第12話 忍者みたい

 Aチームで残っているのは、わたしとユキちゃんの二人。Bチームは、沖くん一人だった。


「すごいね。わたしが倒せなかった男子なんて、沖くんが初めてだよ」


 試合が終わった後、沖くんに駆け寄って言う。あれから、沖くんにも何度もシュートをうったけど、結局一度も当てることはできなかった。


 チームは勝つことはできたけど、沖くん個人とは引き分けだったと思う。


「すごいのは芹沢だろ。ずっと要を守ってたし、卑怯な手を使われても負けなかった」

「卑怯な手をなんとかしてくれたのは、沖くんだけどね。優しいね」


 あのままあんなことを続けていたら、きっとわたしがやられるか、その前にケンカになってた。だから、止めてくれた沖くんには感謝してる。


「別に、俺は卑怯なやり方は嫌いなだけだから」

「おかげで助かったよ。どうもありがとう」

「だから、卑怯なやり方が嫌いなだけだって」


 わたしがお礼を言えば言うほど、沖くんはそっけない態度をとって目をそらす。だけどそれから、一度そらした目をわたしの足に向けた。


「足、本当に大丈夫か?」

「そんなの平気だよ」


 打った時は痛かったけど、動いているうちにいつの間にか気にならなくなっていた。だから平気だってアピールするため、思い切り足を曲げ伸ばししたんだけど、その瞬間今まで忘れてた痛みが戻ってきた。


「痛っ!」

「平気じゃないじゃないか」

「いや、さっきまでは全然痛くなかったんだよ」

「試合に夢中になって気づかなかっただけだろ。よく見たら腫れてるし、痛くないからって平気なわけじゃないからな。」


 大きくため息をつかれて、何か言い返してやりたかったけど、確かにこれじゃ呆れられてもしかたないかもしれない。


「保健室行くぞ」

「えっ、そこまでしなくても大丈夫だよ」


 確かに痛いけど、少ししたら治るだろう。そう思ったけど、沖くんは譲らなかった。


「今まで痛いのも忘れてただろ。その大丈夫は信用ならない」


 うーん、それを言われると言い返せない。さらに沖くんは、わたしが返事をするよりも早く、手をつかんで引っ張った。


「えっ、ちょっと!?」


 引っ張ってでもわたしを保健室に連れていこうとしているんだろうけど、いきなり男の子に手を握られるのは、ちょっとビックリしちゃうよ。沖くんは、全然気にしてないみたいだけどね。


「痛かったか?」

「そう言うわけじゃないけど……」


 手を握られてビックリした。そう言おうとしたけど、なんだかそれを言うのも恥ずかしい。


「分かったよ。保健室にはちゃんと行くから」


 そう言うと、沖くんはようやくわたしの手を離したけど、どうやら保健室まで一緒についてくる気らしい。そこまでしなくてもって思ったんだけど、「俺、保健係だから」と言って、結局ついてくる事になった。


 強引だな。そう思ったけど、なんでか不思議と嫌な気持ちにはならなかった。









「ほら、動かないでね」

「────ひゃん!」


 保険の先生がわたしの足に冷却パックを当てると、その冷たさに声をあげる。するとそれがおかしかったのか、隣にいる沖くんが吹き出していた。


「少しの間、このまま冷やしておくといいわ。先生はこれから用事があって席を外すけど、戻ってくるまで大人しくしててね」

「はーい」


 先生はそう言って保健室から出ていったけど、そのとたん、わたしは沖くんに向かって文句を言う。


「笑うなんてひどいよ」

「悪い。だって、さっきまであんなに動いてたのに、ちょっと冷やされただけで『わっ!』とか『きゃん!』とか声あげるなんて、なんだかおかしくてつい──」

「ついじゃなーい! それに、ちょっとじゃなくて、すっごく冷たかったんだからね」

「だから悪かったって」


 大人しくと言った先生の言葉なんてどこへやら。ギャーギャー文句を言ってやるけど、それから沖くんは少し真剣な顔に変わる。


「それで、痛みは大丈夫なのか?ぶつけてからも、けっこう激しく動いてただろ」

「大丈夫だよ。だいたい、わざわざ保健室なんて来なくても平気だって言ってたじゃない」


 むしろ今は、痛みよりも冷却パックの冷たさの方が堪えるくらい。だけど沖くんは、それでも用心した方がいいと言った


「ぶつけただけだからって、甘く見すぎない方がいいぞ。俺の父さんも、足を打ったのが原因で、それまでみたいに早く走ったり跳んだりできなくなったんだって」

「えっ──」


 そう言った沖くんが悲しそうに見えたから、わたしまで言葉がでなくなった。もしかしたら、こうしてわざわざ保健室までついてきてくれたのも、お父さんのことが頭をよぎったからかもしれない。


「お父さん、大丈夫だったの?」

「普通に運動するなら問題ないって。ただケガする前と比べたら確実に記録は下がった」

「そうなんだ……」


 どれくらい記録が下がったのかは知らないけど、例えほんの少しでも、前より走るのが遅くなったり高くとべなくなったりしたら、悲しいし悔しいと思う。


「芹沢もあれだけ運動できるんだから、ケガして動きづらくなったら嫌だろ」

「──うん」


 沖くんは、本当にわたしのことを心配して、ここまでついてきてくれたんだな。そう思うとなんだか照れ臭くて、だけど嬉しかった。


「沖くんも運動得意だよね。さっきも言ったけど、ドッジボールで倒せなかったのった沖くんが初めてだよ」

「俺も、倒せなかったのは芹沢が初めてだ。勝てると思ってたんだけどな」


 そう言えば、教室でもそんなことを言ってたっけ。その時はカチンときて嫌なやつだって思ったけど、短い間にそんな印象はすっかり消えてしまった。

 今は沖くんのこと、嫌いじゃない。一緒にいると、なぜかソワソワした気持ちになるけど、それは決して嫌な気持ちじゃなかった。


 だけど次に沖くんが口を開いた瞬間、そんな心のソワソワも、一瞬で吹き飛んでしまった。


「芹沢の動き、まるで忍者みたいだったな」

「えっ──!?」


 忍者。その一言が出たとたん、わたしは思わず固まっていまう。そして、それを見た沖くんの目が、一瞬鋭くなったような気がした。

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