第20話 お父さんの作戦

 わたしが部屋に戻ってこっそりドアを開くと、出ていった時と同じように、ユキちゃんがスヤスヤと静かに眠っていた。


「ちゃんと寝てるよ」


 そう小声で呟くと、隣にいたお父さんが、同じく小声で返してきた。


「それじゃ作戦開始といくか。だけどその前に、まずは内容の確認だ。さっき話した、大事なポイントを言ってごらん」

「えっと、まずユキちゃんのお父さんに変化するのは、わたしじゃなくてお父さんがやる。それと、これからやることは、ユキちゃんには全部夢だって思わせる。だよね」

「その通り」


 わたしの話を聞いたお父さんは、それは無理だと言いながら、だけどそれじゃどうすればいいか、その提案をしてくれた。


 そのうちの一つが、ユキちゃんのお父さんに化けるの役目を、わたしでなくお父さんがやること。同じ大人の男の人であるお父さんの方が、わたしより上手にユキちゃんのお父さんに化けられるからだ。


 そしてもう一つが、言ったみたいに、ユキちゃんには今から起こることを全部夢だと思わせる事だった。


「夢なら、ユキちゃんのお父さんがやって来ても変じゃない。夢じゃなくて、本当にお父さんが帰ってきたって思えたならそっちの方がいいんだろうけど、そしたらおかしいって思われちゃうからね」


 そこはちょっと残念だけど、仕方ないって納得する。例え夢でも、ユキちゃんに嬉しい思いをさせたかった。


「じゃあ始めるぞ。忍法、煙遁の術!」


 お父さんが印を結んで忍法を使うと、部屋の中に赤や黄色のカラフルな煙が出現した。これで、夢の中の世界の完成だ。

 本当は、敵の目をくらませてその間に逃げるって忍法なんだけど、たくさんの色の煙が立ち込めているのはキレイで、本当に夢の中にいるみたいだった。


「続いて、忍法変化の術。ユキちゃんのお父さん!」


 新たな忍法を使うと、とたんにお父さんの姿が変わっていく。顔も身長も体格も、みるみるうちに変化していって、別人に、ユキちゃんのお父さんみたいになる。本人と分からないくらいそっくりだ。

 だけどそこで、わたしはアレって首をかしげた。


「そう言えばお父さん。ユキちゃんのお父さんがどんな人か知ってたの?」


 わたしは、前にユキちゃんのおうちに遊びに行った時に、ユキちゃんのお父さんと会ったことはある。だけどそれにしたって、ほんの数回だ。今回やるつもりだった変化だって、ユキちゃんのスマホから送ってもらった写真を参考に化けるつもりだった。

 だけどお父さんは、そんな写真も見ることなく、簡単にユキちゃんのお父さんに化けていた。


「それは、お父さんが一流の忍者だからだよ」


 そうなんだ。一流の忍者ってすごい。


「それより真昼。次は真昼が変化する番だよ」


 そうだった。わたしの考えていた作戦だと、ユキちゃんをお父さんと会わせてそれで終わり。その役はお父さんがやる事になったから、今回わたしの出番はないはずだった。

 だけどお父さんは、そんな見ているだけしかできないわたしに、あるアイディアを話してくれた。


「じゃあ、いくよ。変化の術、ユキちゃんのお母さん!」


 お父さんがやったみたいに、印を結んで変化の術を使う。その瞬間、わたしの体が変化する。一気に目線が高くなって、自分が別人に変わっていくのが分かった。


『どうせ夢だと思わせるなら、お父さんだけでなくお母さんとも会わせてあげよう』


 夢のアイディアを出した時、お父さんは続けてそう言った。


 それを聞いたとき、わたしは飛び上がって賛成した。ユキちゃんは、お父さんと同じくらい、亡くなったお母さんが大好きだった。病気がちだったせいでたくさんは遊んでもらえなかったけど、とってもキレイで優しい人だった。そう、何度も嬉しそうに話してくれた。

 そんな大好きなお母さんだから、例え夢だと思っていても、ほんの少しの時間でも、会えたらきっと喜ぶ。


 だけど、それには一つ問題があった。


「どう、うまくいった?」


 変化が終わり、恐る恐る聞いてみる。ちゃんとユキちゃんのお母さんに変化できているか、あんまり自信はなかった。

 直接会ったこのない人に変化するのは、今のわたしにはけっこう難しくて、失敗することも多かったからだ。


 だけど、今お母さんの役ができるのはわたししかいない。もしこの変化がうまくいかなかったら、ユキちゃんのお母さんの登場は中止にするってって言われてた。


 緊張するわたしに、お父さんは言う。


「よくできてるよ。がんばったな」

「ほんと?」

「ああ、鏡見るかい?」


 お父さんから渡された鏡を見ると、そこにはわたしじゃなくて、一人の大人の女の人が映っていた。それは、写真でしか見たことのない、ユキちゃんのお母様の姿そのものだった。


「やった!」


 変化がうまくいったこと。そして、ユキちゃんをお母さんと会わせられること。二つの喜びが込み上げてきて、思わず声をあげる。


 だけどその瞬間、その声が聞こえたのか、それまで寝ていたユキちゃんが、うーんと声をあげた。

 これはまずい!


「どうしよう、ユキちゃんがおきちゃう」

「うかつに大声を出すからだよ。忍者たるもの、作戦中は静かにが基本だよ」


 こんな時だと言うのに、お父さんは小声でお説教をはじめる。確かに今のは大失敗だったかも。だけど、そんなことをいってる場合でもなかった。


「しかたない。ちょっと急だけど、今から作戦開始」


 まだ全然心の準備ができてないけど、こうなったらやるしかない。

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