宿泊研修

第23話 宿泊研修スタート

「まひるちゃん……まひるちゃん……」


 誰かがわたしを呼んでいる。それに気づいて目を開くと、ユキちゃんと涼子ちゃんが覗き込んでいた。

 あれ、わたし今何してたんだっけ? 不思議に思いながら辺りを見回すと、そこはバスの中だった。

 そっか。今は、二泊三日の宿泊研修に行く途中だったっけ。昨日、お泊まりしたユキちゃんがおうちに帰った後、お父さんと二人で準備をしたんだった。


「ずいぶん眠そうだけど、もしかして、ゆうべあまり眠れなかった?」

「ううん。ゆうべは早く寝たんだけど、朝起きるのが早かったの。わたしだけじゃなくて、お父さんも今日からしばらくお出かけだから、二人とも早く起きちゃった」


 お仕事で何日か留守にする。お父さんからそう言われたのは、この宿泊研修の準備をしている最中だった。忍者のお仕事は、あまり時間が決まっていなくて、一日中家にいることもあれば、急に何日もいなくなることもある。もっとも、今回はわたしも家にはいないから、あんまり関係ないかもしれないけれど。


「さっき坂田先生が、あと少しで着くって言ってたよ」


 見ると、坂田先生がみんなに向かって注意をしている。先生はいつもの黒ぶちメガネじゃなくて、新しい、赤いふちのメガネをかけていた。だいぶ古くなってきたから、この宿泊研修用に買いかえたんだって。


 バスはそれからほんの少し走った後、無事目的地に到着した。

 そこは、山のすぐそばにある大きな建物で、普段の学校でできない体験を、お泊まりしながら勉強できる場所なんだって。勉強って聞くとなんだか大変そうだけど、みんなと一緒に山登りやお料理、それにゲームもするみたいで、なんだか楽しそうだった。


 バスをおりるとまずは体育館みたいなところで先生の話があって、それからお泊まりする部屋に移動する。二段ベッドがたくさんあって、ユキちゃんと涼子ちゃんも同じ部屋だ。

 持ってきた荷物を置くと、もう一度みんなで集まる。それから、本格的な宿泊研修のスタートだ。


「じゃあみなさん、まずは5人か6くらいで班を作ってください。男子と女子が混ざっていてもかまいません。できた班が、これからの宿泊研修で一緒に活動するグループになります」


 坂田先生が説明すると、何人かは早くもグループを作っていく。わたしもとりあえず、ユキちゃんと涼子ちゃんの二人と一緒になったけど、これじゃまだ人数が足りない。

 あとは誰にしようかな? そう思っていると、ユキちゃんが声をあげた。


「ねえ沖くん、わたし達と同じ班にならない?」

「俺、男子だけどいいのか?」


 急に声をかけられ、驚いた様子の沖くん。男子と女子が混ざっていてもいいって先生が言ってたけど、そうしているグループはあんまりない。なのに、ユキちゃんはわざわざ沖くんに声をかけていた。


「ぜんぜん大丈夫だよ。ね、まひるちゃん」


 念を押すようにわたしにも確認をとるユキちゃん。だけどその時、小さくウインクをするのが見えた。

 もしかしてユキちゃん、わたしのために沖くんを一緒の班にしようとしてくれてるの?


「そうか? なら、よろしくたのむ」


 沖くんがうなずくと、いつの間にか涼子ちゃんも隣に来て、嬉しそうにささやく。


「よかったね、まひるちゃん」


 うーん。二人と、もまだわたしが沖くんのことを好きだって思ってるみたい。いつか誤解だって言おうと思ってたけど、こんなんじゃなかなか言えそうにないよ。


 だけど沖くんが同じ班になるのは、確かにいいことかもしれない。ずっと近くで観察してたら、忍者かどうかわかるかもしれないからね。


「よろしくね、沖くん」

「ああ。こっちこそよろしくな」


 ユキちゃんや涼子ちゃんの思っているのとは少し違うけど、今は同じ班になれたことを喜ぼう。


 だけど、沖くんを同じ班に迎え入れたわたし達を、喜べない子が一人いた。岡田くんだ。


「おい芹沢、ちょっと来い!」


 岡田くんはわたしのところに駆け寄ってくると、腕を引っ張って強引にみんなから引き離す。


「なあ、なんで要が沖を一緒の班に誘ってるんだよ!」


 大慌てで聞いてくる岡田くん。どうやらさっき、ユキちゃんが沖くんを呼んだところを見ていたみたいだけど、もしかして何か誤解してない?


「わざわざ誘ってまで一緒の班になりたいってことは、まさか要のやつ、沖のことが……」

「違うから!」


 そう言えば、岡田くんはユキちゃんのことが好きたったんだよね。

 そのユキちゃんが沖くんのことを好きなんじゃないかって心配してるんだろうけど、ぜんぜんそんなことないから。


 だけど、それじゃなんて説明しよう? わたしと沖くんを近づけさせたくてやったんだよ、なんて言ったら、岡田くんにまで誤解が広がっちゃう。

 だけど、そんな迷いはすぐにムダになっちゃった。


「ユキちゃんは、まひるちゃんのために沖くんを誘ったんだよ。だから、岡田くんが心配するようなことはないから安心して」

「涼子ちゃん!」


 どこから話を聞いていたんだろう。気がつくと、いつの間にか近くにいた涼子ちゃんがいて、そう岡田くんに教えてあげていた。


「お、オレが何を心配するって言うんだよ」

「だって岡田くん、ユキちゃんのこと好きなんでしょ?」

「なっ!?」


 変な声をあげて驚く岡田くん。驚いたのはわたしも同じだ。涼子ちゃん、どうして知ってるの?


「岡田くんを見てたら、前からそうじゃないかって思ってたんだ。それで、今二人が話してるのを聞いて、まちがいないなって思ったの」


 すごい。前からって、いったいどのくらい前から気づいてたんだろう。わたしなんて、この前までちっともわからなかったよ。


 思えば涼子ちゃんは、ずっと前から先輩に恋をしていた恋愛のベテランだ。もしかすると、その分他の人の恋も分かるのかもしれない。


「な、なあ、このこと誰にも言わないでくれるか?」

「いいよー」


 たのむ岡田くんと、うなずく涼子ちゃん。

 なんだかわたしにバレた時も、ほとんど同じやり取りをしていたような気がする。

 さらに、涼子ちゃんはこんなことを言い出した。


「ユキちゃんが気になるなら、岡田くんもわたし達の班に入る?」

「えっ、いいのか?」

「まだ4人しか決まってないから、十分入れるよ。あと、男子が沖くん一人だけよりも、他に誰かいた方がいいと思うよ。まひるちゃんも、それでいいよね?」


 確かに、このままだと沖くんは女の子の班に一人ポツンと入れられた状態になるかもしれない。それは、ちょっと居心地が悪いかも。

 それに、岡田くんがユキちゃんのこと好きって分かったから、それもちょっとは応援したい。


「うん。岡田くん、どうする?」

「じゃあ…………入れてくれ」


 少しの間迷って、ちょっぴり照れて、だけど結局入ってくれた。これでわたし達の班は5人になって、無事完成だ。


 三人でユキちゃんや沖くんのところに戻ろうとしたけど、その途中岡田くんがわたしに向かって言ってきた。


「ところで芹沢。さっき、要はお前のために沖を誘ったって言ってたけど、もしかしてお前、沖のこと好きなのか?」


 ああ、そう言えば、さっき涼子ちゃんがそんなこと言ってたっけ。涼子ちゃんも、それを聞いてしまったって顔をする。


「ごめん。わたしのせいでバレちゃった」

「いいって。同じ班になったなら、どのみち分かったと思うから」


 本当は誤解なんだけどね。って、なんだかどんどん誤解が広がっていってる気がするよ。仕方ないけど、これ以上広がるのもまずいし、一応口止めはしておこう。


「岡田くん、このこと誰にも言わないでね」

「分かってるって。お互い、がんばろうな」


 同じ恋する仲間だと思ったのか、なんだか優しい岡田くん。本当はわたしはがんばらなくてもいいんだし、優しい岡田くんはなんだか変な感じがするけど、まあいいか。


「二人とも行ってたの?って、なんで岡田くんがいるの?」

「ああ、それなんだけどね……」


 ユキちゃんのところに戻って、岡田くんを一緒の班にしてもいいかって聞いたら、最初はすごく驚いていた。


「お、俺が一緒じゃ嫌か?」


 そう言った岡田くんは、なんだかすごく心細げだ。ユキちゃんに怖がられてるのを知ったから、断られたらどうしようって思ってるんだろう。実はわたしも、それが心配だった。


 だけど、ユキちゃんは少しの間戸惑っていたけど、それからニッコリと笑ってくれた。


「ううん、そんなことないよ」


 少し前まで岡田くんのことを怖がってたユキちゃんだけど、この前の買い物でそんな気持ちも少し減ったったのかもしれない。


 なのに岡田くんときたら……


「お前が嫌じゃないなら、同じ班になってやってもいいぞ」


 だから、どうしてそんな偉そうなこと言うの。たぶん、すなおに喜ぶのが恥ずかしいんだろうけど、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。


「そんなんじゃ、またユキちゃんから嫌われちゃうよ」

「ここは、ちゃんと嬉しいって言わないと」


 わたしと涼子ちゃんがそれぞれ小声でささやくと、岡田くんもようやくこれじゃダメだって気づいたみたい。


「い……入れてくれて、ありがとな」

「ううん。どういたしまして」


 そうそう、それでいいんだよ。だけどこの調子じゃ、二人がうまくいくにはまだまだ時間がかかりそうだ。


 ため息をついていると、ふと誰かの視線を感じた。その方向に目を向けると、そこにいたのは沖くんだった。

 もしかして、わたしのこと見てた?


「班が決まったら、そろそろ先生のところに集合しないとな」

「あっ、そうだね」


 そう言われて、急いでみんなを集める。あんまり時間がかかりすぎたら怒られちゃうからね。


 みんなで先生のところに行きながら、チラリと沖くんを見ると、向こうはもうこっちを見ていなかった。さっきのは、早く集合させたくて見てただけなのかな?


 よくわからないけど、やっぱり沖くんには謎が多そうだ。そう、わたしの勘がつげている。


 よーし、この宿泊研修中に、忍者かどうか確かめてやる。そう決意を新たにする。

 みんなは色々誤解してるけど、沖くんが気になるって言うのは事実だった。

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