屋上なんて二度と行かない。
遠野リツカ
屋上なんて二度と行かない。
夏休み前最後の登校日、高校生の皆さんはどんな感情になるだろう。まあ、「ワクワク」と答える人が大半だと思う。海に、プールに、お祭り。花火にバーベキューやら何やら、イベント尽くしの期間ではなかろうか。
わたしもそう思っていましたとも、ええ。高校生になってから夏休みは2回目だけど、今年は去年と違い、……初めての彼氏、が、いる夏。彼——
…………昨日までは。
何でかって? フラれたからですよ、昨日の夜。いきなり。直接でもなく電話でもなく、メッセージで。何て言われたと思います?
『ごめん違う好きな子出来た! 別れよ!』
はぁ?
元々結構アホな奴だと思ってはいたけれど、本当にこいつ馬鹿かよって思った。
メッセージで。
一方的に。
しかも文末に大量の絵文字。
え、ごめんって本気で思ってんの? という感じのおちゃらけた文。
『わたしはちゃんと永輔と話したい。
電話しても良いかな?』
そう送っても、既読は付かず。
電話しても出ず。
本当にわたしは、彼に、一方的に、別れられてしまったのだ。
「あのクソ野郎ぉおおおっ‼︎」
おおおおっ‼︎
青空の下に響き渡る野太い声にハッと我に帰る。わたしが今いる屋上から見下ろせば、グラウンドで野球部が練習を始めていた。
時間は12時30分ちょっと前。今日は終業式だけなので12時頃ホームルームが終わった。つまり30分近くここでぼーっとしていたことになる。
足元のカバンからペットボトルを取り出し、残り少ない中身を飲み干した。いつもはそのままゴミ箱に捨てるところだが、ボトルを永輔に見立ててぐしゃりと潰してみる——我ながら恐ろしい考えだ——けれど、それでスッパリ心の中から彼がいなくなるわけじゃなくて。
永輔と出会ったのも、この屋上だった。
2ヶ月前、わたしにとって最悪の事態が重なったあの日。両親が朝から大喧嘩し、どちらも「しばらく帰らない」と言って家出し、唯一の心の支えだった飼い猫のすしのすけは脱走。
あまりにわけのわからないことが重なりすぎて頭の中がパンクして不具合を起こしたのか、本来教室に行かなきゃならないところを人の来ない屋上へ足が勝手に向かい、ぼろぼろに泣いた。栓が外れたみたいに泣いた。
そこに現れたのが、別のクラスの永輔だったというわけだ。
「『俺が、
会うのはいつも屋上で、
少しずつ会話が増えていって、
わたしの寂しさが彼で埋まっていく。
そんな日々が続いていくと信じて疑わなかった。
「わたしの人生こんなんばっかかよ……」
呟いたそのとき、
ピローン
という間抜けな音がひとつ、鳴る。快晴の下でどんより曇った表情が気に食わないとでも言われたみたいだ。
スマートフォンの画面を見ると、メッセージが1件来ている。誰だろうとアプリを開いた瞬間、顔の筋肉が強張るのを感じた。
『誕生日、一緒にお祝い出来なくてごめんね。お誕生日おめでとう!』
はい?
さっきまでのしんみりとした空気はどこへやら、一瞬にして昨日の夜みたいにイライラがマックスになる。
いや、わたしはちゃんと話したいって言ったのに何だこの返しは。
あと、また大量に絵文字付けてくるのは何なの?
というか、誕生日ネタで誤魔化そうとしてるのか何だか知らないけれど——
ガチャ
ガチャ?
音に反応して振り向くと、そこに立っていたのは永輔だった。隣には新しい彼女だろうか、背が低くて可愛い女の子が彼と腕を絡めている。
気まずそうに目をそらす永輔、きょとんと彼を見上げる彼女、そしてさっきメッセージが届いたときよりも強張った顔のわたし。何というカオスな状況。
わたしが顔をスマートフォンの方に戻すと、後ろからホッと息をつく音が聞こえた。何なの、わざとなのかな?
そそくさと屋上の隅の日陰に移動する2人。座り込んで何やらニコニコと喋っている。その姿に、かつてのわたしを重ねてしまう…………なんてことはなく、ただ怒りが増すだけだった。女の子と喋る口があるんだったら、電話出ろや。
はぁ、とため息をつく。何だかもう彼なんかのために悩むことが疲れてきたことに自分自身驚いた。失恋してから、しんみりした時間よりイライラした時間の方が多いに違いない。どうしてだろう、昨日わたしをフッたくせに今日になってもう新しい彼女らしき子とイチャイチャしている姿を見せつけられたからだろうか、それとも馬鹿みたいなメッセージのせいか。
ピローン
再びメッセージの着信音が鳴る。
開くと、それは両親からだった。
まずは母。
『パパと仲直りしました! 今から帰るね』
……イラッ。
いや、とても良いことだ。良いことなんだけどさぁ……、……とりあえず、父のメッセージを見る。
『ママと仲直りしました。今日は外食行こう』
『あと、すしのすけが帰ってきました』
ぴしり、何かが壊れる音がする。
「何なんだよ……」
勝手に喧嘩して、
家出して、
2ヶ月間わたしのことをほったらかして、
すしのすけ逃しちゃったのだってわたしじゃないし、
そもそも飼ってるんだから責任持って最初っから探せって感じだし、
2人でまずごめん言い合う前にわたしに言って欲しいし、
メッセージだって全然申し訳なさそうじゃないし、
一方的にフラれたし、
もう新しい彼女作ってるし、
目の前でイチャイチャしやがるし、
「どいつもこいつも……」
大粒の涙が勝手にぼろぼろと溢れて頰を伝う。液晶画面に垂れた雫は虹色に光るけれど、この涙はそんなに綺麗なものでは出来てない。
ぐいっ、と乱暴に顔をこすったわたしは、永輔とのトーク画面を開く。そして彼のところへずかずかと歩き、
「へっ⁉︎ 葉月……?」
にっ、こり。
と、彼が見たことのないであろうわたしの最高の微笑みを浮かべた。
おどおどする彼と、きょとんとする彼女。よく見たら彼の頰がほんのり紅くなっていて、それに気付いたのか彼女が少し拗ねたような表情をする。
お前がフッてきたくせに紅くなってんなよ。
内心毒づき、わたしはしゃがみこんで彼と目線を合わせる。そしてゆっくり、手を伸ばして——、
——ぐっ、と彼のシャツの襟元を力一杯引っ張った。
「えっ……」
「ほら、見てよ」
彼の目の前にわたしのスマートフォンの画面を見せつける。それが何だと言いたげな顔に向かってわたしは、
「わたしの誕生日、さ。
今日じゃねえんだよこのばぁぁぁか‼︎‼︎」
きっとグラウンドの野球部もびっくりするであろう大声と乾いた音が響き渡る。
何が何だか状況が飲み込めなさそうな顔の目の前の2人にわたしは再びあの微笑みを向けてひらりと手を振った。
わたしはカバンを拾い上げ、足取り軽く屋上を後にした。
次は両親を叱りつけてやるために。
お高いレストランでも予約してもらおうか、と考えながら。
屋上なんて二度と行かない。 遠野リツカ @summer_riverside
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