第29話 消えたユキちゃん

 沖くんの事情を聞いて、お互いが忍者だってことは秘密にし合うと決めたわたし達。

 だけど、聞きたいことはまだ残ってた。


「そう言えば、結局その稲葉ってやつはどうなったの?」


 沖くんが調べていた相手。忍者の技を使って犯罪に手を出す悪いやつ。なんだか怖そうだけど、同じ忍者として嫌な気持ちになるし、腹も立った。


「それは、今も分からないままだ。さっきも言ったけど、情報には間違いも多いし、もしかしたら本当は、学校とは何の関係もないのかもしれない」


 もしそうだとしたら、今まで沖くんのやってきた事は全部ムダって事になる。それは、なんだか悲しかった。

 そんな気持ちが顔に出てたのか、沖くんはわたしを見ながらさらに続けた。


「関係無いことが分かったら、それはそれで一つの成果だからな。それに、そんな悪いやつが近くにいないなら、その方がいい」


 確かに、もし近くにそんなやつがいるかと思うと、それはそれでイヤだ。

 ならばと、わたしは沖くんに言う。


「じゃあさ、もしわたしも学校で変なやつを見つけたら、すぐに沖くんに知らせるから」

「ああ。よろしくたのむ」


 それを聞いて、沖くんは小さく笑った。


 ちょうどそのタイミングで、施設の中にチャイムの音が響いて、もうすぐ消灯時間になると言うのをしらせた。


「戻ろっか」

「そうだな」


 部屋まで続く廊下を歩きながら、そう言えばみんなから誤解されてることをまだ話してないなって思った。わたしが、沖くんのことを好きだと思われている。これを聞いたら、いったいどんな顔をするだろう?

 だけど詳しく話している時間はないし、また今度でいいかと思った。誤解されたら色々こまるかもしれないのに、なぜかそれほどイヤだとは思わなかった。










 そうして、わたし達の部屋まであと少しってところまで来たとき、前の方からこっちに向かって歩いてくる人が見えた。

 坂田先生と、ユキちゃんだ。


「お帰り、まひるちゃん」

「ユキちゃん、今からどこ行くの?」


 もう消灯の時間になるから、わたし達はみんな部屋に戻らなきゃいけない。今からどこかに行ってたら、間違いなく時間までには戻ってこれなくなるだろう。


「要さんには、先生からお話があります。少ししたら戻りますから」


 先生はそう説明すると、わたし達にもう部屋に戻るように言ってくる。


「騒がずに、静かに寝るんですよ」

「はーい」


 お話って何だろうって思ったけど、それを聞いてる時間もなさそうだ。わたし達は言われるまま部屋に戻ろうとしたけど、その前にふと、沖くんが言った。


「先生、今日は赤ぶちのメガネをかけてたんじゃないですか?」


 言われて見てみると、坂田先生は今、前までかけていた黒ぶちのメガネをしていた。今日一日、ずっと新しい赤ぶちメガネをしていたのに。


「あのメガネはどうも慣れなかったので、一度こっちに戻してみたんですよ。変ですか?」

「いえ、そう言うわけじゃ……」


 むしろ今の黒ぶちメガネの方が、わたし達は見なれている。なのに沖くんは、なんだか納得しきっていないような、歯切れの悪い返事をしていた。

 だけどそれ以上は何も言わずに、先生も話は終わったと思ったのか、ユキちゃんをつれて廊下の向こうに歩いていく。


「わたし達も、部屋に戻ろうか」


 二人の姿が見えなくなったところで沖くんに言ったけど、沖くんはなかなか動こうとしなかった。


 どうかしたの? そんな心の声が聞こえたみたいに、沖くんが言う。


「なあ、さっき坂田先生と会ったとき、これから職員の人達と一時間くらい話があるって言ってたよな」

「ああ、そうだったっけ?」


 沖くんがわたしの部屋を訪ねてきて、それから話ができる場所を探してたときの話だ。言われてみれば、そんなことを言ってた気がする。


「まだ、あれから一時間たってないよな」

「そうだけと、早く終わったんじゃないの? ねえ、どうしてそんなこと聞くの?」


 沖くんは相変わらず何かが気になってるみたいだけど、わたしにはその何かがわからない。そりゃ言ってた事とちょっと違ってるけど、だからってそれが何になるんだろう?


 だけど沖くんはそれに答えてくれずに、パッとその場から駆け出していった。


「ちょっと、どこ行くの!?」


 慌てて追いかけるけど、向かった先は、先生達が会議をする部屋のすぐ近くだった。もう消灯時間になってるし、こんなとこ見られたら、きっと怒られるに違いない。


「見つかったらまずいな。雲隠れの術を使うぞ」

「ええっ!?」


 驚くわたしをよそに、沖くんは印を結んで呪文をとなえる。とたんに、透明人間になったみたいにその体が消えた。


「どこ行ったのさ!」


 これなら確かに、先生達から姿は見えなくなる。だけど、わたしだって沖くんを見失っちゃうよ。

 だけどそんな心配も長くは続かなかった。たった今消えたはずの沖くんが、またすぐその場に姿を現したからだ。


「もう、いったいどこにいたの。それに、何があったかいいかげん説明して──」


 ちっとも事情を話してくれない沖くんに、そろそろ文句の一つも言いたくなって、だけどその言葉は途中で途切れた。

 現れた沖くんの顔色が、とても悪く見えたからだ。


「今、先生達がいる部屋の中に入ってきた。中には、坂田先生もいた」

「なんで? ユキちゃんはどうしたの?」


 わざわざ呼んでおいて、こんなに早く話が終わるとは思えないから、坂田先生はずっとこの部屋にいたってことになる。

 なら、さっきわたし達が会った坂田先生は一体なんだったんだろう? そして、ユキちゃんはどこにいってしまったのだろう? なんだか嫌な予感がしてきた。


「忍者なら、変化の術で先生に化けることもできるよな」

「まさか、さっきの坂田先生がそうだって、稲葉ってヤツだって言うの?」


 叫びながら、だけど本当は、わたしも同じことを考えていた。考えながら、違っていてほしいと思っていた。だってもしあの坂田先生が稲葉だって言うなら、そんな危ないやつにユキちゃんが連れていかれたって事だから。


「まだ分からない。分からないけど、とりあえず要を探すぞ」

「うん!」


 この建物はそんな複雑になつくりをしてないから、二人が歩いていった方向から、どっちに行ったかは想像がつく。

 どうか勘違いですように。そう心の中で祈りながら、わたし達は並んで廊下を駆けていく。


 そして、建物のはしっこくらいまでやって来たとき、ようやく前に誰かの人影を見つけた。


「待って!」


 声を上げるとその人は立ち止まり、ゆっくりとこっちを向く。思った通り、その人は坂田先生だった。

 ううん、坂田先生はさっき会議部屋の中にいたから、今目の前にいるのは、坂田先生の姿をした別の誰かだ。

 そしてその手には、目を閉じて意識を失っているユキちゃんが抱えられていた。


「ユキちゃん!」


 抱えられているユキちゃんを見て、すぐに駆け寄ろうとするわたし。だけどそれを止めるように、坂田先生の姿をした誰かが話し出す。


「要さんは気分が悪くなったようなので、ぼくがこれから病院につれていきます。二人も心配するのは分かるけど、もう寝る時間です。部屋に戻って寝ておいてください」


 事情を知らなかったら、それは本当にユキちゃんを気づかってるように見えたかもしれない。だけど今は、全部ウソだって知っている。


「稲葉十蔵────」


 わたしの隣で、沖くんがポツリと呟く。その瞬間、あいつの目が大きく見開かれるのが分かった。


「お前、どうしてそれを知っている?」


 まさかこんなところで本当の名前を呼ばれるとは思わなかったんだろう。動揺したのか、急に、坂田先生なら絶対に言わない口調に変わる。

 それは、自分の正体を明らかにしたようなものだった。


「ユキちゃんをかえして!」


 坂田先生、いや稲葉の体が固まったのを見て、ユキちゃんをとりかえそうとしがみつく。だけど稲葉は、すぐさまわたしをつきとばした。


「きゃっ!」

「芹沢!」


 廊下に叩きつけられおしりを打ったけど、いたいなんて言ってられない。

 起き上がると、沖くんもわたしと同じように稲葉に飛び付いていて、だけど力ずくではねとばされてしまっていた。

 そして、ひるむわたし達に向かって稲葉の声が飛ぶ。


「動くな!」


 どこから取り出したのだろう。いつの間にか稲葉の手にはナイフが握られていて、意識を失っているユキちゃんの首筋に突きつけていた。


「大人しくしていろ。でないとこいつを殺す」


 それはまるで、悪いヤツの定番みたいなセリフだけど、わたし達の動きを止めるには十分だった。


 そして動きを止めたその一瞬で、稲葉は次の行動に移る。彼の手からナイフが消え、かわりに小さな何かを床に向かって叩きつけた。そのとたん、辺りにものすごい煙がたちこめた。


「煙玉だ!」


 沖くんに言われなくても、わたしだって煙玉くらい知っている。大量の煙で敵から見えなくなって、そのすきに逃げるって言う忍者道具だ。つまり、稲葉はこのままわたし達から逃げるつもりだ。


「ユキちゃん!」


 ほんの少し前だって見えない中、もう一度名前を呼ぶ。だけどもちろん返事なんてなかった。


 そしてようやく煙が晴れた時には、稲葉の姿はもうどこにもなかった。そしてもちろん、ユキちゃんの姿も。

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