第24話 山に登ろう
班が決まって、最初にするのは山登りだった。建物の裏には整備された山があって、そこをさっき決めた班のみんなと一緒に登っていく。
そのために、みんなは動きやすい服を着て帽子をかぶり、背中にはタオルや水筒を入れたリュックを背負って、すっかり山登りスタイルになっていた。
コースは全部で3つあって、それぞれ簡単、普通、難しいに別れている。まずは、みんなで話し合ってどのコースを登るか決めなきゃならない。
「どうせなら難しいところに行こうぜ」
真っ先にそう言ったのは元々運動が好きな岡田くんだ。
だけど、ユキちゃんと涼子ちゃんは少し迷ってる。
「でも、それってすごく大変なんじゃないの?」
「だからいいんじゃないか。大変な方が登り終わった時気持ちがいいって」
実は、これはわたしも岡田くんと同じ意見。どうせやるなら、一番難しいのをやってみたい。
「沖くんはどれがいい?」
「俺も、難しいやつかな。二人がどうしても嫌だって言うならやめるけど」
これで、難しいをやりたいが3人になった。ユキちゃんと涼子ちゃんは、まだ少しどうしようかと迷ってたけど、それから二人合わせて答えた。
「それじゃ、難しいにいってみようかな」
「ちょっと大変なくらいが面白いかもしれないしね」
これでみんなの意見が揃って、進むコースが決定した。
先生に報告しにいくと、他の班の人達も同じようにどのコースを登るか知らせに来てたけど、難しいのコースは一番人数が少なかった。
「女の子なんて、わたし達以外にほとんどいないね」
ユキちゃんが言う通り、元々少ない人数だったけど、その中でも女子はさらに少なかった。
また少し心配そうにすると、岡田くんが元気付けるように言う。
「もし歩けなくなったら、俺がかついで連れてってやるよ」
「えーっ、恥ずかしいからいいよ。それに、コースには先生や施設の人達もいるって言ってたから、その人達にたのむや」
あらら。岡田くん、せっかく自分から優しいところを見せたのに、断られて残念。
何はともあれ、こうしてわたし達5人の山登りが始まった。
だけど…………
「…………ふぅ」
大きく息を吐いたのは涼子ちゃんだ。まるで、たまった疲れも一緒に吐き出したいって言ってるみたいだ。
その隣を見たら、ユキちゃんも疲れた顔をしている。このコース、どうやら思ってたよりずっときついみたいだ。
と言っても、歩けないくらい疲れてるって訳じゃない。体力で言ったら、まだ少し余裕があるくらいだ。
だけど少し前に、『残り半分』って看板を見てから、なんだかみんな元気がなくなっちゃった。今までもたくさん歩いたのに、まだ半分もあるんだって思ったみたい。
「大丈夫だって。大したことねーよ」
岡田くんがみんなを元気付けるように言う。そう言う彼も、さっき看板を見たときは嫌そうな声を上げてたけれど、自分からこのコースに行きたいって言ったんだから、弱音を言うつもりはないらしい。
一方、同じく難しいコースを進めたわたしと沖くんはと言うと……
「沖くんは平気?」
「ああ。芹沢も平気そうだな」
沖くんは、岡田くんみたいにガマンしているとかじゃなくて、本当に平気そうだった。
わたしも、人より体力があるからまだまだ余裕だ。
それにしても、わたしの体力は毎日やってる修行のおかげで身に付いたものだけど、沖くんはどうなんだろう?
「沖くんって、運動神経いいし、体力もあるよね。何か特別に鍛えてたりしてるの?」
沖くんも忍者だから鍛えているんじゃないか。そんな考えが頭に浮かぶ。もし忍者だとしても、まさかすなおに忍者だっては言わないだろうけど、ヒントになるようなことでも言ってくれたらと思う。
「体を動かすの好きだから、毎日動いてるだけ。芹沢こそ、女子でそれだけ動けるやつの方が珍しいと思うぞ。何かやってるのか?」
うーん、ヒントになるようなことは何もなかった。それどころか、逆にわたしが質問されてる。えっと、なんて答えようか?
「お、お父さんがスポーツ好きで、毎日それにつきあってるの」
嘘は言ってない……と思う。忍者がスポーツなのかどうかは知らないけど。
「へぇ。お父さんって、仕事は何をしてるんだ?」
「…………サラリーマン、かな」
わたし、嘘言いました。どう考えても、忍者はサラリーマンとは違うよね。
(沖くんのお父さんは、何をやってるのかな?)
せめて沖くんのことを少しでも知りたいと思って、同じ質問をしようとする。だけどそれより先に、また沖くんのが言ってきた。
「その頭のやつ……」
「えっ、シュシュのこと?」
「ああ、要とお揃いなんだな」
沖くんが言ったのは、土曜日ユキちゃんと一緒に買ったシュシュだった。気に入ったからつけてきたけど、岡田くんからは似合わないって言われたし、男子から見たらそうでもないのかもしれない。
「変だった?」
「いや、そんなことない。髪結んでるから、動きやすいと思う」
「なにそれ、かわいいとかじゃないの?」
似合わないよりはマシだけど、なんとも微妙な評価に頬を膨らませる。だけどそれを見て、沖くんは困ったように目をそらした。
「ごめん。そう言うの、なんだか恥ずかしくて。でも、その……」
何かを言いかけて、だけどそれから先の言葉が告げられることはなかった。
その前に、別の声がわたし達の間に割って入ってきたからだ。岡田くんだ。
「おーい。要達も疲れてるみたいだし、そこで少し休憩しようぜ!」
見ると、山道の休憩できるところがあって、丸太で作ったイスまで置いてある。
わたしはまだ休憩しなくても平気だけど、岡田くんの言う通り、ユキちゃん達は疲れがたまってるみたい。あと、岡田くん自身もね。
沖くんとの話は一度ストップになっちゃうけど、今はみんなで休憩する方が大事。わたし達も賛成して、揃ってその場所に腰を下ろした。
「疲れたーっ」
涼子ちゃんが被っていた帽子を取って、タオルで汗をふく。
「ごめんね涼子ちゃん。それにユキちゃんも。わたしが難しいコースに行きたいって言ったから……」
ため息をつく二人を見てると、もしかしてムリをさせちゃったのかなと思ってしまう。
だけど二人は、そろって首を横にふった。
「あやまることないよ。ちょっときついけど、できないってほどじゃないから。それよりも──」
「えっ、なに?」
そこで一度言葉を切ったかと思うと、二人とも急に目をキラキラさせて近寄ってくる。
「さっき、沖くんと話してたよね。どんなこと話したの?」
「ええっ!?」
まるで、さっきまでの疲れも急に吹き飛んだような変わりよう。どうやら二人とも、恋の進展みたいなものを期待しているようだけど、残念ながらそんなのはちっともないんだよね。
「進展とかは無いから」
「えぇーっ、そうなの」
二人とも、ガッカリさせちゃってごめんね。
だけど、ふと思う。話の最後の方に出た、シュシュの話題。かわいくないのかと聞いたわたしに、沖くんは恥ずかしがりながら、何かを言ってくれようとした。
結局それを最後まで聞くことはできなかったけど、あの時沖くんは何と言おうとしたんだろう。
『かわいい』だったらいいな。
本当は恋とかじゃないはずなのに、なぜか、そう言われたら嬉しいと思う自分がいた。
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