第2話 将来なりたいもの


 時代遅れ。どうやらその言葉は、思った以上に父さんにダメージを与えてしまったみたい。しばらくの間だまってたけど、やがてワナワナと肩を震わせ始める。そして再び上げられたその顔は、湯気が出るくらいに真っ赤だった。

 ああ、これは相当怒ってるよ。


「今だって、ボディーガードに秘密の捜査など、忍者を必要とする人はたくさんいるんだぞ。それを時代遅れとは、それでも芹沢家の跡取りか。そもそも我が芹沢家は伊賀忍者の流れをくむ由緒正しき……」


 いつの間にかご先祖様の話になってる。これが始まると長いんだよね。


「……と言うわけで、我が家は先祖代々立派に忍者を続けてきたんだ。お父さんだってそうだ。だから真昼、お前もいずれは立派な忍者になるんだぞ」


 やっと終わった。何だかいつもより長かった気がする。時代遅れって言われたのがよっぽど嫌だったみたい。こめんなさい、言いすぎました。

 だけどお父さん、私にだって言いたい事はあるんだよ。


「でもさ、時代遅れって言ったのは悪かったけど、わたしは将来忍者になるつもりは無いからね」

「まだそんな事を。お前がならなかったら、いったい誰が忍者を継ぐって言うんだ」

「うーん、お父さんの代で終わりじゃないの?」


 お父さんの弟子はわたしだけ。そのわたしが継がないなら、間違いなく終わりだと思う。


「ダメだそんなの!真昼、お前には才能がある。絶対忍者になるべきだ」

「やだよ。将来の夢を何にするかは自由だって、先生も言ってたもん」


 そりゃ私も、小さい頃は何となく、将来は忍者になるのかなと思ってた。だけど友達と一緒に将来何になりたいか話したり、授業で色んなお仕事の話を聞いたりして、もっとやりたい事があるかもって思うようになった。

 だけどお父さんは、まだわたしが忍者になりたいものと思っていたみたい。


「そ、そんな……」


 まるで、ガーンって音が聞こえてくるようだった。

 お父さんは飛び出るくらいに目を丸くしたかと思うと、少し前まで真っ赤だった顔を、今度は真っ白にしながらフラフラとした足で隣の部屋の戸を開ける。

 心配になってついていくと、その先には仏壇とお母さんの写真があった。


「大変だよ。真昼が、真昼が忍者になりたくないなんて言い出したんだ。これが反抗期ってやつなのかな? 毎日の修行が厳しすぎた? もう少し優しく教えてあげた方が良かったのかな?」


 泣きそうな顔で、写真の中のお母さんに向かって話しかけるお父さん。

 お母さんはわたしが小さい頃に亡くなって、それ以来わたしはお父さんが一人で育ててくれていた。


 忍者としては厳しいお父さんだけど、時々不安になる事があるんだと思う。忍者の仕事に行く時は、いつもお母さんの写真に手を合わせているし、わたしが修行でケガをした時は、こんな風に相談する事もある。


 その中でも今回は相当ショックが大きいみたい。ションボリしながら、自分の教え方が悪かったのかなって何度も悲しそうに言っている。


「お父さん、泣かないでよ」

「泣いてない!忍者は、忍者はそう簡単には泣かないんだ!」


 確かに、なんとかお父さんは泣いていなかったけど、けっこうギリギリだと思う。

 お父さん、修行中は怖いくらい厳しいんだけど、普段は性格も喋り方も、とっても大人しくて優しいんだよね。


 わたしはそんなお父さんの厳しい方を、密かに『忍者モード』って呼んでるんだけど、すっごいショックな事があると、こんな風に忍者モードが解けちゃうの。


 でもどうしよう。こんなに困らせるつもりなんて無かったのに。

 やっぱり忍者やる、なんて言ったら、もしかしたら元に戻ってくれるかもしれない。けどそんな簡単に、やるとか止めるとか言ったりするのは嫌だ。

 だけどせめて、わたしが忍者をどう思っているかは、ちゃんと言おうと思った。


「お父さん。わたし、お父さんが厳しかったから忍者を止めよと思ったんじゃないよ」

「真昼……」


 わかってくれるといいな。そう思いながら、自分が思っている事を少しずつ話していく。


「突然忍者になんてならないって言ってゴメンね。でも、忍者が嫌いになったわけじゃないよ。遠くまで手裏剣を投げられるようになったり、新しい忍法を覚えたりした時は嬉しかったよ。そりゃ、きついって思った事もあったけど、出来なかった事ができるようになるのは楽しかった。だから忍者の修行は、これからも今までみたいにやるから」

「ぐす……そうか。お父さんこそごめんな。話も聞かずに、一方的に忍者になれなんて言ったりして。真昼にやりたい事が出来たなら、まずはちゃんと話を聞いてあげないとな」


 よかった、分かったくれた。今のお父さんの目には少しだけ涙が浮かんでるけど、見なかったことにするね。


 それからお父さんは、少し待ってろって言って後ろを向いて、何度もティッシュで鼻をかんでいた。

 それが終わると、スッキリした顔でこっちを向く


「それで、真昼の将来の夢ってのは何なんだ?」


 さっきまでとは違って、優しそうにたずねるお父さん。そう言えば、わたしが何になりたいかはまだ言ってなかったっけ。

 改めて夢を話すのは、何だか少しだけ緊張するな。


「お父さん。わたしね、ユーチューバーになりたいの」

「…………へっ?」

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