第17話 かかってきた電話

 ユキちゃんのこと好きなの? そう聞いたら岡田君は、よく分からない声を上げていたけど、それからようやく、ちゃんとした言葉を使って否定する。


「なに言ってんだ。そんなわけないだろ!」


 でもね、こんなに真っ赤なって慌てているのをみると、ホントかなって思っちゃうよ。


「そんなこと言って、照れてるだけなんじゃないの?」

「そ、そんなこと…………………」


 とうとう違うって言うこともできなくなって、真っ赤になった顔のまま下を向く。それから、小さな声でボソボソっとつぶやいた。


「だ、誰にも言うな。頼むから、言わないでくれ」


 おお、とうとう認めた。

 普段騒がしい岡田くんがこんなに静かになったのなんて初めて見たよ。よっぽど恥ずかしかったんだろうね。


「分かったよ。絶対誰にもしゃべったりしないから」

「本当だな。絶対だぞ」


 心配しなくても、誰かの好きな人を勝手にしゃべったりしないから。

 それにしても岡田くん、ユキちゃんのこと嫌いなのかなと思ってたけど、まさかその逆で、実は好きだったなんてビックリだよ。

 こんなの聞いたら、なんだか応援したくなっちゃった。


「ねえ、ユキちゃんのこと好きなら、もっと服をほめたり、かわいいとか言ったりしたらどう? 絶対喜ぶよ」

「お、男が軽々しくかわいいとか言えるかよ」


 だから、どうしてそう変な意地をはるかな? 今までだって、ユキちゃんと一緒にいたいってちゃんと言ってくれたら、イジワルしてるなんて勘違いもなかったかもしれないのに。


「かわいいのをかわいいって言ってなにが悪いの。言わなきゃ、本当はユキちゃんが好きで照れてるんだって言っちゃうよ」

「お前、それはずるいだろ!絶対誰にもしゃべらないって言ったばかりじゃないか!」

「だって、このままじゃ岡田くん、イジワルな子だって思われたままだよ。いいのそれで?」

「それは……」


 岡田くんは迷いながら、だけどなかなかうんと言ってくれない。

 もうっ! 恥ずかしがったってもどうにもならないのに。


 だけどそんな言い合いが終わる前に、試着室の扉が開いて、ユキちゃんが出てきた。

 すでに着替えは終わっていて、今着ているのは、薄い緑色をした、花柄のワンピースだった。そして、それを見た岡田くんの口から一言。


「かわいい…………」


 なんと、さっきまであんなに言わないって騒いでたのにあっさり言ったよ。でも確かに、今のユキちゃんはとってもかわいいから、思わずそう言っちゃう気持ちはよーく分かるよ。


 ユキちゃんも、珍しく岡田くんに誉められて、驚きながらも嬉しそうだった。


「ほんとに?似合ってる?」

「ま……まあ、いつもと比べたら少しはってとこだけどな」


 どうしてそんな余計な一言っちゃうのかな。だけどそれでも、一応似合ってるとは言ったんだから、これでも岡田くんにしてみれば頑張ったのかもしれない。


「岡田くん、付き合ってくれてありがとう」

「別に、どうせひまだったからな」


 そっけなく答える岡田くん。そんな態度はいつも通りだけど、今なら、実はユキちゃんにお礼を言われて照れてるだけだって事がわかる。

 岡田くんは、実はユキちゃんのことが好きなんだよ。そう言ったら、ユキちゃんはどんな顔するだろう?


 結局ユキちゃんはそのワンピースを買い、それから三人でお店を出たんだけど、そこでわたしを見ながら申し訳なさそうに言う。


「ごめんねまひるちゃん。今日はまひるちゃんの買い物のはずだったのに、わたしばっかり選んじゃって」


 ああ。そう言えば、元々はわたしが沖くんにかわいく思われるためのアクセサリを買いに来たんだっけ。すっかり忘れてたよ。


「いいよそんなの。楽しかったし、シュシュも買えたから」


 そもそもの原因になった、わたしが沖くんを好きって言うのだって、本当は誤解だからね。それより、ユキちゃんが楽しそうにしてるのを見た方が嬉しい。


「そのワンピース、お父さんに見せるんでしょ」

「うん。かわいいって、言ってくれるといいな」

 

 やっぱり思った通り、ユキちゃんがはりきっていたのは、お父さんにオシャレしたところを見せたいからだったみたいだ。


「言ってくれるよ。岡田くんだって言ってたもん」

「要の父ちゃんがどう思うかなんてしらねーぞ」


 そんなことを話していると、ユキちゃんの持っているカバンから音が聞こえてきた。スマホの着信音だ。

 カバンからスマホを取り出して画面に写った文字を見ると、そのとたん、ユキちゃんが声をあげた。


「お父さんだ!──もしもしお父さん。今日は何時ごろ帰ってくるの?」


 ちょうどいいタイミングでかかってきたのが嬉しかったのか、はしゃぎながら電話に出るユキちゃん。

 だけど──


「えっ?────」


 少し話すと、急にユキちゃんの声が途切れて、表情が固くなる。それを見て、なんだかわたしは良くない予感がしたけれど、ユキちゃんはすぐにもとの明るい声に戻った。


 うん、分かった──仕方ないよ──わたしは大丈夫だから──


 そんな言葉を続けたあと、ユキちゃんの電話は終了する。そしてスマホをカバンにしまうと、わたしたちの方を向いて言った。


「お父さん、今日は帰ってこれなくなっちゃった」


 そう言いながら軽く笑うユキちゃんだけど、なんだかわたしには、それが凄く寂しそうに見えた。

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