初めての体育(2)

「ねえ」


 腕組みをしつつ眉間を押さえて考え込んでいると、後ろからミオが抱きついてきた。


「えっ? な、何かな」


「さっきからずっと考え事してるー」


「あ。ごめんよ、もう寝なきゃだな」


「お兄ちゃん、もしかしてボクが穿いてるショーツの事を考えてたの?」


「……うん。クラスメートの男の子たちが見たら気にするのかなー、って思って」


 と、さりげなく、自分の心配事をオブラートに包んで打ち明けてみた。


「んー。気にする子もいるかもね」


 ミオが人差し指を頬に当て、目線を斜め上に動かしつつ、何かを思い出すように答えた。


「ボクが施設にいた時も、他の男の子に『違う下着穿いてる』って言われた事あるよ」


「え。それって下着を見られたって事?」


「うん。夜寝る前にみんなお着替えするでしょ? その時にお互いのを見てたと思うよ」


 やっぱり見るよなぁ、その下着だもんな。


 何しろ男の子が女ものの下着を穿くのだ。これが注目を浴びないはずがない。


 だからこそ、その注目が変な方向にエスカレートしないかどうか、心配になるのである。


 こんな心配をするのは今さらだったな、どうしてもっと早く、この事に気づかなかったのだろう。


 いや、仮に気づいていたとして、何か対策を講じることができたかというと、答えはいなである。


 体育のある日専用として、あらかじめ、男ものの下着を買い与えるという作戦は先程却下した。


 それはミオのアイデンティティーを否定する事になるからだ。


 水泳の授業の前に水着へと着替える際、股間部分を隠すためにタオル生地の腰巻きを穿くことはあるが、それを体操服の時に穿かせていては、より一層目を引いてしまう。


 ミオは女の子寄りのショタっ娘だから、女の子たちと一緒に別室で着替えさせたい……なんて要望が通るはずもないだろうな。


 下着姿を見せないようにするために、体育を休ませるなど、もはや言語道断。


 後は、後は……やっぱりだめだ、もう万策が尽きた!


 ミオ、許してくれ。俺が学校へ通わせる事にしたばかりに――。


「またお兄ちゃん考え事してるー」


 ひとり頭を抱えている俺の顔を、ミオが覗き込んできた。


「今度は何の考え事?」


「いやその、ミオが学校でショーツを……」


「えっ、まだその事を考えてたの?」


 ミオが呆気にとられたような表情を見せる。


「だってさぁ」


「お兄ちゃん知ってる? 今は〝ダンジョケンヨー〟のショーツがあるんだよ」


「ん? 男女兼用?」


「そ。男の子も穿けるショーツの事なんだけど、見たことない?」


「いや、全然知らない。というか、下着に男女兼用のがあるってのがまず初耳だよ」


「そうなの? クラスメートの子とか、同じ学年の男の子も半分くらいが穿いてるらしいよー」


「ええっ、ほんとに?」


 俺は驚いて聞き返した。


「うん、ショーツの方が動きやすいんだって。それに、ブリーフってあんまりかわいくないでしょ?」


 そう言ってミオは、寝間着の下を少しずらし、自分が穿いているショーツをチラ見せしてくれた。


 今日のショーツは明るい色の縞模様で、前方に小さなリボンが縫い付けてあるタイプだ。


「まぁ……そうだな。ミオが穿いているショーツの方がかわいいと思うよ」


「うんうん」


 ミオがニコニコしながら頷いた。


 ブリーフには前開きがあるから、かわいさよりも機能性を重視した作りなのだとは思うが、なるほど、見てくれは確かにショーツには劣る。


 それが近年台頭してきたボクサーブリーフであったとしても、かわいさという面では丸っきり勝負にならないだろう。


「だから今は、男の子の間でもショーツが流行ってるんだよ。みんなが穿いてるのはボクのみたいにリボンはついてないけど、白色だけじゃないショーツもあるし、絵が描いてあったりして、見てて楽しいよ」


「そうだったのか……」


 俺が小学生の頃は、自分も周りも白のブリーフ一色で、たまに奴がトランクスを穿いたりしていたものだが、これも時代の流れというものか。


 今時の男の子って、ミオ程ではないけど、比較的中性的な子が増えてきたと聞くし、俗に言う〝男の娘〟が近年市民権を得てきているのも、性別の多様化が認められつつあるのだろう。


 それじゃあショタっ娘のミオが下着姿を見られても、特段おかしいとは思われないわけだな。


 さっきこの子が施設にいた時に言われた「違う下着穿いてる」という言葉も、他の子が穿く〝男女兼用〟ショーツと比べて、単純にリボンがついているか否か、という程度の指摘の意味合いだったのかも知れない。


 はぁ。何だか心配し過ぎてドッと疲れたが、とにかくショーツの件については、肩の荷が下りたような気がする。


 残る気がかりはドッジボールの件だが、こっちの方はどんなアドバイスをすればいいだろうか。


 というか何とも言いようがないよなぁ。


 そもそも運動が苦手なミオの事、逃げ回っていてもいつかは当たるだろうし、初見でうまくキャッチしろと言うのも無茶な話だ。


 運動神経がよかった当時の俺だって、当たる時は当たってたんだから。


 ケガをしないように外野に行ってなさい、なんて言うのは里親として失格だし、何より教育方針として正しくない。


 俺はあごに手を当ててしばらく考えた後、ミオにこう伝えることにした。


「ミオ」


「なぁに? お兄ちゃん」


「明日のドッジボールの事なんだけどさ」


「うんうん」


「すぐには無理かも知れないけど、できるだけ楽しんでおいでよ」


「え。楽しむ……?」


「そう。さっきはボールのぶつけ合いって言ったけど、そのぶつけ合いをかいくぐって生き残るのは、結構スリルがあって楽しいよ」


「スリル?」


「後はサバイバル感かな」


「んー。難しい言葉ばっかり」


 そう言って、ミオは俺の腕に顔をうずめる。


「はは、ごめんごめん。そうだなぁ、クラスメートのみんなとお遊戯ゆうぎできるいい機会だと思って、めいっぱい体を動かしてくると楽しいんじゃないかな」


「お遊戯かぁ……」


「そうそう。みんな一緒に同じスポーツでお遊戯するのが体育だと思ってさ。成績の事なんて考えなくてもいいから、楽しく遊んでおいでよ」


「うん。分かった」


 ミオが俺の腕の中で頷いた。


「ボク、いつまで内野に残れるか頑張ってみるね」


「ん。ケガだけは気をつけてな」


 ――そして翌日の夜。


 仕事を終えて帰宅した俺に、ミオは初めてドッジボールを遊んだ際の出来事を楽しそうに話してくれた。


 その話によると、ミオは最後まで内野のメンバーとして生き残り、自チームも勝利を収めたとのことだった。


 どうしてミオが最後まで生き残れたのかというと、同じチームの男の子や女の子までもがこぞって盾となり、ミオの身代わりになってくれた結果なのだそうだ。


 何だろう、想像しただけで不思議な光景だ。


 ミオが転入生だから、というだけではここまで優遇してはくれないよな。


 もしかすると、ミオは天性の〝姫属性〟持ちなんじゃないだろうか。


 チームメイトのみんなが身をていして守ってあげたくなる程の存在。そんな〝姫属性〟の持ち主は男の子だけど。


 とにかく、うちの姫にケガも無く、ドッジボールを楽しんできてくれたようで俺はホッとした。


 これをきっかけに、体育と運動の苦手意識を少しでも克服してくれれば、もう何も言うことはない。


 成績なんて二の次で充分。


 今はひたすら、学校の授業を楽しんでくれればそれでいいと思うのだった。


 ちなみに今日届いたばかりのミオの体操服だが、話の成り行きで、実際に着てみてお披露目してくれる事になった。


 俺が仕事中は学校へ様子を見に行けないし、どういうデザインの服なのかは興味があったので、いい機会だと思って見せてもらうことにしたのである。


「どうかなぁ。おかしくなーい?」


 着替え終わったミオが、両手を後ろに回し、ちょっと自信無さげに聞いてきた。


 シャツは半袖で、首回りと袖に紺色のラインが入っている。まぁこれはオーソドックスなスタイルのシャツだな、という感想だ。


 ズボンの色もシャツのラインに合わせた紺色で、ミオがいつも穿いている私服のショートパンツよりは若干丈が長い。


 近年は女の子もブルマではなくズボンを穿くようになったため、体操服は上下共に男女兼用でも違和感を抱かせない、ユニセックスなデザインになっている。


「いいじゃん。似合ってると思うよ」


「似合ってる?」


「うん。すごくかわいい」


「体操服がかわいいって変だよー」


 ミオが背中を向けて恥ずかしがった。


「そ、そんな事ないって。ミオは何を着てもかわいいよ」


「ほんと? ……えへへ、嬉しいな」


 うーん、ぎょし易い。もっとも、おだてるつもりでは無く、ほんとに思った事を口にしただけなんだが。


 何だかこうしていると、歳の離れた恋人にコスプレしてもらっているように見えなくもないが、これは里親としての大事な役目だから。


 と、自分に言い聞かせつつ、キュートなミオの体操服姿をじっくり眺めては、一人でほっこりとする俺なのであった。

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