第11話 決着!
「あっ、また手が滑った」
最初にシュートを撃った男子が、またミスしてヘロヘロなボールを投げる。
ううん。彼だけじゃなくて、わたしのチームの男子何人かは、今までにも同じようなヘロヘロシュートを撃っている。もちろん全部簡単にキャッチされて、相手のボールになっていた。
「ちょっと。いい加減にしてよね!」
「だって仕方ないだろ。誰でも失敗はするって」
文句を言っても効果なし。それに、確かに誰でも失敗はするけど、いくらなんでもこれだけ多くなるものなのかな?
こっちがこれだけミスをすれば、もちろんその分不利になる。次第に、こっちのチームの方が少なくなってきた。
それと、厄介な事がもうひとつ。
「危ない、ユキちゃん!」
ユキちゃんめがけて撃たれたシュートを、わたしが飛び付くようにジャンプして受け止める。
おかげで床に思い切り体をぶつけたけど、なんとかユキちゃんは守れた。
「ありがとう、まひるちゃん。大丈夫?」
「これくらい、どうってことないよ」
立ち上がると、Vサインをしながら応える。
ユキちゃんはわたしが守る。この試合に勝つのと同じくらい大事なことだよ。だけど、それは簡単なことじゃなかった。
「きゃっ!」
「うわっ!」
またユキちゃんが狙われた。そう思ったら、今度はわたしめがけてボールが飛んでくる。
明らかに、わたし達二人にばっかり狙いが集中していて、よけるのもだんだん難しくなっていく。
うちのチームの男子は相変わらずヘロヘロシュートばっかり撃ってるし、このままじゃマズい。
だけど、悪いことはさらに続いた。
(痛っ!)
少し前から、なんだか右足がジンジンと痛む。多分、さっき床にダイブした時に打ったんだ。
足を止めたわたしに向かって、岡田くんが挑発するように言ってくる。
「なんだ、疲れてきたのか?」
一瞬、足が痛いのがバレたかと思ったけど、どうやら岡田くんは気づいてないみたい。本当にわたしが疲れきて、これなら勝てると思っているんだろう。実際、かなりピンチだ。
こんな時、忍法が使えたら。ちょっとだけ、そんな考えが頭に浮かんだ。
火や水を出して驚かせたら、例え直接攻撃はしなくても、ビックリしたところにシュートを撃って楽々勝てると思う。
だけど、もちろんそんな事はしないよ。人前で忍者とバレるようなことをするのはお父さんから禁止されてるし、やっぱりそんな勝ち方はズルいから。
でも、それじゃどうしよう?
「まひるちゃん、もうわたしのこと守らなくてもいいから」
ユキちゃんも、わたしが焦っていてるのに気づいたんだろう。とうとうそんなことを言い出した。
だけどここで、じゃあそうしようなんて言うわけがない。
「やだ!ユキちゃんを守って、試合にも勝つ!」
ユキちゃんが心配するのも無理はない。だけど、守るって約束したんだもん。意地でも見捨てるもんか。
「でも、わたしがいたら足手まといだよ。だってみんな、わたしとまひるちゃんばっかり狙ってるもん」
ユキちゃんも、わたし達だけが攻撃されてることに気づいてたみたい。
ユキちゃんを狙えば、わたしが助けに入るって分かっててやってるんだろう。
別にそれを、ズルいだって言う気はない。それだって作戦なんだし、男子達だってわたしを絶対倒してやるって言ってたんだから、これくらいやっても不思議じゃない。
だけど、間違いなく卑怯いだって言える事もあった。
わたしはさっきキャッチしたボールを持ち直すと、シュートを撃つより先に、隣にいる男子の方を向く。さっきから、何度もシュートをミスってるやつらだ。
「ちょっとアンタ達、わざとシュート失敗してるよね!」
その瞬間、数人が見るからにギクリとした。これはもう間違いないだろう。
一度や二度ならともかく、いくらなんでもこんなに何度もミスをするなんてどう考えてもおかしい。わたしを倒すために、わざと相手に手を貸しているようにしか見えなかった。
「やり方が汚いのよ。わたしを倒すのはいいけどさ、もっと正々堂々と勝負しなさいよ!」
「な、何の事だよ。オレ達はただ失敗しただけだぞ」
「それがわざとだって言ってるのよ!」
突然始まった言い合いに、他の子も試合中と言うのを忘れて動きを止める。
審判をしていた坂田先生も、心配そうにコートの中に入ってこようとしていた。
だけどその時だった。
「何でもありませーん」
怒った叫んでいたわたしとは違って、ゆっくりとした声が辺りに響く。沖くんだ。
それが場違いなくらいにのんびりと聞こえたからか、それまであったピリッとした空気がとたんに柔らかくなる。
そして沖くんは、先生より先に、わたし達のそばに寄ってきた。
「沖、お前からも何か言ってくれよ。芹沢がおかしなこと言うんだ」
「おかしなことって何よ!」
まだシラを切ろうとする男子達に抗議するけど、さっきの沖くんの声かけで落ち着いたのか、それまで慌てていた子達にもいつの間にか余裕が戻ってる。
このままじゃ、いくら問い詰めても認めてくれないかも。そう思うと、なんだか悔しかった。
だけどそこで沖くんは、彼らに向かって小さな声で言った。
「お前達、卑怯だな。カッコ悪い」
「なっ……!」
その一言に、それまでヘラヘラ笑っていた顔が急に固まった。多分、沖くんは自分達の味方で、そんなことを言われるとは思ってなかったんだろう。
だけど沖くんはいつの間にか厳しい顔になっていて、驚く彼らに向かってさらに続けた。
「こんなことして勝って嬉しいか。俺なら嫌だぞ」
驚いたのはわたしだって同じだ。てっきり沖くんも、みんなと一緒になってやってるって思ってた。
さらに、そこに岡田君もやってくる。
「何やってるんだ?」
岡田くんが、不思議そうな顔で沖くんに聞く。どうやら岡田君も、卑怯な作戦のことは何も知らなかったみたい。思えば岡田くんには今まで何度も勝負を挑まれたけど、勝負自体はいつも正々堂々やっていた。ユキちゃんにイジワルするようなところは嫌いだけど、卑怯な事をするヤツじゃない。
一方他の男子達はだんだんと顔色が悪くなっていく。もしここで、自分達のやった事を言われたらどうしよう。そう思っているんだろう。
だけど沖君が言ったのは、そんな事じゃなかった。
「芹沢が、足をケガしたんだ」
「えっ?」
そう言って真っ直ぐにわたしの足を指差した。気づいてたんだ。
それを聞いて、先生や他の子達もやって来た。
「保健室行くなら、先生がついていこうか?」
先生が心配そうに言い、他の子も心配そうに見てくる。岡田だってそうだ。
「おい、大丈夫なのかよ?」
まさか岡田くんに心配されるとは思わなかった。
だけどわたしは、勢いよく足を曲げ伸ばしして、平気だってアピールする。
「ちょっと打っただけだし、大丈夫です」
少し痛いけど動けないってほどじゃないし、わたしだって勝負を投げ出すのはイヤだった。
「ほらみんなも、大したことないから戻って!」
明るく言うと、それを聞いたみんなも納得したんだろう。一人、また一人と、元いた場所に戻っていく。
「本当に大丈夫?」
先生だけはもう一度そう聞いたけど、平気だって言ったら、続けることを許してくれた。
「痛くなったら、すぐに止めるんだよ」
「はーい」
わたしと先生がそう話してる間、近くでは沖くんが、もう一度あの男子達に言っていた。
「次変なことしたら、今度はごまかしたりしないからな」
「……ああ、分かった」
小さくうなずいたその子達は、それからわたしに向かって頭を下げる。声には出さないけれど、ゴメンって言ってるみたいだった。
「何の話だ」
岡田くんだけは、最後まで何が起きた分かってなかったみたいだけど。
「何でもない。それより、コートに戻るぞ」
沖くんは、そう言って岡田くんと一緒に自分のコートに戻ろうとする。その背中に向かって、わたしは声をかけた。
「ありがとね!」
多分、沖くんがいてくれなかったら、あのままケンカになってたと思う。あの時は腹が立ったし、今でもちょっと怒ってるけど、だからってケンカになるのはイヤだった。
「別に……」
沖くんの返事はそっけなかったけど、それでもなんでか、嬉しいと思った。
全員それぞれのコートに戻って、ゲーム再開。足はまだちょっと痛いけど、さっきまでと比べると全然平気な気がした。
「本当に大丈夫かよ。降参するなら今のうちだぞ。ケガしてるからって、手加減なんてしてやんねーからな」
「だから平気だって」
「後で泣いても知らねーぞ」
岡田くんが、しつこいくらいに言ってくる。だけどその言葉が、イヤミやイジワルで言ってるようには聞こえなかった。
「心配してくれるんだ」
「そ、そんなんじゃねーよ。弱くなったお前に勝ってもつまんねーだけだ」
真っ赤になって否定するけど、さっきから何度も大丈夫かって言ってくれている。本当は心配してくれてるんだってのは、なんとなく分かった。
「大丈夫だよ。だってわたしが勝つもん」
「俺が勝つって言ってるだろ!」
そんなことを言い合いながら、わたし達はお互いにシュートを打ち合う。さっきまでわざと失敗していた男子達も、反省したのか、もうそんなことはしなくなった。
「うわっ!」
岡田くんが大きく声をあげる。たった今、わたしの投げたボールに当たってアウトになったところだ。
「くそーっ、覚えてろよ。次は勝ってやるからな」
だからそれ、悪役のセリフだって。だけど、岡田くんの何度負けて勝負してくるところは面白いと思った。
ちょうどそこで、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。この勝負もこれで終わりだ。
坂田先生が、声をあげて試合結果を発表する。
「Aチームが二人、Bチームが一人で、Aチームの勝ち!」
「やった!」
勝ったのは、私たちのいるAチームだ。
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