第4話 ユキちゃんと涼子ちゃん
「セーフ!」
ダッシュで教室に入り時計を見ると、授業開始まではまだ少し時間があった。もっとギリギリかなって思ってだけど、全力で走ったら思ったより速かったみたい。忍法は使っちゃダメって言われてるけど、毎日修行しているおかげで足には自信があるんだよね。さすがわたし。
そんなふうに自分をほめてると、後ろからやさしい声が聞こえてきた。
「おはよう、真昼ちゃん」
「ユキちゃん!」
声をかけてきたのは、わたしの友達、
ユキちゃんは腰まで伸ばした髪にクリッとした目がとってもキレイで、お嬢様って感じの子。性格もおとなしくてわたしとは全然違うけど、ずっと前からのなかよしなんだ。
この前4年生に上がった時にクラス替えがあったけど、また同じクラスになれてよかった~
「こんなに遅刻ギリギリになるなんて珍しいね。何かあったの?」
「でかける前にお父さんと少しケンカしちゃってさ。ユーチューバーになりたいって言ったら反対されちゃった」
わたしがユーチューバーになりたいって言ってたのはユキちゃんも知ってる。って言うか、元々ユキちゃんから色んな動画を見せてもらったのが始まりだったんだよね。
まだネットに投稿したことはないけど、撮影ごっこって言ってユキちゃんのスマホで撮りあいっこした事は何度もある。
「えっ。それじゃもう、一緒に撮影ごっこもできないの?」
「ううん。それくらいならいいだろうし、わたしが本気でなりたいならお父さんも応援するって言ってた。だけど、前に話した忍者……じゃない。大注目間違いなしのヤツは、絶対にやっちゃダメだって怒られた。ごめんね」
わたしが忍者の修行をしてるって言うのはユキちゃんにも秘密だ。お父さんから忍者動画を許して貰えたら全部話すつもりだったんだけど、それもダメなんだって。
「ううん。これからもまひるちゃんと一緒に遊べるならそれでいいよ。それに、きっと真昼ちゃんのお父さんも、真昼ちゃんのことちゃんと考えてるから怒ったんじゃないの?」
「そうかな?」
わたしのためって言うか、忍者のためにって気もするけど。
「そうだよ。だってまひるちゃんのお父さん、帰るのが遅くなったらすぐにメールくれるし、前にわたしが遊びに行ったら、友達が来てくれたってすっごく喜んでたんだもん。それに、たくさんおうちにいてくれるし……」
「あっ……」
その時、ユキちゃんがちょっとだけ寂しそうな顔をした。
さっき、ユキちゃんのことをお嬢様って感じの子だって言ったけど、それはちょっと間違い。ユキちゃんのお父さんはとっても大きな会社をいくつもやってて、ユキちゃんはその一人娘。つまり、正真正銘のお嬢様だ。
だけどその分お父さんは忙しくて、帰ってこれない日もあるって、前に話していた。
さらに言うと、ユキちゃんのお母さんは、ユキちゃんを生んですぐに亡くなってる。そんなユキちゃんにとって、家族が近くにいてくれるのは、それだけでうれしい事なのかもしれない。
「うん、きっとそうだね。それに動画だって、ユキちゃんと一緒に作れるなら何だっていいや」
そう言って笑うと、ユキちゃんも一緒になって笑ってくれた。
ちょうどそのタイミングで、授業を始めるチャイムが鳴った。
「じゃあ、また休み時間にね」
他のみんなも急いで席に座り始めたところで、先生がやってきた。
「みなさん、おはようございます」
担任の
わたしはそこまではないけど、優しくて授業も分かりやすいから好きな先生だよ。
坂田先生はいつものように出席をとると、それから朝の会が始まった。
ちょっとしたお知らせや注意をして、その後一時間目の授業が始まる。国語の授業で、わたしは得意でも苦手でもないけど、教科書に書いてあるお話の中には、たまに面白いのもある。今やっているのは、ちょうどそんな面白いお話だったから、授業も面白い。
だけどそんな中、ふと授業を進めている坂田先生の声の調子が変わった。
「中井さん。今、机の中に何か隠しましたか?」
「えっと……」
先生に声をかけられたのは、
「さっきから何度も机の中に何かを出し入れしてたみたいですが、それは何ですか?」
もう一度、坂田先生が尋ねる。坂田先生は優しいけど、叱るときはしっかり叱る。
しばらくなにも言わずに黙っていた涼子ちゃんだったけど、机の中からためらいがちに何かを取り出した。それは、一冊の本だった。
「ごめんなさい。続きが気になって、読んでいました」
小さな声で呟くと、坂田先生が困った顔をする。
「中井さん。この本は、お家から持ってきたものですか?」
「はい」
「持ってきてダメと言う事はありません。だけど、授業中にそれを読むのがいけないことだと言うのは、ちゃんと分かっていますね」
「……はい」
人によっては、ここでアレコレ言い訳を始める子だっているかもしれない。だけど涼子ちゃんは、ちゃんと自分が悪いと思ってるみたいで、静かに先生の言葉にうなずいている。
「こう言う時は、没収して、先生が三日間預かる。それも、分かりますね」
「えっ!…………はい」
学校に持ってきちゃダメなものが見つかったり、持ってくるのは良くてもそれが授業の邪魔になったりしたら、三日間先生が預かる。それがこのクラスのルールで、今までにも何人かマンガやゲームを没収されている。
それを聞いて、涼子ちゃんは初めて、すぐに「はい」と返事がをしなかった。でも嫌だとも言えなくて、結局そのまま先生に本を渡しちゃった。
その時の涼子ちゃんの手は、少し震えていたように見えた。
坂田先生も、そんな涼子ちゃんの様子を見て心配そうな顔をする。けどだからと言って、特別に見逃してくれるって訳じゃない。
「大事な本がしばらく読めなくなるのは嫌かもしれませんが、それがみんなで決めたルールですから。三日経ったら、ちゃんと返しますからね」
「…………はい」
最後に涼子ちゃんが小さく返事をして、先生はまた今までみたいに授業を再開する。
先生の話を聞きながらチラッと涼子ちゃんの方を向くと、落ち込んでいるのか小さく肩を落としていた。
授業中に関係ない本を読むのはダメ。それは分かってるけど、なんだかかわいそう。
それに、少し気になることもあった。
涼子ちゃんは3年生の頃から同じクラスで、普段から本を読むのが好きな子だった。だけど今みたいに、授業中にこっそり読んだなんてことは一度もない。
それなのにどうしてこんなことをしたんだろう。
授業が終わるまでの間、気がつけばわたしはずっと涼子ちゃんのことを気にしていた。
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