第22話 お母さん
ユキちゃんがお泊まりした次の日の朝。わたしが目を覚ますと、すぐ横には先に目を覚ましていたユキちゃんの顔があった。
「あっ、おはようまひるちゃん」
「おはよう。ちゃんと眠れた?」
ユキちゃんは、昨夜のあの出来事をどう思っているんだろう? 聞いてみると、とたんに弾けるような笑顔が返ってきた。
「うん、とっても。それに、楽しい夢も見れたんだ」
「そうなんだ。ねえ、それってどんな夢?」
本当は、どんな夢かは分かっているけど、それでも確かめずにはいられない。あの、お父さんとお母さんとのやり取りを、ユキちゃん自身がどう思っているのか知りたかった。
「ナイショ。だけど、とってもいい夢だったよ」
少しだけ恥ずかしそうに言うユキちゃん。もしかしたら、ポロポロ泣いちゃったことを話すのが恥ずかしいのかもしれない。だけどそれだけで十分だった。とてもいい夢だったと言って、楽しそうに笑う。それだけで、やってよかったと心から思った。
その時、そばに置いてあったユキちゃんのスマホから音が鳴る。手にとって確認すると、どうやらメール着信のようだった。
メールの相手を見て、ユキちゃんは声をあげる。
「お父さんからだ!」
ユキちゃんのお父さんからのメール。それも一つじゃなくて、いくつも届いていた。覗き込んでみるとそれは、『帰れなくてごめん』だとか、『一緒にごはんが食べたかった』とか、ユキちゃんと会えないのをとても寂しがっているのが伝わってきた。
そしてメールの最後には、『いつでも電話して。どんな時でも必ず出るから』と書いてあった。
「お仕事が忙しいんだから、どんな時でもはまずいでしょ。もう、しょうがないな」
そう言いながらも、ユキちゃんは嬉しそうだった。
「ねえ、早速電話かけてみたら。メール送ってきたってことは、今ならきっと大丈夫だよ」
「そうかな?うん、そうする」
ちょっと迷って、だけどすぐにうなずくと、急々と電話をかけ始める。それを見て、わたしはそっと部屋から出ていった。せっかくお話しできるんだから、二人だけにしたほうがいいよね。
ゆっくりドアを閉めると、向こうから弾んだ声が聞こえてきた。
その時、わたし達を起こしにきたのか、廊下の向こうからお父さんが歩いて来るのが見えた。
「おはようお父さん。ユキちゃん、楽しい夢を見れたって言ってた。それと、今ユキちゃんのお父さんと電話してる」
「だから言っただろ。ユキちゃんのお父さんだって、ユキちゃんのことが大好きなんだって」
そう得意気に話すお父さんは、まるで最初からこうなることを知っていたようにさえ見えた。
「ありがとう、お父さん。お父さんはすごいね」
「なんだい急に?」
「だって、ゆうべの作戦、お父さんがいたからできたんだもん。わたし一人じゃ、絶対失敗してた」
ユキちゃんをお父さんに会わせたい。そう思うのに夢中で、どうやったら変に思われないかなんて考えもしなかった。夢の出来事にするなんて、思いつかなかった。
ユキちゃんのお母さんに変化したのだって、お父さんが声色を変えて喋ってくれなきゃ、うまくいかなかったと思う。今回は、何から何までお父さんに頼りっぱなしだった。
「いつも人前で忍法を使っちゃダメだって言ってるのに、手伝ってくれてありがとう」
そうお礼を言うと、お父さんはなんだか照れ臭そうに笑った。
「確かに、軽々しく忍法を使っちゃいけない。その気持ちは今も同じだよ。だけど今回は、全部夢だと思わせたから大丈夫。それに、もしお母さんが生きてたら、きっと協力しただろうからね」
「お母さん? それって、わたしのお母さんのことだよね?」
思わぬ名前が出てきた。
わたしのお母さんも、ユキちゃんのお母さんと同じように、小さい頃に亡くなっていた。ううん、わたしはなんて仏壇の写真でしか記憶にないから、亡くなったのはユキちゃんのお母さんより前だと思う。
お母さんも忍者だったって聞いた事があるけど、どんな人かはほとんど知らなかった。
「お母さんは病気で亡くなったけど、亡くなる前に言ったんだ。もし自分が亡くなったあと、真昼がお母さんに会いたいって言ったら、変化の術を使ってくれって」
「それって……」
「そう。真昼とほとんど同じ事言ってたんだよ。そんなお母さんなら、きっと真昼を手伝ってあげるだろうと思ったんだ」
「そうなんだ」
思えば、お母さんの話をこんな風に聞くのははじめてな気がする。いつもお仏壇の写真で見ているお母さんが、なんだか今はすごく近くにいるように思えた。
「もっとも、真昼は一度もそんなこと言い出さなかったけどな」
「そうだっけ?」
言われてみれば確かに、お母さんに会いたいとか言った覚えなんてない。でもそれって、冷たいことなんじゃないのかな?
「お母さんはこうも言ってたよ。会いたいって言わないのは、それだけ今に満足してるってこと。だから、わざわざ変化して会わせる必要はないってね。変化してほしいならもちろんやるけど、どうする?」
まるで、わたしの心を読んだみたいにそんなことを言われて、少し考えてみる。だけど、すぐに首を横にふった。
「いいや。だって、いくらお母さんの姿になったって、お父さんの変化したんだって分かってるもん」
「そりゃそうか」
「それにね──」
わたしはそこで一度言葉を切って、近くの部屋の戸をあける。仏壇と、お母さんの写真がおいてあるあの部屋だ。
「お母さんの顔なら、毎日見てるからね」
いつものように、お線香を立ててそっと手を会わせる。毎日やってることで、その度に、写真の中のお母さんと目を合わせていた。
もしかしたら、わたしもユキちゃんみたいに、すっごく寂しくなる時が来るかもしれない。だけどそれは今じゃない。お父さんがいて、ユキちゃんや涼子ちゃんみたいに友達だっている。それにお母さんだって、きっと見えないところで見守っているような気がした。
お母さんに向かって合わせた手を離したところで、ちょうど電話を終えたユキちゃんがやって来て、それから三人で朝ごはんを食べた。
お父さんといっぱいお話しできたユキちゃんは、とても嬉しそうで、これならユキちゃんも、きっと大丈夫だと思った。
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