第6話 もう一人の忍者

 二時間目が終わった休み時間。わたしは急いで教室を飛び出した。

 この休み時間は、少し長くて20分ある。その間に、涼子ちゃんの書いたラブレターを取り戻す。そう心に決めていた。


 次の授業は体育だから、わたし以外のみんなは、体操着を持って更衣室に向かってる。だけどわたしは、みんなと違ってトイレの中に入っていき、そこで着替えをはじめた。

 着替えるって言っても、体操着じゃない。黒いズキンに黒い着物って言う、修行でも使っていた忍者衣装だ。

 もし更衣室でこんなのに着替えたら、みんなはビックリするだろうね。忍者って言えば隠れて動くものなのに、逆に目立っちゃう。


 それならなんでわざわざこんなのに着替えたのかって思うかもしれないけど、それにはちゃんと理由があるんだよ。


「じゃあ、パパッと終わらせようか」


 忍者服に着替え終わり、軽い感じで言ったけど、本当はちょっと緊張してる。学校で忍者やるのなんて初めてだからね。

 でもきっと大丈夫。そう自分に言い聞かせ、わたしは胸の前で両手を合わせ、それを素早く何度も組み替える。

 こうする事で、忍法を使うための『気』を溜めるんだ。忍者の間では、印を組むって言っている。


「忍法、雲隠れ!」


 叫んぢとたん、わたしの体が、忍者衣装まで含めて透明になっていく。成功だ。


 前に読んだ本では、忍法って言うのは魔法や超能力と違って、必ずしかけやトリックがあるって書いてあった。だけどお父さんが言うには、その本を書いた人は本当の忍者を知らないだけなんだって。


 わたしも、いくつかの忍法は魔法みたいなものだと思う。さっきみたいに印を組んで気をためて、それを使って姿を消したり火を出したり、色んな不思議なことができる。

 これが普通の人に知られると世界中がビックリするから、忍者の秘密の中でも特にバレちゃダメ。だから人前で忍法を使うのも、ネットに動画をアップするのも絶対にダメだって今朝お父さんがお説教で言っていた。


 おっと。そんなことより、今は涼子ちゃんのラブレターを取り返さないとね。

 早くしないと次の体育の授業が始まっちゃうし、実はこの雲隠れの術、透明人間みたいになれて便利だけど、わたしじゃ10分くらいしか使えないの。あと、普通の服を透明にするのもまだ無理。この忍者の衣装には、忍法の効果を強くする機能があって、だからわざわざこれに着替えたんだ。





 急いでトイレを出て職員室に向かう。途中何人かとすれ違ったけど、誰もわたしに気づかない。雲隠れの術がうまくいってる証拠だ。職員室の中に入っても、声をかけてくる先生はいなかった。


 坂田先生の机を見ると、そこに先生の姿はない。思った通りだ。

 先生だって体育の前はジャージに着替えてるから、きっと今ならいないだろうと思ってこの時間に忍び込むと決めたんだ。


 机についている、一番下の大きな引き出しに手をかける。没収したものは、ここにしまっているはずだ。

 だけど引っ張っても、鍵がかかって開かない。そこで取り出したのが、一本の針金だ。簡単なカギなら、これで開けられる。


 少しいじると、ガチャリと音がして引き出しが開く。その中に、涼子ちゃんが言っていた本も入っていた。


「あった!」


 思わず声をあげて、だけどすぐに口を閉じる。姿は見えないけど、声は聞こえるから静かにしなきゃ。

 周りの様子を見ると、どうやら誰も気づいてないみたい。よかった。


 それから本をパラパラとめくると、封筒が一枚挟まっていた。色紙を折り畳んで作られていて、とってもかわいい。これがラブレターで間違いないだろう。

 本ごと持っていったら、後で先生が無くなっているのに気づくだろうから、ラブレターだけ抜き取っておく。


 それから引き出しを閉めて、針金を使って鍵をかけ、これで完了。あとは職員室から出ていくだけだ。

 うまくいくか少し心配だったけど、思ったよりも簡単だったかな。


 だけど、職員室から出ようとしたその時だった。


 ドンッ!


 早く出ようと急いだのがいけなかったのか、ドアをくぐってすぐ、目の前にいた誰かにぶつかった。


「きゃっ!」


 勢いよくぶつかったせいで、その場に倒れこんで尻もちをつく。だけど今のは、ちゃんと前を見てなかったわたしが悪い。


 相手は大丈夫だったかな?

 そう思って顔を上げたけど、そこには誰もいなかった。


「あれ?」


 もちろん、周りには特に大きな物だって置いていない。それじゃわたしは、いったい何にぶつかったんだろう。

 不思議に思っていると、急に目の前で声がした。男の子の声だ。


「何がおきた?」


 姿が見えないのに、声だけが聞こえてくる。それは普通に考えたらおかしな事だ。

 だけどそれを聞いて、わたしにある考えが浮かんだ。


「あなた、そこにいるの?あなたも忍者なの?」

「なっ!?」


 姿が見えずに声だけが聞こえてくる。それは、雲隠れの術を使った今のわたしと全く同じだ。という事は、今目の前にいる誰かも、わたしと同じように雲隠れの術を使った忍者じゃないかと思った。


 すると次の瞬間、目の前にいる見えない誰かが、急にわたしの体を掴んだ。


「お前、何者だ!」

「ちょっと、痛いよ!」


 その掴む力が強くて抗議するけど、全然力を緩めたりなんてしてくれない。それどころか、ますます強くなっていく。


「やめて!」


 怖くなって、思わず相手を突き飛ばすと、うまくいったのか、それまであった手の感触がようやく無くなった。


 それと同時に、今で全く見えなかった相手の姿が、うっすらと見えてくる。突き飛ばされたショックで、雲隠れの術が解けかかってるんだ。


 まだハッキリとは見えないけれど、その子はわたしと同じように黒いズキンに黒い着物って言う、忍者服を着た男の子だった。

 やっぱりこの子も忍者だったんだ。


 だけど、それをゆっくり眺めてる時間は無かった。


「まずい、先生が来た!」

「えっ!?」


 男の子が、わたしの後ろを見て叫ぶ。さっきから二人とも声をあげてたせいで、不思議に思った先生が様子を見に近づいてきていた。


 しかもその時、自分の体がうっすらと見えてきていることに気づく。わたしも、雲隠れの術の効果がきえかけてるんだ。


 こんなところを見つかったら何て言われるか。職員室に忍び込んだことがバレたら、きっと怒られる。もしわたしが忍者だってことがバレたら、お父さんからも怒られる。


「逃げなきゃ!」


 叫ぶと同時に、一緒にいた忍者の男の子も揃って駆け出した。


 って言っても、この忍者の格好だと絶対目立つから、普通に廊下を走って逃げる訳にはいかない。近くの窓から飛び出して、そのまま壁を登って屋上まで上がっていった。忍者はこんなこともできるんだ。






「ハァ……ハァ……なんとか逃げられた」


 屋上は本当なら立ち入り禁止だから、誰かに見つかる心配は無い。無事に逃げられたことにようやく安心すると、隣では、男の子が同じように息を切らせていた。


 ズキンで顔は見えないけど、やっぱりどこからどう見ても忍者だ。わたしは、自分と家族以外の忍者を見たのは初めてだった。


「君も忍者なんだね。わたし以外に忍者がいるなんて、ビックリしたよ。さっきはぶつかってごめんね」


 初めて会う家族以外の忍者にどう反応すればいいのか分からなくて、緊張しながら声をかける。誰だか知らないけど、同じ忍者同士なんだし、できれば仲良くしたいなと思いながら。

 だけと男の子は、鋭い目で睨みながら言ってきた。


「お前、何者だ。職員室で何をしていた?」


 なんだか怒っているようにも見えて、とても仲良くしようって感じじゃない。

 その様子がちょっとだけ怖かったけど、何をしてたかなんて言えない。

 涼子ちゃんのラブレターは絶対誰にも秘密なんだから。


 だけど男の子は、このままわたしを見逃す気は無いみたいで、相変わらず睨んできている。


「答えろ。言う気が無いなら、力ずくで答えさせるぞ」

「なっ!」


 ずいぶん物騒な事を言う。よほどわたしの目的を知りたいみたいだけど、涼子ちゃんのラブレターなんてこの子には関係ないんじゃないかな。

 でもそれを言うわけにもいかないし、だからってこのままアレコレ聞かれたら疲れちゃう。おまけにもうすぐ休み時間が終わるし、このままだと次の授業に遅刻しちゃうよ。

 こうなったら仕方ない。


「に…………」

「に?」

「忍法、火遁の術!」


 とっさに忍法を使って、周りに炎を出現させる。とは言っても、ケガや火傷をさせるのはさすがにかわいそうだから、男の子には直接当たらないように、適当な方向に目掛けて放つ。

 だけどそれでも、男の子の隙を作り出すのには十分だった。


「うわっ!」


 男の子が声をあげて飛び退いたのを見て、わたしも彼から距離をとる。そしてそのまま、素早く屋上から飛び出していった。


 ごめんね。けど何をしてたかなんて話せないし、授業に遅れるわけにもいかないの。


 こうして男の子を振り切ったわたしは、トイレに戻って素早く体操着に着替え直す。

 涼子ちゃんのラブレターを取り返すと言う作戦は、なんとか無事に完了だ。忍者の男の子が出て来た時はビックリしたけど、逃げられて良かったよ。


(だけどあの忍者、いったい誰だったんだろう?)


 あの子は私に何者だなんて言ってたけど、わたしだってそのまま同じ質問を返したい。この学校にわたし以外の忍者がいるなんて、考えもしなかった。

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