姫野さんの裏の顔

「え?」


 姫野さんのその言葉に俺は固まった。


 昨日の事は忘れて! と言われても何を忘れればいいのか分からない。

 昨日あいつらとカラオケに行った事か?


 それとも結の作った唐揚げの味か?


 何はともあれ何を忘れていいのか分からないし、そんな意図的に忘れるなんて高機能なもの俺に備わっていない。


「ご、ごめん何を忘れたらいいの?」


 にも関わらず、俺は姫野さんそんなことを聞いた。


「昨日カラオケで見たでしょ!」


 相変わらず姫野さんの言葉は前までのようにか細い感じではなくちゃんと芯の通った強い言葉になっていた。


「昨日見たって……」


 そう言われて俺は歌が上手な可愛い女の人を思いだした。


「歌が上手な可愛い人を……見たかな」


 俺がそういうと姫野さんの顔はばっと赤くなった。

 目が髪で隠れて表情はよくわからないが、おそらく恥ずかしがってるのだろう。


 いや、待てよ。

 なんで姫野さんが恥ずかしがってるの?


「そ、それたぶん……私だから」


 恥ずかしがってるのか、そういった姫野さんの言葉は前のようにか細い言葉になっていた。


「え?」


 しかし、俺は信じることが出来なかった。

 だって、俺が見た女性はとても楽しそうに笑顔で、しかもすごい声量で歌っていたのだ。


 失礼かもしれないが、姫野さんからは想像も出来ない。


「だから、あれは私なの!」


 思わず驚いてしまうくらいの大きな声で姫野さんはそう言った。


「もう、じゃあ証拠見せる!」


 姫野さんは髪を後ろで束ねて隠れていた部分が出てきた。

 

 すると、その顔は間違いなく昨日カラオケで見た女の人の顔だった。


「ま、まじか……」


 俺は思わず言葉を失った。

 

「どう? これで分かった?」


「お、おう……」


「じゃあ、昨日の事は忘れて」


「わ、わかった」


 といっても絶対忘れられる訳ないけど。

 だって今も心臓バクバクだ。


 いきなり目の前に美少女が現れた気分なんだぞ。

 忘れるどころか一生残りそうなほどのインパクトだ。


「ほんとにー?」


 姫野さんは俺の顔を覗き込んできた。

 やっぱり可愛い。

 

 ていうか姫野さんは、本当はあんな暗い性格じゃなくて今みたいな性格が本当の性格なんじゃないだろうか。

 だとしたらなんで髪で隠してたのか分からないけど。


「ちょっと信用できないからしばらく監視させてもらうわ」


「か、監視って……」


「本当は別に忘れてもらう必要なんてないのよ、変に言いふらしたりしないかを心配してるだけ」


「そ、そうなんだ」


 何をいいふらすことを心配してるのだろうか。

 姫野さんは本当は明るい性格なんだぜーって言われること?

 明るいとは少し違うかもしれないが、少なからず俺が思ってるような性格とは違った。


 それから俺はなんとか解放されて教室に戻り、朝日や高杉の所へと向かった。


 しかし次の休み時間も、お昼休みも、俺の行く先々で姫野さんが付いてきた。

 しかもずっと俺の事を見てる。

 視線が痛いレベルだ。


「なぁ、姫野さん……だっけかな。ずっと秋月の事見てないか? 髪で隠れてよくわからんけど」


 食堂で飯を食べてる時に朝日がそう言った。


「き、きのせいだろう」


 ちなみに、教室に戻る時に姫野さんの髪は元に戻ってしまった。

 非常に残念である。


「もしかして、姫野さん秋月に気があるんじゃないか?」


「そんな訳ないだろう」


 ある意味気があるのかもしれない。

 それは好意とは別のものだと思うが。


 それから放課後になった。

 俺は、こっそりと姫野さんに接近した。


「ねぇ姫野さん」


「何かしら?」


 どうやら俺と接する時は陰モードの姫野さんはもう消えたらしい。

 言葉に少し圧というか芯みたいなものがある。

 一度正体がばれたらもう隠す必要はないって事か。


「きょ、今日この後時間ある?」


「ないわ」


「カラオケいくの?」


 俺がそういうと姫野さんは少し顔を赤くした。


「やっぱり。じゃあ俺も連れて行ってよ!」


「それは……いや」


「なんで!」


「は、恥ずかしいから!」


「お願い!」


「わ、わかった。今日だけだから」


 必死に迫った甲斐あってなんとか同行権を得た。

 

 何故、今日放課後に時間があるのか聞いたのかというと、これから毎日あれだけ見られてたら気が休まらないので、なんとか説得しようと思ったからである。


 しかし、それがまさか姫野さんと、あの歌うま美少女とカラオケに行ける事になるなんて……

 改めて実感が湧いてくるとまた心臓がバクバクしてきた。


 俺達は2人で昨日来たカラオケに来た。


 受付を済ませ部屋に入りカバンを置いて一息つく。

 が、姫野さんはなかなかデンモクに手を付けない。


「姫野さん歌っていいよ」


「秋月くんからどうぞ」


 姫野さんは少し顔を赤くしながらそう言った。


「そう? じゃあ俺から入れようかなー」


 姫野さんの前で歌うのは少し恥ずかしかったが、俺も【異世界時計物語】の曲歌いたかったしちょうどいいや。


 俺が曲を入れて歌い終わると、姫野さんは俺の方を向いて何か言いたそうだった。


「あの……どうしたの?」


「秋月君、アニメ好きなの?」


「うん、それなりにね」


「そうなんだ……」


「じゃあ、次は姫野さんね」


 俺はそう言って姫野さんにデンモクを渡した。

 姫野さんは観念したのか、デンモクを操作して曲を入れた。


 曲は有名なアニメのオープニング曲だった。

 曲を入れると姫野さんは髪を後ろで束ねた。


「やっぱり可愛いな……」


「い、いきなり何言ってるのよ!」


 思わず心の声ででてしまったらしい。

 曲が始まると姫野さんは人が変わったように笑顔で歌った。


 その姿は本当にかわいくて凛々しくて素敵だった。

 昨日は扉越しだったけど、生できくと鳥肌がたつくらい上手だった。


 歌い終わると、俺の方をちらっと見て少し顔を赤くして座った。


「姫野さん、歌うの好きなんだね」


 歌ってる姿を見て素直にそう思った。


「うん……」


「それに、姫野さんもアニメ好きなの?」


「え? なんで?」


「だってこの曲もアニメの曲じゃん」


「秋月くん知ってるの?」


「まぁ俺もアニメ好きだからね。それなりには見てるよ」


「そ、そうなんだ……」


 姫野さんはそういうとまた少し顔を赤くして下を向いた。

 カラオケに来る前の陰モードを解除した姫野さんは少し怖い感じだったけど、今は柔らかい感じだな。

 

 このタイミングで俺は姫野さんに気になっていたことを聞くことにした。


「あの姫野さん、一つ気になっていたんだけど。みんなに変な事をいいふらさないか心配してるって言ってたけど、何をいいふらされるのが嫌だったの?」


「そ、それは……ヒトカラ……」


 最後の方、声が小さくてイマイチ聞き取れなかった。


「な、なんて?」


「だからヒトカラ行ってるって思われたくなかったの!」


「へ?」


 意外な理由に思わず変な声を出してしまった。

 

 だって教室でボッチを極めてるような人がヒトカラに行ってると思われるのが嫌だなんて予想外だったから。

 それに、俺も実は時々ヒトカラに行ってたりする。

 確かに初めは恥ずかしかったりもしたが、案外ヒトカラってのも悪くなかったりする。

 

「そんなことを心配してたの?」


「だって……」


「実は俺も時々ヒトカラに行くんだ」


「え? そうなの?」


「うん。もしよかったらだけどさ、これからも一緒にカラオケ行かない? お互いアニメ好きそうだし、歌う曲のジャンルもかぶってると思うんだ」


「ほ、本当にいいの?」


「俺は大歓迎だよ! 姫野さんこそいいの?」


「わ、私も嬉しい!」


 その時の姫野さん笑顔はすごく眩しくて、思わずどきりとしてしまった。

 

 それから俺と姫野さんはアニメの話とかで盛り上がった。

 やっぱりというか姫野さんは明るい性格をしていて、話していてこっちも楽しかった。


 話の途中でどうしていつも前髪で目を隠しているのか聞いてみた。

 

 理由は、アニメとかそういうの好きな人は気持ちわるがられるって思ってたらしくてなかなか趣味を打ち明けられなかったらしい。

 でも、アニメとかカラオケは好きだしってなって、どこかで吹っ切れてそれならボッチを極めようってなったらしい。


 それで、今の教室にいる時のような恰好をしていたら誰も寄ってこないだろうってなったらしい。

 でもヒトカラ行ってるとか思われるのは恥ずかしいと思ってるあたりボッチを極めることはできてないな。



 何はともあれ、俺と姫野さんはこのカラオケを気により親しくなったのだ。


 

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