第28話 稲葉と言う忍者
「稲葉の前に、もう一つだけオレの父さんの話をするな。父さんは、忍者は引退したけど、今でもそのサポートはやってるんだ。忍者やってる人から、仕事で活かせそうな情報を集めて、それを他の忍者に渡す。忍者の間での情報屋みたいなものだ」
沖くんのお父さん、今でも忍者に関わる仕事をしてるんだ。ケガで引退したって聞いて心配してたけど、それを聞いて少しホッとした。
「それで、父さんの集めた情報の中に、稲葉十蔵の名前があったんだ」
ここでようやく、本題だった稲葉十蔵って言う人の名前が出てくる。確か、昼間聞いた話だと、犯罪者って言っていたっけ。
「稲葉ってヤツは、元々は普通の忍者だったけど、それを使って犯罪に走るようになったんだ。盗みをしたり、誘拐して身代金を受け取ったりな。忍法なんて、やり方次第ではいくらでも悪用できるだろ」
「ひどい。なにそれ」
悪いことをする忍者がいるってのは、前にお父さん聞いたことがある。だけどこうして改めて話を聞くと、怒りを感じずにはいられない。
「忍者の中には、そう言う悪い忍者を捕まえるのを専門にしている人もいる。けどそう言う人達も、稲葉が今どこにいるかなんて、すぐには分からない。だから、父さんみたいに情報を集める人が必要なんだ」
説明の中に、ちょっとだけお父さんの話をまぜる沖くんは、どこか誇らしげだ。
「それで、どうしてその稲葉って人とわたしが関係あると思ったの?」
稲葉が悪くて危険な人だって言うのは分かった。だけどそれだけじゃ、わたしにあれこれ聞いてきた理由にはならない。
「それなんだけどな。父さんは、仕入れた情報を全部パソコンに入れて管理してるんだけど、オレは時々こっそりそれを見てるんだ。忍者になるためには、もっともっといろんなことを知りたいからな」
「こっそりって、そんなことしていいの?」
「多分、バレたら怒られる。だけど父さん、仕事で使ってる割に、あんまりパソコン得意じゃないんだ。ケータイだって使いこなせてない。だからやろうと思えば、集めた情報をコッソリ見ることもできるんだ。あっ、この事は誰にも言わないでくれよ。父さん、怒ると怖いんだ」
どうやらお父さんに怒られるのが怖いと言うのは、どこの家でも同じみたいだ。
口止めを頼む沖くんは、なんだかイタズラを隠しているようにも見えた。今までは真面目そうな印象があったけど、結構無茶もするみたい。もしかしたら、それだけ忍者に対する思いが強いってことなのかもしれない。
それにしても……
「パソコンで管理って、なんだかあんまり忍者っぽくないね」
「そんな言葉、もう時代遅れだぞ。平成も終わって令和になったんだし、今時忍者だってパソコンくらい使うさ」
それを言うなら、忍者そのものが時代遅れのような気もするけどね。
そんなツッコミを心の中にしまうと、沖くんは話を続けた。
「少し前に父さんが手に入れた情報で、稲葉がうちの学校を調べているらしいって言うのがあったんだ」
「えっ、なんで?」
「そんなのオレだって知らない。元々、こう言う情報はウソや間違いも多いからな。でもそんなの知ったら、なんだか気になるだろ?」
「うーん、そうかも」
わたし達の学校。その言葉が出てきたとたん、これまで遠い所の話をしているみたいだったのに、一気に身近になったような気がした。
確かにそんな話を聞いたら、もしかしたら自分の近くにいるんじゃないかって思ってしまう。
「だからそれ以来、学校でも色々調べるようにしたんだ。もしかしたら、変化の術でも使ってどこかに潜んでるんじゃないかっても思った」
「じゃあ、あの時職員室にいたのも調べるため?」
「ああ。結局、なんの手がかりも見つからなかったけどな。だけどその途中で、別の忍者を見つけた」
沖くんが、じっとわたしを見る。その忍者と言うのはもちろんわたしのことだ。
「それで、わたしがその稲葉って人と関係してるって思ったの?」
「ああ。忍者を調べてる途中で忍者に会ったんだもんだから、もしかしたらって思ったんだ。ごめん、疑ったりして」
頭を下げる沖くん。そんな悪いやつの仲間かもしれないって疑われたのは、正直ちょっとショックだ。だけど確かに、そんな偶然が起きたらもしかしてと思うかもしれない。
「じゃあ、今もまだ疑ってるの?」
「いや。違うって言ってくれたし、芹沢のことはまだよく知らないけど、そんな悪いやつの味方をするとは思えない」
疑われたのは嫌だけど、今信じてくれたのは嬉しい。それと、そんな風に言われたら、なんだか少し照れ臭い。
「ごめん、許してくれるか?」
「いいよ。わたしのこと、みんなに黙ってくれるならね」
謝る沖くんにちょっとイタズラっぽく言うと、絶対に言わないとうなずいてくれた。
そんな風に真面目に答えてくれるところが面白くて、かわいいと思った。
「オレが忍者だってことも、誰にも言わないでくれるか?」
「いいよ。じゃあ、約束」
色々あったけど、これでわたし達が忍者だってことは、二人だけの秘密だ。同じ秘密を守る仲間。そう思うと、なんだかちょっとドキドキした。
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