しばしのお別れ

「さ、行こうか」


「うん!」


 出発の準備を終えた俺たちは、仲良く手を繋いで学校へと向かった。


 道すがらでおしゃべりをしながら、前日に学校の事務員さんからもらった地図を頼りに通学路を歩く。


すると、およそ十数分くらいで、ミオが通う小学校の正門が見えてきた。


 これくらいの距離なら、たぶんミオも明日からは道に迷わずに通えることだろう。


 なにぶん登校初日なので遅刻はさせられないと、ちょっと早めに家を出てみたのだが、俺たちが学校に到着したのは午前七時半前。


 どうやら、この時間帯に登校する児童はそんなに多くないようだ。


各教室はもちろん、休み時間には賑わっているであろう校庭にも、ほとんど人気らしいものは見当たらない。


「ミオ、教室の場所は分かる?」


「うん。お兄ちゃんがくれたプリントに書いてあったから、それを見ながら行くね」


「そっか。えーと、忘れものはしてないよな? 教科書とか、筆箱とか……」


「大丈夫だよ。昨日、全部ランドセルに入れちゃったの。ほら」


 そう言って、ミオは背負っていたランドセルを開ける。中には教科書とノートが数冊、そして今流行りのアニメキャラクターが描かれた、かわいい筆箱がしっかりと収納されていた。


 ノートは学校が推奨するものを買ってきたのだが、この筆箱だけは俺のチョイスである。


 この筆箱がきっかけになって、クラスメートと会話が弾めば友達も作りやすくなるのではないか、と思ったのだ。


「大丈夫そうだね。それじゃあ俺も安心したことだし、会社に行ってくるよ」


「うん。一緒に来てくれてありがとう、お兄ちゃん。気をつけてね」


「ああ。クラスの子たちと仲良くな」


 俺はしばしの別れを惜しみ、ミオの頭を優しくなでなでする。


 と、それがミオの甘えんぼうスイッチをオンにさせてしまったのか、ミオは突然、俺に抱きついて甘え始めた。


「お兄ちゃん……さみしいよ」


「ミオ……」


 ――思い返せば、俺が小学校に入学した時も、こんな風にお袋に連れられて登校したんだったな。


 いつも一緒にいてくれた両親と離れて、本格的な集団生活を送ることに、期待と不安の両方の気持ちがあった。


 ただ、どちらかというと不安な方が強かった俺は、お袋にしがみついてなかなか教室へ行こうとせず、先生たちを困らせていたっけ。


 そんな俺だからこそ、今のミオの気持ちは痛いほど分かっているつもりだ。


 この子もまた、クラスになじめるのか不安に思う事もあるだろうし、一時的とはいえ、唯一の保護者である俺と離れることのさみしさは、察するに余りある。


「お願い、早くお家に帰ってきてね」


「うん。約束するよ」


「ありがとう……」


 泣きそうになるのを必死でこらえているミオを見て、俺は、この子がかわいそうで、とてもいとおしくて、離したくないとさえ思ってしまった。


 一体俺はどうしちまったんだろう、こんなはずじゃあなかったのに。


 昨日までは、学校で共同生活を経験させることがミオのためだからと思って、気持ちよく送り出すつもりでいたのに。


 なかなか気持ちの整理がつかない俺は、結局、時間いっぱいになるまで、ミオのそばにいてあげようと決意したのであった。

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