第5話 ラブレター

 授業が終わった休み時間。わたしはまだ涼子ちゃんのことが気になっていて、声をかけようと思って行ってみた。

 するとそこにはすでに、同じく心配したユキちゃんが来ていた。


「涼子ちゃん、大丈夫?」

「うん、騒がせてごめんね」


 謝りながら、涼子ちゃんはまだしょんぼりしたままだ。よっぽどあの本が大事だったのかな?


「取られた本って、どんなお話だったの?もしかしたらわたしも同じの持ってるかもしれないよ」


 ユキちゃんも本は好きだ。もし自分が持っているなら貸してあげようかと進めるけど、涼子ちゃんは首をふった。


「ううん、いいの。あの本は何度も読んでて、中身も全部覚えてるから」

「えっ、それなのに授業中も読んでたの?」

「えっと、それは……」


 覚えるくらい読んだって事はお気に入りなんだろうけど、それじゃわざわざ授業中に何度も見るなんて思えない。

 それを聞くと、涼子ちゃんはなぜかとたんに口ごもる。それに、なんだか顔が赤い。


「二人とも、ちょっと耳がして。それと、誰にも言わないって約束して」

「「耳?」」


 不思議に思うわたしとユキちゃんに、涼子ちゃんはそんなことを言う。もちろん気になるし、誰にも言わないって約束してから、わたし達もそろって耳をかす。


 それでも涼子ちゃんは言うのに少し時間がかかったけど、やがて小さな声でささやいた。


「あのね、実はわたし、本を読んでた訳じゃないの。本の中に別のものはさんでて、それが気になって何度も見てたの」

「本の中にはさんだ?なにを?」

「えっと、その………………ラブレター」


 最後の一言は、消えちゃいそうなくらい小さな声になっていた。


「えぇーーーーーっ!ラブ………モガモガ」

「ダメーっ!」


 思わず叫びそうになったわたしの口を、ユキちゃんが素早くふさぐ。

 それを聞いて、教室にいた他の子がこっちを見たけど、ユキちゃんのおかげで言わずにすんだ。


「まひるちゃん、大声で叫んだりもしないでね」

「ご、ごめん。ビックリして、つい……」


 涼子ちゃんも、真っ赤になりながら言ってくる。だけど本当に、声をあげるくらい驚いたんだよ。


 涼子ちゃんは相変わらず恥ずかしそうだったけど、なんだかさっきまでよりずっとかわいく見えた。


「ラブレターって、涼子ちゃんが書いたんだよね。ってことは、好きな人がいるの?」

「……うん」

「いいなー、わたしも好きな人ほしいなー」


 今のところ、恋愛なんてこんな風に友達から聞くか、でなきゃマンガの中の出来事だ。どうしても恋がしたいってわけじゃないけど、こんな話を聞いたらやっぱり憧れる。


「相手はどんな人なの?」

「えっとね……」


 話しを聞くと、相手の人はわたし達よりひとつ年上で5年生の先輩だ。涼子ちゃんのうちの近所に住んでる、お兄ちゃんみたいな人で、優しくてカッコよくて、ずっと仲良しだったんだって。


「でも5年生になって部活に入って、前みたいに一緒に遊べなくなったの。だもわたしはもっと一緒にいたくて、仲良くなりたくて、それで、今日渡そうと思ってラブレターを書いてみたの」


 話をする涼子ちゃんは、パッと明るくなったり、かと思うととたんにさびしそうな顔をしたり、表情がコロコロ変わってた。

 きっとそれだけ好きなんだろうし、そんな思いを伝えようとするのは、すごく勇気がいると思う。すごいな。


「涼子ちゃんに好きって言われたら、きっとその人もすごく喜ぶよ」

「そうかな?」


 間違いないよ。だって今の涼子ちゃん、とってもかわいいんだもん。


 だけどそこで、ユキちゃんが少し声を落として言った。


「でもそのラブレター、あの本の中にあるんだよね?」


 そうだった。いくら告白しようとしても、それに必要なラブレターは今ここに無いんだった。


「うん。誰かに見られたら恥ずかしって思って、お気に入りの本に挟んで持ってきたんだけど、外からは見えないから、ちゃんとあるか気になったの」


 それで、授業中も何度もチラチラ見て、先生に本ごと没収されたわけだ。


「また新しく書くことはできないの?」

「できるよ。でも、本の中のを先生に見られたらどうしよう」


 確かに、せっかく書いたラブレターを別の人に見られたら、きっとすごく恥ずかしい。今こうしてわたし達に話すだけでも、とても勇気がいったと思う。


 本はこの際仕方がない。大人しく、3日経ったら返してもらえばいい。だけどその間、何かのひょうしでラブレターを見られちゃうかもしれない。そうなる前に取り返せたらいいんだけど。


「ラブレターのことを知られたくないなら、事情を話して返してもらうってのもダメだし……」


 わたしもユキちゃんも、そろって頭をひねるけど、なかなかいい考えなんて浮かばない。

 そうしているうちに二時間目の授業開始のチャイムが鳴って、これ以上相談することができなくなってしまった。


「ごめんね、力になれなくて」

「ううん。一緒に考えてくれてありがとう」


 涼子ちゃんはそう言うけど、やっぱりどこか心配そうに見えた。

 わたしも、そんな涼子ちゃんのことが気になって、授業もあまり頭に入ってこなかった。


(先生にラブレターを見られる前に何とかしないと。わけを話すのもダメ。でも、そんなんで返してほしいって言っても、きっとダメだよね。そうなると、もうこれしかない?)


 色々考えて、いつの間にかわたしの頭にはある方法が浮かんでいた。

 ううん。本当は、休み時間に相談してた時から、この案はあった。なのに二人にそれを言わなかったのは、とても話せる内容じゃなかったからだ。


 先生にバレないように、こっそりラブレターだけを取り返す。これが、わたしの考えた方法だった。


 坂田先生は生徒から没収したものは職員室にある自分の机の引き出しにしまっているし、しかもその机には鍵がかかってるって話だ。

 どうしてそんなこと知ってるのかって言うと、前にゲームを没収されて取り返そうとした子がいたからだ。もちろんその子はすぐに見つかって、その後こっひどく怒られた。


 ユキちゃんも涼子ちゃんもその出来事は知ってるから、取り返すなんて言っても、きっとそんなのムリだって言うと思う。だから、二人には言えなかった。


 わたしも、こっそり職員室に忍び込んで、鍵のかかった机から持ってくるなんて、すごく難しいと思う。普通の小学生ならね。


 だけどわたしは、普通の小学生とはちょっと違う。忍者だ。

 正確には忍者の修行中で、将来も忍者になるかは分からないけど。


 でもそんなわたしなら、他の子にはできないこの作戦も、上手くやれる自信があった。


 なんだかドロボウのマネをするみたいだし、お父さんからは、人前で忍者とバレるようなことはするなって言われてる。

 だけどこのままなにもしなかったらユキちゃんがかわいそうだし、最後までこっそりやれば誰にもバレたりはしない。

 だから、少しくらい忍者の力を使ってもいいよね。

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