第27話 話を聞かせて

 宿泊研修のスケジュールを見ると、ほとんど休みなく予定が入っている。山登りの後施設に戻って、それから先生の話を聞く。その後体育館に行って整列の練習とかをやって、それが終わると晩御飯。今日一日色々あったから、みんなお腹ペコペコだ。


 ご飯の後は、クラス毎に交代でお風呂の時間になる。大きなお風呂に入れるのは気持ちいいけど、30分で次のクラスが入ってくるから、けっこう急いで入らなきゃいけない。お風呂が終わった後は、消灯時間まで自由にしていいことになっていた。

 ここで、ようやく部屋に入って落ち着ける。


「今日は疲れたねー」

「ホントだよ。ようやく休める」


 ベッドに転がりながら、のんびりおしゃべりする。

 途中、少しの休憩時間はあったけど、こんな風にゆっくりできるのはずいぶん久しぶりな気がした。


「途中から、男子ともあまりしゃべれなくなっちゃったね」


 涼子ちゃんが言う。確かにあの山登り以来、忙しくて沖くんから忍者の話を聞くこともできなくなっていた。


「まひるちゃん、残念だったね」


 うん、とっても残念。でもこの残念は、絶対恋の進展って意味で言ってるよね。


「そう言うユキちゃんこそ、岡田くんとあんまり話せなかったじゃない」

「岡田くんと? そうだけど、どうしてここで岡田くんが出てくるの?」


 それは、岡田くんがユキちゃんのことを好きだからだよ。そう言いたかったけど、岡田君から絶対言うなって言われてるから黙っておく。

 それにしてもユキちゃん、そんな岡田くんの気持ちには全然気づいてないよね。わたしと涼子ちゃんは顔を見合わせながら、小さなため息をついた。


 その時、ふと部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。同時に、扉の向こうから声が聞こえてくる。


「沖だけど、芹沢はいるか?」

「えっ、沖くん?」


 その瞬間、ユキちゃんと涼子ちゃんの目が急に輝き出すのが分かった。いや、二人だけじゃなくて、同じ部屋にいる他の子達もキャーって声を上げている。


「まひるちゃんならここにいるよーっ!」


 一人が素早く早く扉を開いて沖くんを迎え入れ、他の子がグイグイとわたしの背中を押しながら、彼の方と近づけていく。ちょっと、そんなに押さないでよ。


「芹沢、話があるんだけど、場所を変えていいか?」


 そう言った瞬間、部屋の中から黄色い声が上がった。それを聞いた沖くんはキョトンとしている。

 きっと沖くんは、忍者についての話の続きをしに来たんだろう。わたしだってずっと気になっていたから、続きをするのは大歓迎だ。だけどいきなり部屋にやって来てこんなこと言ったら、絶対みんな勘違いしちゃうよ。


「頑張ってね」

「応援してるよ」


 そんな声援を受けながら、二人揃って部屋を出る。ああ、恥ずかしかった。


「さて、どこで話そうか」


 なのに沖くんは、ちっともそれに気づいていない。これじゃ、色々気にしたわたしがバカみたいじゃない。


 ため息をつくと、ちょうどそのタイミングでわたし達に向かって声がかかった。


「二人とも、お話中ですか?」

「あっ、坂田先生」


 顔を向けると、そこにいたのは赤ぶちメガネの坂田先生だ。どうやら部屋の見回りをしているみたいだった。


「今は自由時間ですけど、あと少ししたら消灯なので、それまでには自分の部屋に戻ってくださいね」


 消灯になると施設のほとんどの電気が消えて、わたし達はもう寝る時間になる。


「先生も、消灯になったら寝るんですか?」

「僕等は、みんなに何かあった時のために、もう少しだけ起きています。それに、これから職員の人達と集まって一時間ほどお話があるんです」


 わたし達が寝た後もお仕事しなきゃいけないから、先生も大変だ。


「それでは、消灯時間までごゆっくり」


 坂田先生はそう言うと、再び近くの部屋の様子を見て回り始めた。


「話をするなら、急がなきゃな」

「そうだね。そこの廊下の向こう、部屋から離れてるし、人もあんまり来ないでしょ」


 時計を見ると、先生の言う時間まで、あと20分もなかった。

 みんなからの誤解とか、色々言いたいことがあったけど、今はそれらは忘れて、じっくり話を聞こう。


「って言っても、まずは何から話そうか?」

「じゃあ、沖くんのこと教えてくれない。忍者になるって言ってたけど、やっぱりうちみたいに親が忍者なの?」


 忍者は代々親から子に受け継がれていくものだって、お父さんから聞いたことがあるし、実際お父さんはわたしを忍者にしたがっている。沖くんもそうなのかな?


「ああ。父さんが、昔忍者だったんだ」

「昔?」


 ってことは、今は違うのか。そう思った時、沖くんのお父さんについてふと引っ掛かることがあった。確か、前に一度、ちょっとだけ話を聞いたことがあるような気がする。


「確か、昔足を打って、走ったり跳んだりできなくなったって言ってたよね」

「ああ……」


 その瞬間、沖くんの顔が苦いものに変わった。もしかして、聞いちゃいけなかったのかな?


「そのケガ、俺のせいなんだ」

「えっ」

「俺がもっと小さい頃、修行の途中で失敗して、父さんはそれを助けるためにケガをしたんだ。それが原因で、父さんは忍者を引退した」

「そう、なんだ……」


 急に出てきた重い話に、なんて返事をしたらいいのか分からなくなる。ただ、それを話す沖くんがとてもつらそうにしてるのは分かった。

 自分のせいでお父さんがケガをして、しかも忍者を引退することになった。もしこれが、わたしと、わたしのお父さんだったらどうだろう。きっと、ものすごく悲しいにちがいない。


「父さんは気にするなって言ってくれたけど、俺のせいで忍者を止めなきゃいけなくなったって思うと、やっぱり悲しくて悔しかった。だから俺は、父さんができなかった分まで頑張って、一流の忍者になるって決めたんだ。今はまだ見習いだけど、これから必ずなってみせる」


 そう力強く言った沖くんが、なんだか大きく見えた。

 

 わたしだってまだ一人前じゃないから、立場としては沖くんと同じだ。だけど、将来忍者になるかどうか決めてないわたしと違って、沖くんは「なってみせる」とハッキリ言った。多分、この差は大きい。


 クラスにも何人か将来夢を持ってる子はいるけど、そんな子達は決まって、夢を語る時に目に見えないパワーを出しているような気がする。そして今の沖くんにも、そんなパワーがあるように思えた。


「そんなになりたいって思えるなんて、すごいね」

「芹沢だってそうだろ?」

「わたし?」


 沖くんは、わたしも夢は忍者だって思ってるみたいだけど、そんなことはない。


「わたしは、まだどうするか分かんない。将来の夢や、なりたいものもまだ決まってないしね。だからやっぱり沖くんはすごいと思うよ」

「別に、思うだけだならすごくないだろ」


 照れた様子でそう言うけど、全然そんなことないと思う。夢を持ってるのも、それを強く言えることも、わたしにはとてもまぶしく見えた。


 けれど沖くんは、いよいよ恥ずかしくなったのか、強引に次の話に持っていく。


「そんなことより、話の続きしてもいいか? 昼間言いかけてた稲葉十蔵のことだ」


 そう言えば、そんな名前も出てきてたっけ。

 いったいどこのだれなんだろう。次の言葉を待つけど、沖くんはいつの間にか、さっきまでの照れ顔から、真剣なものに変わっていた。


「少し物騒な話になるぞ」


 重い口調でそう言うのを聞いて、これはなんだか、軽い気持ちで聞いちゃいけないことのような気がした。

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