第9話 絶対やっつける!


「なに?」

「なにじゃねえ。すぐにやっつけてやるとか、大きな口叩いてるんじゃねえよ!」


 どうやら今の話を聞いてたみたいで、わたしの言った事が気に入らなかったらしい。

 だけどわたしだって、ここでゴメンと謝る気はない。


「だって、わたしドッジボールで岡田くんに負けたことないもん」

「そっ、それは……お前が女だから手加減してやったんだよ」

「えーっ、ウソだぁ。だいたい女だからって手加減するなら、ユキちゃんにも優しくしてあげなよ。いっつもイジワルしてたじゃない」


 わたしの後ろでは、ユキちゃんが怯えながらもコクコクとうなずいている。岡田くんがそんなことをしなかったら、わたしだって何度もやっつけるなんてしなかったのに。


「オレは別にイジワルなんかしてねえよ。だいたい、何でお前はいつも要のそばにいるんだよ。おかげで、いつも要の前でカッコ悪いところ見せることになったじゃないか」

「だってユキちゃんは友達だし、カッコ悪かったのは岡田くんのせいでしょ。それより、イジワルなんてしてないなんて、全然懲りてないみたいね。よーし、それじゃまたやっつけてやる」


 ちょっぴり怒ってジロリと睨むと、岡田くんの体がビクリと震えた。だけどそれもほんの少しの間で、すぐに強気な態度に変わる。


「芹沢、今日こそはお前を倒してやる。言っとくけどな、そう思ってるのは俺だけじゃないぞ」


 岡田くんがそう言うと、いつの間にか彼の周りに何人かの男子が集まってきた。そして全員でわたしを見ながら、一斉に言う。


「「今日こそ芹沢を倒す!」」

「ええっ、なんでこんなにたくさんいるの!?」


 岡田くんだけならともかく、どうしてみんな、こんなにわたしを倒そうとしてるんだろう。

 すると後ろに立っていた涼子ちゃんが、そっとわたしに言ってきた。


「もしかして、みんな一度はまひるちゃんにやられたからじゃないの?」

「えっ、そうなの?」

「うん。まひるちゃん、岡田くんをやっつけた後もドッジボール続けて、一人で男子を全滅させてたでしょ。だから、今度こそ勝つって燃えてるのかも」


 うーん、言われてみればそんな気もしてきた。確かに、集まってきた男子はみんな、一度はやっつけた事があるような気がする。


「と言うわけだ芹沢。首を洗って待ってろよ」


 岡田くん、気づいて言ってるのか知らないけど、それって思い切り悪役のセリフだよね。しかも大抵その後で負けるやつ。


「いいよ。まとめて相手してあげる。何人来ようと負けないよ」


 なにしろこっちは日々忍者修行で鍛えている。みんなの前で忍法を使ったりはしないけど、それを抜きにしたって負ける気はしなかった。

 そんなわたしの態度を見て、男子達も自信を失くしたのか、何人か不安そうな顔になる。

 だけど一人の子が、そんな不安をふりきるように言った。


「そうだ、沖だ。アイツなら芹沢にも勝てるんじゃないか?」

「そうか。沖がいればなんとかなるかも」


 とたんに男子達が元気を取り戻すけど、わたしはいまいちピンときていない。そもそも沖って誰だっけって感じだ。

 そしたら、それに気づいたユキちゃんが教えてくれた。


「ほら、沖くんってあの子だよ」


 ユキちゃんが指したその子は、この騒ぎには参加してなくて、窓際の席に一人で座っている子だった。

 背はわたしと同じか少し高いくらいで、顔はまあまあカッコいいかも。名前はたしか、沖悠生おきゆうせいくんだったっけ。


「それで、沖くんがいたら何がちがうの?」


 沖くんは去年までわたし達とはちがうクラスの子だったから、あまりよく知らない。

 だけど男子の盛り上がりを見ると、そんなにすごい子なのかな?


「沖は男子の中でも一番運動得意だからな、いくら芹沢でも敵わねーよ。なあ沖」

「えっ、呼んだか?」


 改めて名前を呼ばれて、ようやく沖くんはこっちに気づいてやって来た。だけど今までの話を聞いていなかった沖くんは、まだなんのことだかわかっていないみたいだった。


「なんの話だ?」

「ドッジボールだよ。お前なら、芹沢にだって勝てるよな」


 いきなり話をフラれてキョトンとする沖くん。だけど、それからわたしを見て言った。


「まあ、勝てるんじゃねーの」


 それは他の男子のような、何がなんでもやっつけてやるって言うような強い声じゃなくて、まるで当たり前の事を言うみたいに静かだった。

 だけどそれが、逆にわたしをカチンとさせた。


「なにさ。やってもいないのに、どうしてそんな事言うのよ!」


 沖くんがどれだけ運動得意か知らないけど、わたしだって体を動かすのは大得意だ。ドッジボールだって、誰にも負けない自信がある。

 なのに沖くんは、それを聞いても平然としたままだ。


「どうしてって、多分オレが勝つと思ったから」


 まだ言うか。よし、沖くんとお話ししたのは初めてだけど、わたしの中ではイヤなヤツって決まった。

 さっきはまあまあカッコいいかもって思ったけど、今はその顔が悪魔に見えてくる。


「それじゃ、勝負して確かめようじゃない。絶対やっつけてやる!」


 ビシッと指をさして宣言してやると、沖くんは反論するわけでもなく、一言「そう」とだけ言ってまた自分の席に帰っていった。


 それを見て、他の男子たちも元いたところに帰っていく。最後に残っていたのは、岡田くんだった。


「沖じゃなくて、オレが前を倒してやるからな」


 どうやら岡田くんは他の子と違って沖くんに頼るつもりはないらしい。

 それから、ユキちゃんに向けて言う。


「要、俺が芹沢をやっつけるとこ、ばっちり見せてやるよ!」

「えっ?」


 岡田くんはそれだけ言うと、満足したのかユキちゃんの返事も聞かずに帰っていった。


「わたし、まひるちゃんが負けるとこなんて見たくないのに。どうしてあんなこと言うんだろう」


 そこまでしてユキちゃんを困らせたいのかな?よくわからないヤツだ。


「ユキちゃんにいいとこ見せたいからとか?」

「まひるちゃんをやっつけるなんて、むしろ悪いところだよ。だいいち、どうして岡田くんがわたしにいいとこ見せようとしてるの?」


 涼子ちゃんも意見を出すけど、ますますよく分からなくなってきちゃったよ。

 ハッキリしてるのは、今日のドッジボールではわたしと男子達の全面対決があるってことくらいだ。


「ごめんね、なんだか大変なことになっちゃって」

「ユキちゃんが謝ることじゃないじゃない。勝負を挑まれたのはわたしなんだし、全然平気だよ」


 むしろわたしはやる気十分だ。ユキちゃんにイジワルする岡田くんも、勝負もしていないのに勝てると言ってきた沖くんも、まとめてやっつけてやる。


 気合いを込めて、わたしは精一杯張った胸をドンと叩いてみせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る