第18話 お泊り

「いらっしゃい、ユキちゃん。今日はゆっくりしていってね」

「ありがとうございます」


 わたしの家の茶の間で、お父さんに挨拶するユキちゃん。その隣には、さっき買い物に行った時よりも、一回り大きなカバンが置いてあった。中に入っているのは、今夜着る寝間着と、明日の着替えだ。


「急にお泊まりすることになってすみません。迷惑だったんじゃないですか?」

「いいんだよ。ユキちゃんのおうちのお手伝いさんともちゃんと話したし、遠慮することないから」


 ユキちゃんは、今日わたしの家に泊まることになった。


 ユキちゃんのお父さんから、今日は帰ってこられなくなったと電話があった後、わたし達はそれぞれおうちに帰ることにした。


 まずは途中で岡田くんと別れたんだけど、その時岡田くんが、ユキちゃんに大丈夫かって聞いてきた。お父さんが帰ってこれなくなったこと、気になっていたみたい。


 お仕事が忙しいから仕方ない。ユキちゃんはそう言ったけど、ユキちゃんがこのままお父さんのいないおうちに帰るのかと思うと、なんだか凄く寂しい気持ちになった。お別れして、一人でおうちに帰したくなかった。


 だからだろう。ユキちゃんとお別れするって時に、ユキちゃんがまたねって言って背中を向けたときに、気がついたら呼び止めて言っていた。


「ユキちゃん。今日わたしのうちに泊まらない?」


 それを聞いてユキちゃんは最初ビックリしてたけど、すぐに嬉しそうに頷いてくれた。

 それからわたしはすぐお父さんに連絡して、ユキちゃんは今日、わたしのうちに泊まる事になった。


「お父さん、ありがとう。勝手に泊めるって決めてごめんね」


 実は、わたしのうちはお泊まりにはちょっと厳しい。すぐには準備しにくいし、家族以外の人がいたら、毎朝やってる忍者の修行ができなくなるからだ。

 お父さんからダメって言われたらどうしよう。そう心配してたけど、わけを話したらすぐにいいよと言ってくれた。


「どのみち月曜からは、宿泊研修で修行はお休みになるからね。その代わり、全部終わったらまた厳しく修行していくよ」

「うんっ!」


 わたしの部屋にユキちゃんの布団を用意する頃には、夕方になっていて、それから三人で晩御飯の用意をした。


 我が家の食事はいつもお父さんが作って、わたしはたまにそのお手伝いをするけど、今日はそれにユキちゃんが加わった。お父さんは遊んでていいって言ったけど、ユキちゃんはやりたいって頼んでた。

 今日の晩御飯はハンバーグ。三人で作って、それをテーブルに運ぶ。いつもはわたしとお父さんの二人しかいないのに、今はユキちゃんがいる。なんだかちょっと不思議な気分だった。


 ごはんを食べはじめて、ハンバーグが半分くらいなくなった頃、お父さんがユキちゃん言う。


「ユキちゃん、お父さんのこと、残念だったね。お父さんも、きっとユキちゃんと同じくらい残念がっていると思うよ」


 お父さんも、もちろんユキちゃんのお父さんの事は聞いている。少しでも元気になってくれるようにって思って言ったんだろうけど、それを聞いたユキちゃんは落ち着いてた。


「平気です。お父さんのお仕事が忙しいのは分かってますから」


 文句の一つも言わないユキちゃんは本当に良い子だと思う。わたしなら、約束したのにと怒って駄々をこねるかも。


 だけどそんな良い子にしているユキちゃんが、なんだかとてもムリをしてるように見えた。だって、今日はお父さんが帰ってくるって、あんなに喜んでたんだよ。時々うちのお父さんを見て、おうちにいてくれていいなって言ってたんだよ。


 その時、わたしのケータイが鳴って、メールが届いたのを知らせてくれた。相手の名前を確認すると、岡田くんからだった。


『要のやつ、大丈夫か?』


 岡田くんも、ユキちゃんのお父さんが帰ってこれなくなったのを心配していた。

 わたしは、それになんて答えればいいのかすぐには分からなかった。


 ユキちゃんは、今は平気だなんて言っている。だけど本当は違うってことくらい、見てたらすぐに分かる。ユキちゃんが平気だって言う度に、なんだか寂しい気持ちが広がっていくみたいだった。


 でも、ユキちゃん本人がそう言っているのに、ここでわたしが寂しそうだなんて答えるのも、やっちゃいけないような気がした。


『平気だって言ってる』


 結局、ユキちゃんが言っていた事をそのまま岡田くんに送る。本当は違うって分かっているのに。


 メールが送られていくのをそんな思いで見ながら、わたしはある決意をする。


 ユキちゃんを、お父さんと会わせてあげようって。

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