初めてのデパート(8)

「まぁそういうこっちゃ。オレがさっき言うた情報通の話、忘れたらアカンで」


「ああ、分かったよ。ありがとな佐藤」


 佐藤って、こと私生活の知恵だとか、合コンのセッティングのような仕事以外の件だと、ほんとに頼りになるんだよなぁ。


 仕事は人並み、だけど流行と女の子に対する嗅覚は五割増し。それがこの佐藤という男なのである。


「じゃあ俺たち、もう行くよ。勝負服、見つかるといいな」


「おう。ほなミオちゃん、また今度うた時には、茶ーでもしばきに行こか」


「え? ……あ、はい。さようならー」


 ミオが一瞬、困惑したような表情を見せた後、再度頭を下げ、佐藤に手を振ってバイバイする。


 そして、店舗の中に入っていく佐藤を見送った俺たちは、しばしの休憩を取るべく、エスカレーター付近にあるベンチへ腰掛けたのだった。


「ねぇお兄ちゃん」


「ん?」


「佐藤さんが言ってた、『チャーデモシバキニイコカ』ってどういう意味なの?」


「うふっ」


 いかんいかん。ミオが佐藤の言葉を、まるで呪文でも唱えるかの如く反復したので、思わず吹き出してしまった。


「えーと、佐藤はこう言いたかったんだよ。『今度お茶でも飲みに行こうか』ってね」


「そうなんだ! ボク、全然意味が分かんなくて、どう返事していいのか困っちゃったの」


「まぁ仕方ないな。あいつは誰にでも関西弁でしゃべるから、こっちの人には通じない言葉も多いし」


「でも、お茶ってどこで飲むの?」


「喫茶店だよ。ほら、ミオが初登校の日、ミックスジュースを飲みに行ったあのお店」


「んー? じゃあ、喫茶店にお茶が置いてあるってこと?」


 ミオが小首を傾げながら尋ねてくる。


 おそらくこの子は、喫茶店が緑茶や烏龍茶などを取り扱っているのを想像して、何らかの違和感を覚えたのだろう。


「いやいや。この場合のお茶ってのは、要するにコーヒーの事なんだよ」


「コーヒー?」


「そう。コーヒー。あとは紅茶とか」


「コーヒーってお茶なの?」


「厳密には違うんだろうけど、喫茶店で出すものを飲んだり食べたりする時は、全部引っくるめて『お茶をする』って言うのさ」


「え。食べ物もお茶に入るんだ? 変なのー」


 お茶するの定義があまりにも広義すぎるためか、ミオにとっては納得がいかないようだ。


「でもボク、コーヒーは苦くて飲めないから、ミックスジュースの方がいいなぁ」


「はは。それじゃあ、今度またあの喫茶店に行って、ミックスジュースを飲ませてもらおっか」


「うん! ありがとうお兄ちゃん」


 また、あのおいしいミックスジュースが飲める事に大喜びしたミオは、幸せそうな表情で、俺の腕にぎゅーっと抱きついてきた。


 悪いな佐藤。お前のお茶の誘い、ショタっ娘ミオの心にも響かなかったようだ。

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