初めての体育(1)
ミオにとって、初めてだったテストの結果を見せてもらったその日の夜。
俺たちは、体を寄せ合って床についた。
これは何も今に始まった話ではないし、やらしい意味合いもない。二人が一緒のベッドで眠るようになってからは、いつもこうなのだ。
さみしがりやで甘えんぼうのミオは、毎晩、俺にくっついてひとしきり甘えきった後、日付が変わる前には満足した様子で眠りにつくのである。
時にはおねだりされるがまま、腕枕をしてあげたりもする。
児童養護施設に引き取られ、生みの親に捨てられた事を知って心を閉ざしつつあったミオに、俺なりに出来うる限りの愛情を注いでやれればと思って、二人が一緒の時は、好きなだけ甘えさせてあげることにしているのだった。
「ねぇお兄ちゃん、お話してもいい?」
俺の腕に抱かれたミオが、顔を上げて、ささやくように聞いてきた。
「ん、いいよ。何だい?」
「あのね。明日、学校で体育の授業があるの。その体育にボクも出ることになったんだけど……」
「ああ、注文してた体操服が届くまでは見学するって話だったよな。それがやっと届いたんだね」
「うん」
「体操服のサイズは合ってた?」
「大丈夫だよ」
そう答えるミオは、何だか気乗りしない様子だった。
それもそのはず。以前ミオ本人の口から、勉強は得意だが、運動に関してはからっきしだという話を聞いていたのだ。
なので、苦手な運動が主である体育に、この子はおそらく一抹の不安を抱いているのであろう。
俺の教育方針として、仮に悪い成績だったとしても絶対に叱ったりはせず、よいところを褒めて伸ばしてあげられるようにしようと決めている。
だから体育の成績が思わしくなくても、他の科目で頑張ってくれればそれでいいと思うのだが、ミオはやはり苦手な科目がある事自体を気にするようだ。
「で、明日は何をやるんだい?」
「先生は『ドッジボールをやります』って言ってたけど、どんな事をするのか分かんないの」
「ドッジボールかぁ」
「お兄ちゃん、知ってるの?」
「うん。俺がミオと同い年くらいの時にも、体育の授業でドッジボールやった事があるからね」
「そうなんだー」
ミオの表情が少し明るくなった。
「ね。ドッジボールって何するの?」
「うーん」
俺は少し考え込んだ。
ドッジボールについて、できるだけ分かりやすく、かつ、ミオに苦手意識を持たせないように説明するにはどうしたらいいのか。
「まぁ何というか。平たく言えば、ボールのぶつけ合いをするんだけどね」
「え!? 人にボールをぶつけるの?」
ミオが驚いて起き上がった。
まずい、あまりにも平たく表現しすぎて、このままでは野蛮で粗野な競技だと勘違いされかねない。
「あ……いや。えーとな、まず二つにコートが分かれてるわけだよ。そこに人が入ってさ」
俺も体を起こし、身振り手振りを交えてミオに説明する。
「これくらいの大きさのボール一個を投げて、反対のコートにいる人に当てるんだ」
「そんなひどい事するの?」
難しいな、言葉とジェスチャーだけでは、どうにもうまく伝えられない。
案の定、ミオはドッジボールに対してよくない印象を抱き始めているようで、いかにも不安そうな顔をしている。
「そうだなぁ、今の話だけを聞くとひどい事かもね。でも投げられた方も、やられっぱなしじゃないんだよ。ボールを避けてもいいし、落とさずにキャッチすればセーフだからね」
「落としたらどうなるの?」
「落としたら退場だよ。内野から外野に移動して、内野のサポートをするんだ」
「内野と外野があるんだね」
「うん。それで、外野の人が内野にいる相手にボールを当てて落とさせれば、また内野に復帰できるんだよ」
もっともその復帰に関しては、一度退場した人は再復帰できない、などのルールも存在するため、最初から外野にいる人限定かも知れない、という説明を付け加えておいた。
「じゃあ、外野の人がボールを当てられなかったら、ずっと内野に入れないままなの?」
「そうだよ。それから、外野の人はボールを当てられる心配がないから、内野にいるよりは気が楽かな」
「そうなんだ……じゃあボクずっと外野にいようかなぁ」
「ははは」
と笑ってみたが、当のミオは本気で外野に常駐する事を検討しているようだ。
こんな事を考えるのは本当はいけないのかも知れないけど、ぶっちゃけた話、その方が俺も安心ではある。
俺が子供の頃はドッジボールを題材にした漫画やアニメが流行ったし、それらはドッジボールを球技というジャンルで、全国に広く認知させるには充分な影響力を持っていた。
だからこそ今日に至っても、体育の授業にドッジボールが取り入れられているのだろうが、やっている事は単純に言えば、先程説明したような「ボールのぶつけ合い」以外の何者でもない。
いかにマイルドな表現をしようと、球速と球威によっては、当たりどころが悪かったらケガをしかねない危険を孕んだスポーツなのである。
特に心配なのが、顔へボールが飛ぶことだ。
万が一ボールが高く浮いて、ミオの綺麗な顔に一生消えない傷がつこうものなら、俺はきっと授業に参加させたことを後悔するだろうし、何度謝っても
そういう取り返しがつかない事態になるくらいなら、いっそ安全圏でひっそりとやっていてくれた方がいいとも思うのである。
こういう考え方は、さすがに過保護だろうか。
だが何しろ、ミオは普通の男の子とは違う。
顔立ちや体つきも女の子寄りだし、穿いているショーツも……。
「あっ!」
「え!? ど、どうしたの? お兄ちゃん」
突然大声を上げたので、ミオがびっくりして身をすくめてしまった。
「ご、ごめんごめん。ちょっと気になる事があってさ」
「気になる事?」
「ミオ、体操服に着替える時は、みんな教室で着替えるのかな?」
「うん、男の子はそうだよ。女の子たちは他のお部屋に行ってお着替えするんだって」
「って事はミオも、他の男の子たちと一緒に着替えるんだよな……」
「そだね」
「じゃあ下着はショーツのままで、体操ズボンに穿き替えるの?」
「そうだけど……変かな?」
と返され、俺は答えに窮してしまった。
今となっては決して変だとは思わないが、ちょっと気がかりになった事があるのだ。
ミオは「かわいいから」という理由で、普段から女の子もののショーツを穿いている。
その総数はおよそ十数枚。
先日行われたミオ主催のショーツ展示会では、白地だけでなく、淡い水色や桃色のものだったり、動物のイラストがプリントされた柄ものの他、縞模様……いわゆる〝縞パン〟も持っている事が分かった。
いずれも布面積が小さく、パンティーラインもきわどいセクシーランジェリーばかりなので、それを穿いている姿を思い浮かべては、のぼせ上がりそうな程クラクラしたものだ。
で、明日ミオが体操ズボンに穿き替える際、クラスメートの男の子たち全員に、そのきわどいショーツ姿を見られる事になるというのである。これが心配せずにいられようか。
いかにショーツ姿が似合っていて違和感ゼロとはいえども、ミオは男の子だ。
学校のクラスメート全員が、俺や園長先生みたいに理解のある人間ばかりだとは限らない。
ミオの穿いているショーツを見て、からかったり、あるいは変な気を起こしたりする子が出てきやしないだろうか。
もしかすると、それがきっかけとなってミオに〝悪い虫〟がつくおそれがあるかも知れないわけで、それが気がかりなのである。
……さすがにそこまでは考えすぎかなぁ。
まだお互い小学生だし、男の子が男の子に対して、そんな特別な感情を抱いたりはしないかな?
でもショタっ娘のミオの事だから、可能性がゼロだとは限らないわけで、やっぱり心配だ。
体操服に着替える時のためのカモフラージュ用に、あらかじめ男用の下着を買い与えておくべきだったか?
いや、それではミオに自分を偽らせる事になってしまうからダメだな。
うーん、一体どうすりゃいいんだ。
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