第30話 電話の先には
ユキちゃんが稲葉にさらわれた後、先生達は大変な騒ぎになった。生徒が誘拐されたんだから当たり前だ。
とは言っても、わたし達がそれを知らせても、すぐには信じてくれなかった。だけどユキちゃんがいないってことが分かって、それから警察の人がやって来た。
わたしと沖くんは、ユキちゃんがさらわれた時のことを聞かれたけど、稲葉が忍者だってことや坂田先生に化けていたことは言わないでおいた。忍者なんて言っても、普通のお巡りさんは絶対信じてくれないだろうから。
そんな取り調べもようやく終わって、今は沖くんと二人そろって部屋に戻るところだった。
「ユキちゃん、だいじょうぶだよね。お巡りさんが助けてくれるよね」
うんって返事がほしくて、祈るような気持ちでそうこぼす。だけど沖くんは、うなずいてはくれなかった。
「分からない。けど、忍者と戦えるのは忍者だけだって言われてる。警察には、忍法をやぶる方法がないからって。追いつめても、雲隠れの術を使えば簡単に逃げられるし、変化の術を使えば別人にだってなれるからな」
「そんな……」
分からないなんて言ってたけど、それって無理だってことじゃないの?
だけどそれを口にすることはできなかった。言ってしまったら、なんだかユキちゃんが二度と帰ってこないような気がしたから。
ますます不安になるわたしに、沖くんが言う。
「おれ、父さんに何があったかぜんぶ話そうと思う。勝手に秘密の情報見たのも、ナイショで色々調べてたのも」
それは、絶対秘密にしてくれってわたしに頼んだ事だった。バレたらどれだけ怒られるか分からないって。
だけど沖くんは今それを自分から話そうとしていた。
「元々稲葉は、忍者の世界ではおたずね者だったんだ。わけを話したら、父さんの知り合いの忍者を呼んでもらえるかもしれない」
「そっか。同じ忍者なら、稲葉とだって戦える!」
それは、この状況で一番の希望のように思えた。
「でもいいの?絶対秘密だって言ってたのに」
「クラスメイトがさらわれたんだぞ。それも目の前で。なのに俺は、何もできなかった」
そう言った沖くんは、少し震えてるみたいだった。悔しさと悲しさ、その両方がこみ上げてきているのが分かる。だって、わたしもそうだから。
「それとも、芹沢は秘密にしていた方がいいか?」
「そんなわけないじゃない。わたしも、お父さんにぜんぶ話す。お父さんだって忍者なんだから、なんとかしてくれるかも」
わたしだって、話すことに迷いなんてなかった。沖くんにとってユキちゃんがクラスメイトなら、わたしにとってはとても大事な友達だ。そのユキちゃんを助けるためなら、できる事はなんだってやる。
「じゃあ、わたしの部屋こっちだから」
「ああ」
はやる気持ちをおさえながら、わたし達はそれぞれの部屋に戻る。
部屋の扉を開くと、消灯時間なんてもうとっくに過ぎているのに、中にはまだ電気がついていて、ほとんどの子が起きていた。先生達も、見て回るよゆうなんて無いんだろう。
ユキちゃんがさらわれたって話はすでに先生から聞かされていて、それぞれのおうちへの連絡もすんでいた。ユキちゃんが誘拐されたってのはみんなにとってもショックで、全員が不安そうな顔をしている。
「お帰り、まひるちゃん。だいじょうぶ?」
そう言って、真っ先に駆け寄ってきてくれたのは涼子ちゃんだ。よく見ると、その目の周りには涙の跡が残っていた。
心配してくれたけど、不思議と疲れは感じてない。それよりショックの方がずっと大きくて、疲れを感じるひまなんてなかったから。
「ごめん。ユキちゃんが危ない目にあってるのに、何もできなかった」
「そんなの、まひるちゃんが謝ることじゃないじゃない」
それは違う。だってわたしは、ユキちゃんが危ないって分かったから探しに行って、それで見つけることができて、だけどみすみす目の前でさらわれてしまった。
もっと上手くやれていたら。そう思わずにはいられない。
「みんな、おうちに電話してたよ。まひるちゃんもやりなよ」
見ると、今でも何人かが、持ってきていたケータイで話をしていた。先生も連絡はしたけど、ほとんどの子は自分でも直接電話をかけて、あるいはお父さんやお母さんの方から電話がかかってきたらしい。
「うん。そうする」
確かお父さんは、今日から泊まりがけのお仕事だって言ってた。
わたしは自分のケータイを手にとって、だけど電話をかける前に、先にトイレに行くと言ってもう一度部屋を出る。そこなら部屋から離れているから、誰にも話を聞かれずにすむと思った。
何しろ、これから全部の事情を話すんだ。きっと、人には聞かせられない話もするだろう。
ケータイを開くと、すでにお父さんからの着信が何件も入っていた。
通話ボタンを押し、呼び出し音が鳴ったかと思うと、すぐさまお父さんの声が聞こえてきた。
「真昼、だいじょうぶか。どこもケガしてないか?」
優しくて、心配そうなお父さんの声が届く。それを聞いて、はりつめていた糸が切れたように、今までこらえていた涙がポロポロとこぼれてきた。
「お父さん、ごめんなさい……わたし、ユキちゃんのそばにいたのに……何もできなかった」
「──どういうことだい?」
もっとちゃんと喋れたらいいのに。だけどいくらそう思っても、こぼれる涙が話のジャマをする。声を出すと、のどの奥がいたくなる。
だけどそれでも、今までにおきたことを一つ一つ話した。稲葉って言う悪い忍者のことや、沖くんの事まで全部。
そして一言一言話すたびに、またユキちゃんを守れなかったことへの申し訳なさがつのっていった。
「グス……わたしがもっとちゃんとしてたら……ユキちゃんはさらわれずにすんだかもしれないのに」
最後はすっかり涙声になっていたわたしの話を、お父さんは何も言わずにずっと聞いていた。
「そんなことがあったのか。まさか、同じクラスに真昼以外の忍者がいたとはね。それに、ユキちゃんをさらったのも忍者だった……」
全部言い終わった後、電話の向こうから、静かにお父さんの声が聞こえてくる。これには、さすがに驚いているようだったけど、その声は優しいままだった。
「だけどお父さんは、真昼が無理してケガをしなくてよかったって思うよ」
「でも……」
お父さんが何て言っても、わたし自身が納得できなかった。もちろん、大ケガをしてたかもしれないって思うと怖くなる。だけどそれでも、やっぱりユキちゃんを助けたかった。
「真昼。少し電話を変わってもいいかい?」
すっかり黙りこんでしまったわたしに、お父さんはそう言った。
「えっ?いいけど……」
そう返事をしたけど、今このタイミングで電話を変わるなんて、相手は誰なんだろう。首をかしげていると、電話の向こうから、お父さんとは違う声が届いた。男の人の声だった。
「真昼ちゃんだね。小雪のために悲しい思いをさせてごめんよ」
だけど、わたしはその人が誰だか分からない。
ユキちゃんのことを、小雪ってちゃんとした名前で呼ぶこの人は、いったい誰なんだろう?
「あの、あなたは……?」
聞いてみると、電話の相手が再びお父さんに変わった。
「声だけじゃ分からないか。この人はね、ユキちゃんのお父さんだよ」
「えっ!──」
ユキちゃんのお父さん。たまに会った事があるけど、優しそうなおじさんだった。そして言われてみると、確かにこんな声だったような気がする。
でもなんで?
お父さんは、忍者の仕事で出掛けるって言っていた。それがどうして、今ユキちゃんのお父さんと一緒にいるんだろう。と言うか、二人とも知り合いだったの?
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