ユキちゃんの家族
第15話 ユキちゃんとお買い物
わたしたちの住んでる街には、大きなショッピングモールがある。たくさんのお店が入っているから、買いたいものがある時はたいていここでそろうんだ。
土曜日、わたしとユキちゃんは、二人でこのショッピングモールにやって来た。
「涼子ちゃん、来れないの残念がってたね」
「しかたないよ。だって初めてのデートなんだもん」
本当は涼子ちゃんも来たがってたけど、今日は付き合い始めた先輩と初めてデートする予定の日。それをわたしの都合でジャマしちゃかわいそうだ。
そう、今日ここにきたのは、わたしの恋を叶えるための準備をするためだった。
「いい、まひるちゃん。来週ある宿泊研修で、わたしや涼子ちゃんが何とかして、まひるちゃんと沖くんを近づけるから。だからその間に目一杯アピールするんだよ。名付けて、『沖くんにアピール作戦』」
改めて作戦の説明をしながら、両手を握って力を込めるユキちゃん。なんだかわたしよりずっと気合いがはいってる。
それはそうと……
「ねえ、この作戦名やっぱり変えない?」
「えぇーっ、シンプルでいいじゃない」
シンプルと言うか、そのまんまな気もするけど。
「それで、アピールのために、なんでショッピングモールに来てるんだっけ」
「そりゃもちろん、オシャレするためだよ。いつもより可愛くしてた方が、沖くんだって嬉しいでしょ」
そもそも本当は恋じゃないし、沖くんのことを調べたいだけだからわたしがアピールする必要もなんだけどね。
そう思っていると、持っていたケータイが震えた。涼子ちゃんからのメールだ。
【『沖くんにアピール作戦』の準備、がんばってね。】
うん。どうやらこの作戦名は決定みたいだ。
涼子ちゃんからのメールにはその他にも、可愛い小物の画像や、髪型をアレンジするアイディアが書かれていた。
「あっ、これいいな。わたしもつけたい」
送られてきた画像の中にあった、花の形の飾りがついたヘアピンに目が止まる。わたしだってかわいいもの見たりオシャレしたりするのは好きだから、見てるとワクワクしてくる。
「それじゃあ、行こうか」
「そうだね」
沖くんへのアピールはともかく、色んなお店を回って遊ぶのは楽しみだった。
「でも、オシャレって言ってもどうすればいいんだろう?」
宿泊研修は、同じ学年のみんなでお泊まりしたりご飯を作ったりするんだけど、着ていく服は動きやすいものって決まってる。だいいち、わたしのおこづかいじゃあんまり高いものは買えないよ。前にお父さんに話したみたいに、ユーチューバーになってたら分からないけどさ。
するとユキちゃんはわたしの手を引いて、近くのアクセサリーショップに入っていく。そして入り口近くに置いてあった、ピンクのリボンのついたシュシュを手に取った。
「これなんかどう?」
これなら確かに、宿泊研修にだってつけていけるし、わたしにも買えそうだ。
「でもわたし、髪はそんなに長くないけど、変にならない?」
「肩まであれば十分だよ」
ユキちゃんはシュシュを片手に持ちながら、もう片方の手でわたしの髪を軽く握って束ねていく。
「例えばこうやって……ほら、ポニーテール。次は……おだんご」
「わあっ、ホントだ!」
ちょっと短めでも、ユキちゃんが結んでくれた髪はちゃんとかわいかった。他にもハーフアップや、ポニーテールをまん中でなく横に作ったりと、わたしの髪を上手に扱いながら、色んな形に変えていく。その度に、なんだか違う自分になったみたいで楽しかった。
「凄いね。こんなのどうやってできるようになったの?」
「可愛い小物とかオシャレとか好きだから、本で見て練習したんだ。他にもネットで調べたりしたんだよ。そうだ、せっかくだから写真撮らせてよ」
「いいよー」
ユキちゃんが持っているのは、わたしのガラケーとは違ってスマホ。動画だってとれる。
そんなスマホをわたしに向け、何度もシャッターを切る。連写機能ってやつだ。わたしもそれに合わせて、いくつもポーズを決めるけど、途中で思いつくポーズがなくなっちゃった。
「ねえ、まだ撮るの?」
「あっゴメンね。つい撮りすぎちゃった。今日はお父さんが帰ってくるから、一緒に見ようと思って」
「そうなんだ」
大きな会社を経営しているユキちゃんのお父さん。その分忙しいことも多くて、少し前から外国に行っていた。もちろんその間ユキちゃんとは電話でしか話せないから、直接会うのは数日ぶりなんだって。
「でもそれじゃ、わたしと遊んでていいの?早くおうちに帰らなきゃ」
「帰ってくるのは夕方だから大丈夫だよ。それまでまひるちゃんと一緒に遊んで、今日は楽しかったよって話すんだ。明日からはまた何日か別のところに行くから、その分今日はいっぱいお話ししたいな」
そう言ったユキちゃんは、嬉しそうに笑っているのに、ちょっとだけ寂しそうだった。
「ねえユキちゃん。ユキちゃんも、わたしと一緒にシュシュか何か買おうよ。それですっごくかわいくして、お父さんとに見せてあげよう。きっと喜ぶから」
「そうかな?」
「絶対そうだって。今度はわたしに選ばせて」
ユキちゃんはわたしより髪が長くてキレイだから、きっと、もっともっとかわいくなる。さっきまでわたしがつけてたシュシュ以外にもヘアピンだったり、他にもビーズの腕輪だったり、色んなものをつけてみて、何度も写真を撮った。そのたびにユキちゃんは笑って、いつの間にかさっきの寂しそうな表情は消えていた。
「次はどこ行く?」
「服、見に行っていい? 多分、宿泊研修には着ていけないと思うけど」
「いいよ。わたしも色々着てみたい」
二人でアクセサリーショップを出て、近くにある服屋さんに入ろうとする。だけど、二人でお喋りしながら歩いていたのがいけなかった。
「いてっ!」
「きゃっ、ごめんなさい!」
前をよく見ていなかったせいで、そばにいた誰かにぶつかってしまった。謝りながら相手を見ると、そこには知ってる顔があった。
「あっ、岡田くん」
「なんだ、芹沢と要じゃねーか。何やってんだ?」
岡田くんの周りには誰もいなくて、どうやら一人で来てるみたいだ。
わたしは岡田くんの質問に答えようとしたけど、それよりも先に、岡田くんはユキちゃんに目を向けた。
「要──」
「な、なに?」
「その頭につけてるのって……」
「このシュシュのこと?」
岡田くんが苦手なユキちゃんは、体を縮めてたけど、シュシュって言葉が出たとたん、パッと顔が明るくなった。
今ユキちゃんの髪は、シュシュで左後ろに束ねていて、サイドテールにしてある。ちなみにわたしは、それとは逆に右のサイドテールだ。
「今そこで買ったんだ。まひるちゃんと一緒にね」
さっきアクセサリーショップで、結局わたし達は、色違いのシュシュを買っていた。二人ともこれが気に入ったし、おそろいで何かをつけると言うのも面白そうだった。
ユキちゃんに言われて、岡田くんは改めてわたしを見る。
「ああ、そう言えば芹沢も似たようなのつけてるな」
「今気づいたの?」
ユキちゃんのはすぐに分かったのに。この差は何なんだろう?
「ねえ、男の子の意見を聞きたいんだけど、似合うと思う?」
「えっ……?」
ユキちゃんが、珍しく自分から岡田くんに声をかける。
このシュシュもサイドテールも、ユキちゃんがたくさん悩んで決めた自信作だから色んな意見が聞きたいみたい。
そんなの、男子が見たって似合うって言うに決まってるよ。そう思ったけど、なぜか岡田くんは、少しの間何も答えず黙りこんだ。なんだか顔が赤いように見えるけど、どうしたんだろう?
だけど、再び口を開いた岡田くんが言ったのはこれだった。
「にっ……似合うわけないだろ!」
「えーっ」
いくらなんでも、そんな言い方ないじゃない。ユキちゃんなんてこんなにかわいいのに。
せっかく買ったシュシュが似合わないって言われたのがショックだったのか、ユキちゃんはガックリと肩を落としていた。
「岡田くん、どうしてくれるのさ。ユキちゃん落ち込んじゃったじゃない」
「いや、その……似合っちゃいないけど特別ブスって訳でもないぞ」
さすがに悪かったと思ったのか、オロオロしながら色々言ってるけど、そんな言い方で何とかなるわけないじゃない。
「かわいいじゃない。なのにどうしてそんなこと言うのさ。似合うって言ってあげてよ」
「う、うるせーな。男と女じゃ好きなものなんて違うんだよ。それに、男が一度言ったことを取り消せるわけねーだろ」
「なに、その変な意地?」
そんなことを言い合っていると、しょんぼりしていたユキちゃんがようやく顔を上げる。だけど似合わないって言われたショックが大きいのか、その顔には悔しさと悲しみが浮かんでいた。
泣いちゃったらどうしよう。心配するけど、次に出てきたユキちゃんの言葉は意外なものだった。
「じゃあ、わたしがいくらかわいいって思っても、男の子はそうは思わないってこと?」
「えっ? まあ、そうなるかもな」
またそんなこと言う。だけど、どうやらその言葉が、ユキちゃんの心の中にあるスイッチを押しちゃったみたい。
「なら、男の子はどんなのがかわいいって思うの?」
「へっ?」
「かわいいって自信あったのに、似合わないって言われたままじゃ悔しいもん。ねえ、どういう髪型やアクセサリならかわいいと思うの? 教えて!」
「ええっ!?」
本やネットで調べて、オシャレには自信があったユキちゃん。それだけに、岡田くんの「似合わない」発言には傷ついたようだけど、それが逆にやる気を出した。
いつもはおとなしいユキちゃんだけど、一度スイッチが入ればひと味違った。苦手な岡田くんにも、嘘みたいにグイグイ詰め寄っていく。
「無茶言うなよ。女のつけるものなんて、男の俺に聞かれても知らねーよ」
「男の子の意見を聞きたいの」
「そんなこと言われてもよ……」
反対に岡田くんは、その勢いに圧倒されながら、助けてって顔でわたしを見ている。
「だから、最初からかわいいって言えばよかったのに」
ごめんね。わたしじゃ力になれないよ。
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