第26話 沖くんの質問
沖くんに、忍法を使ったところを見られた。
彼が忍者かどうか確かめようとしていたのに、逆にわたしの方がバレちゃった。
沖くんと同じ班になって、色々観察できると思ってたけど、考えてみればそれは、沖くんもわたしを観察できるってことだ。
なのに、軽々しく忍法を使ってしまったのは失敗だった。最近、涼子ちゃんのラブレターを取り返したり、ユキちゃんのお母さんに化けたり、みんなの近くで忍法を使うことが多かったから、油断してたのかもしれない。
だけどそんなこと言ってももう遅い。わたしが黙っているのを見て、沖くんはもう一度、今度はさっきよりも強い口調で聞いてくる。
「どうなんだ。芹沢は、忍者なのか?」
ここで、違うって言っても信じてくれないだろうな。そう思うと、なんだか体が震えてきた。もうごまかせないと分かって、心に込み上げてきた感情。それは、恐怖だった。
おし潰されそうな恐怖に飲まれそうになりながら、気がつけばわたしは勢いよく頭を下げていた。
「お願い、誰にも言わないで! 特にお父さんには、絶対知られたくないの。もしバレたなんて知られたら、すっごく怒られちゃうから!」
「お父さんに……怒られる?」
それを聞いて、沖くんはなんだかキョトンとしていた。もしかすると、こんな風にお願いされるなんて、思ってなかったのかもしれない。
だけどわたしは真剣だった。
「そうなの。お父さん、普段は優しいんだけど、忍者のことにはすごく厳しいの。正体は絶対バレちゃダメって言われてるから、もしこの事が知られたらどんなに怒られるか……お願い!」
黙っていてと、手を合わせてお願いする。沖くんは、まだ少しの間キョトンとしていたけど、それから気を取り直したように言う。
「なら、俺の質問に答えてくれ。答えてくれたら、黙っておくかもしれない」
「かもって、絶対じゃないの?」
「それは芹沢の答え次第だ。答える気はあるのか?」
「そりゃ、あるけど……」
絶対喋らないって言ってくれたら、もっと答える気になってたと思うんだけどね。
それで、いったい何を聞くつもりなんだろう?
「芹沢のお父さん、なんて名前なんだ?」
「えっ、お父さん? 芹沢隼人だけど……」
まさか、ここでお父さんの名前を聞かれるとは思わなかった。隠すこともないし正直に言うけど、どうしてそんなこと聞くんだろう。
「じゃあ、親戚や知り合いに、
「うーん、いないと思うけど」
次に出てきたのは、今まで一度も聞いたことのない名前だった。誰それ?
ますます、沖くんが何をしたいのか分からなくなる。
「本当に知らないのか? いや、でも嘘をついてるって事もあるし……」
「ちょっと、どうしてわたしが嘘なんてつかなきゃいけないのよ!」
いくらなんでもそれは失礼じゃない。こっちはお父さんから怒られるかどうかがかかってるって言うのに、どうして嘘なんてつかなきゃいけないの。
「だいたい信用できないなら、最初から聞かないでよ!」
「それは……そうだな。ごめん」
怒って文句を言うと、沖くんも悪いと思ったのか、素直に謝ってくる。
仕方ない。まだ少し腹は立ってるけど、ここは沖くんを責めるよりより話を続けよう。
「それで、わたしが忍者だってことは黙っててくれるの?」
「ああ。稲葉と関係ないなら、別に誰かに話す気はないよ」
それを聞いて、ようやく少しホッとする。これで、とりあえずお父さんから怒られる心配はなさそうだ。
だけどそうなると、今度は別の事が気になってくる。沖くんの質問についてだ。
「ねえ、その、稲葉ナントカって誰なの?」
沖くんは、その人がわたしの知り合いじゃないかって思ってたみたいだけど、名前も聞いたことのない人だ。いったい何者なんだろう。
すると沖くんは、とたんに深刻そうな声で言う。
「稲葉十蔵。そいつも忍者だ。それでいて、犯罪者だ」
「どう言うこと?」
急に物騒な言葉が出てきて、思わず眉をひそめる。って言うか沖くん、わたしがそんな人と知り合いだと思ってたの?
とりあえず、詳しく話を聞こう。そう思ったけど、その時わたし達を呼ぶ声が聞こえてきた。
「まひるちゃん、沖くん、どこーっ。涼子ちゃんの帽子、もう何とかなったからーっ」
ユキちゃんだ。なかなか戻ってこないわたし達を探しに来たみたい。これじゃ、ゆっくり話の続きをするわけにもいかない。
「詳しいことは、後で時間がある時に話す。それでいいか?」
「うん、分かった」
このまま隠れてみんなに心配かけたくはないし、そろそろ出発しないと山登りの時間もなくなっちゃう。沖くんの話は気になるけど、後でしてくれるって言ってるし、今は素直にうなずこう。
だけどみんなのところに戻る途中、これだけは聞いてみた。
「ねえ、前に学校の職員室でわたし以外の忍者にあったんだけど、あれって沖くんだったの?」
わたしだって、沖くんが忍者かどうかずっと気になってた。なのにわたしだけが忍者だってバレて、これじゃなんだか不公平だ。そう思って、今まで聞けなかった事を聞いてみる。わたしはどうせばれたんたんだから、もうコソコソ探る必要もないよね。
沖くんはその質問に少しだけ黙って、それから静かに言った。
「ああ、俺は忍者だ。いや、忍者になるんだ」
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