第7話 忍者のお仕事

「まひるちゃん、ユキちゃん。わたし、行ってくるね」

「うん。頑張ってね」


 職員室に忍び込んだ日の放課後、涼子ちゃんは緊張ぎみに宣言した。

 これから、ラブレターをわたしに行くと。


「それにしても、ラブレターが机の中から出てきた時はビックリしたよ」

「心配かけてごめんね。確かに本に挟んだと思ってたけど、途中で落ちちゃったみたい」


 あれだけ騒いだラブレターは、三時間目の休み時間、わたしたちが体育の授業を終えて教室に戻ってくると、涼子ちゃんの机の中からアッサリ見つかった。涼子ちゃんは不思議そうにしてたけど、本から落ちたって思ったみたい。


「こんなことなら、最初からもっと机の中を探せばよかった」


 本当はわたしが職員室に忍び込んで持ってきたんだけど、それはもちろんナイショだ。


「見つかったんだからいいじゃない。それより今は告白に集中しようよ」

「うん。そうだね」


 涼子ちゃんは相変わらず緊張してて、小さく体を震わせていた。きっと、断られた時の事を考えて怖がっているんだと思う。だけど何度か大きく深呼吸を繰り返すと、しだいにその震えも収まっていく。


 告白は、自分と相手の二人だけでしたい。それが涼子ちゃんの希望だった。涼子ちゃんが好きだって言う先輩には、すでに待ち合わせの約束をしている。あとわたし達にできるのは、こうして見送ることだけだった。


「それじゃ、今度こそ本当に行くね」

「行ってらっしゃい」


 涼子ちゃんは、好きだって気持ちを伝えるため一人待ち合わせ場合へと向かっていった。


「涼子ちゃん、大丈夫かな」


 これからどうなるか考えると、なんだかわたしまで緊張してくる。見送るだけでこれなんだから、きっと涼子ちゃんは、もっと不安も緊張も大きいんだろうな。


「きっと大丈夫だよ。さっきの涼子ちゃん、すっごくかわいかったもん」


 ユキちゃんが、わたしと自分自身に言い聞かせるように言う。

 

「そうだね。きっと、大丈夫」


 わたしもそう言って、ユキちゃんと二人、どうか告白がうまくいきますようにって祈った。








「ただいま」


 涼子ちゃんを見送ったあと、わたしは一人で家に帰る。本当はユキちゃんと遊びたかったんだけど、今日ピアノのおけいこがあるんだって。


 家に帰ると、お父さんが出迎えてくれた。お父さんは日によって出かけたり帰ってきたりする時間がバラバラだけど、今日は早く帰ってくる日だったみたい。


「お帰り真昼。おやつにクッキー買ってあるけど、食べるかい?」

「ほんと?食べる食べる!」


 クッキーは好きだし、今はとにかく何かやっていたかった。でないと、涼子ちゃんの告白が気になって、全然落ち着けない。


 だけどクッキーを食べ終わったら、また告白で頭がいっぱいになると思う。

 何か気が紛れる事はないかな? そう思っていると、ふと一人の男の子が頭に浮かんだ。職員室に忍び込んだ時に出会った、あの忍者の男の子が。


「ねえ、お父さん。わたしたち以外にも忍者っているの?」


 お父さんなら、もしかすると何か知ってるかもしれない。そう思って聞いてみる。


「どうしたんだ急に?」

「ちょっと気になったから。ほら、今朝わたしが、将来何になるかって話したじゃない。忍者になるって決めたわけじゃないけど、少しは知っておいた方がいいかなって思って」

「そうかそうか。もっと忍者のことを知りたくなったのか」


 忍者になる事に前向きになったと思ったのか、とたんにご機嫌になるお父さん。ゴメン、本当は他の忍者と会ったから気になってただけなの。けどそれを話したら忍法を使って職員室に忍び込んだことまで話さなきゃならない。だから黙っておくよ。


 だけどよく考えたら、今まで忍者の修行はしても、どんな人がいてどういうお仕事をしているのかは、あんまり詳しく聞きた事がなかった。


「もちろんうち以外にも忍者をやってるところはあるよ。ただ、バレちゃいけないってのはどこも同じだから、周りには隠しているだろうけどね」

「どんなことしてるの?」

「お仕事の内容はそれぞれだな。お父さんはボディーガードみたいな仕事が多いけど、人探しやスパイみたいな事をする忍者もいる」

「スパイ?それって悪いことじゃないの?」


 スパイも何をする人かよく知らないけど、人の大事な秘密を探るってイメージだ。あんまり、やっちゃいけない事のような気がする。


「大丈夫。スパイって言っても、お父さんがやってるのは、警察の許可をとっているものばかり。と言うか、警察から依頼されることも多いんだ。誰かが悪いことをしていないか、スパイになって調べているんだよ」

「なんだ、そうなんだ」


 よかった。もしお父さんが悪いことしてたら、もう口聞かないところだったよ。

 だけどお父さんは、それから少し難しい顔をする。


「でもな真昼。真昼の心配た通り、悪いことをする忍者も中にはいるんだよ」

「そうなの?」

「ああ。忍者は、やろうと思えば人を傷つけることができるし、一流の泥棒にだってなれる。お金だけじゃなく、大きな会社の大事な情報を盗み出すこともね。もしそうなったら、たくさんの人が困ることになる」


 それがどれだけ大変な事か、わたしにはなんとなくしか分からない。だけどそう話すお父さんはいつになく深刻で、それだけで、真剣な気持ちで聞くには十分だった。


「とは言っても、そんな悪事を働く忍者はめったにいないからね。今、真昼が心配することじゃないよ」

「……うん」


 そう言うけど、そんなの聞くと少し怖くなっちゃう。それに、あの男の子が職員室でいったいなにをやっていたのか、ますます気になってきた。

 悪い事じゃなければいいんだけど。


 でもそんなことを知らないお父さんは、ご機嫌に話を続ける。


「忍者のお仕事についての話はまだまだあるぞ。秘密にしなきゃいけない部分も多いから全部は話せないけど、真昼が知りたいならもっともっと……」


 だけどそんな風に話していると、部屋のすみにあった電話が鳴り出した。話を中断して電話に出てみると、相手は涼子ちゃんだった。


「まひるちゃん、あのね……あのね……」


 涼子ちゃんがこのタイミングで電話してきたってことは、先輩への告白の結果を知らせるためにちがいない。

 自分の事でもないのに胸がドキドキして、次の言葉を聞くのが楽しみで、同時に少し怖かった。

 だけど次の瞬間、受話器の向こうから届いたのは、幸せいっぱいの声だった。


「告白、うまくいったよ。つきあうことになったよ~っ」

「ほんと!?おめでとう涼子ちゃん!」


 涼子ちゃんの顔は見えないけど、その声は涙ぐんでるように聞こえた。それくらい、気持ちが届いたのが、お付き合いできるようになったのが嬉しかったんだろう。


 わたしも、そんな涼子ちゃんの声を聞いて幸せな気分になる。


「本当によかったね」

「うん。ありがとうまひるちゃん」


 この時わたしは、さっきまでしていた忍者のお仕事についての話も、あの男の子のことも、すっかり頭から消えていた。


 せっかくの話が途中で終わってしまって、お父さんは寂しそうな顔をしている。

 だけどごめんね。わたしにとって、涼子ちゃんの恋がうまくいったことの方が、ずっとずっと大事なんだよ。

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