忍者たるもの常にそばに持っておくように。そうお父さんから教わっていたけど、まさかこんな形で役に立つとは思わなかった。それに、持ってきたのは忍者衣装だけじゃない。


「同じ部屋のヤツには、抜け出したってバレてないよな」

「だいじょうぶ。みんな今ごろグッスリねむってるよ」


 言いながらわたしは、香水のような小ビンを見せる。前に一度ユキちゃんにも使ったねむり薬だ。わたしはふだんの修行のおかげであまりきかないけれど、忍者でもない人にはすごく役に立つ。これを部屋中にまくと、みんなたちまちねむってしまった。


 他にも、何がおこるかわからないから、忍者道具は一式持ってきていた。


「あとは、ユキちゃんを助けてコッソリ部屋に戻れば、作戦完了だね」

「ああ。って言っても、それが問題なんだけどな」


 いくら居場所が分かってるって言っても、そばには稲葉がいる。簡単にいかないことくらい分かっていた。

 だけどそれでも、わたし達はやるって決めたんだ。


 そうしてここまで、少し前まで地図に印があった場所までやってきた。


「ここで合ってるよね」

「ああ、まちがいない」


 そこは、一見するとごくふつうの家だった。住宅地からは外れていて、辺りには何もないけれど、とても忍者がかくれているなんて思えない。

 だけど同じく忍者やってるわたしの家だって見た目はふつうの家だから、けっこうそんなものかもしれない。


 家の中には電気がついているから、どうやら稲葉達はまだ逃げてはいないらしい。今この中にユキちゃんがいる。できればすぐに飛び込んでいきたかったけど、もちろんそんなムチャな事はできない。


「それじゃ、いくぞ」

「うん──忍法、高とびの術!」


 うなずくと、両手で印を組んで忍法を使う。

 高とびの術。足に気をためてジャンプすることで、ふうつよりずっと高くとべるようになるあっという間に屋根の上に登って、二階ののカギを外してコッソリ中に入る。なんだかドロボウになったみたいだけど、こんな風に建物に忍び込むのは忍者の基本だ。

 そして、忍び込むための忍法は他にもある。


「忍法、雲隠れ!」


 わたしと沖くんが同時に叫び、まるで透明人間になったみたいに二人の姿が見えなくなる。

 学校の、職員室に忍び込んだ時も使ったこの術は、気づかれずに行動するのには最適だった。

 とは言っても、完ぺきってわけじゃない。


「あんまり稲葉に近づきすぎないようにしないとな。でないと、いくら姿を消していてもバレるかもしれない」


 実はこの術、常に体中に気を流しているため、気配で気づかれやすいって言う弱点があった。相手がふつうの人なら問題ないけど、稲葉は忍者だし、きっと今は警戒しているにちがいない。決して油断はできなかった。


 息を殺して、足音をたてずに、ゆっくりゆっくり下の階におりていく。

 ひとまずの目的は戦うことじゃなく、確かめることだった。稲葉と、そしてユキちゃんが今どうしているのかを。


 幸い、今のところ稲葉に気づかれたような様子はない。階段を下りてろうかを進むと、その先の部屋から明かりがもれていた。

 コッソリ中をのぞくと、知らない男の人がだれかに電話をかけていた。

 多分、コイツが稲葉でまちがいないだろう。さっき見たときは坂田先生の姿をしていたけど、もう変化の術をといたみたいだ。坂田先生に化けていた時とはちがって、いかにも悪そうな顔をしながら、電話の相手と話をしている。


「この場所はもうバレたかもしれない。今から、別に用意していた隠れ場所に向かって、それからまた連絡する。それより、報酬は忘れないでくれよ。こっちは誘拐なんて危ないことやってるんだからよ」


 その言葉で、コイツが稲葉だと改めて分かる。そして、お金のためにユキちゃんをさらったってことも。


 そして電話を切った稲葉の見つめる先には、ソファーの上で手足をしばられ、グッタリと横になっているユキちゃんがいた。


(ユキちゃん!)


 思わず叫びそうになるのをなんとかこらえる。どうやらユキちゃんは眠っているみたいで、多分わたしが持っているような眠り薬を使ったんだろう。


 その姿を見て、かけよって名前を呼びたくなる。今すぐ助けたくなる。だけど、何も考えずに動いても、きっと稲葉にやられるだけだ。高まる気持ちをおさえながらゆっくり息を整えると、小さく沖くんの声が届いた。


「一度この部屋から出るぞ。それで、作戦を立てるんだ」

「うん」


 まっててねユキちゃん。必ず助けるから。


 そう心の中で言いながら、わたし達は静かに部屋を出ていった。

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