第3話 ラノベ好き後輩の闘いかた《猫屋敷華恋》その3


1.


 一瞬の静寂の後。

 大講堂全体に、拍手が起こった。大きな拍手、小さな拍手、ゆっくりの拍手、小刻みの興奮気味の拍手。さまざまな拍手がぱらぱらと響くなか。やがて、一部の人達の手で景気の良いリズムの手拍子ハンドクラップになる。

 なかなかノリがいい。その内『猫屋敷!猫屋敷!』とコールでも起きそうな勢い……って、ここは、どこの後楽園ホールだ。


 立ち上がって音頭をとっているのは後ろの方に座っていた大学生のグループだ。年配の男性や、お母さん方は若干おいていかれている感じだが、それでも盛り上がった会場の様子を、楽しそうに頬を緩めて眺めている。

 僕は(あくまで自分のリズムで)拍手しながら、思う。

 しかし――なるほど。「ご清聴」ときたか。


「何言ってやがる。お前がんじゃないか」


 時間の半分を使って丁寧にエンジンをあっためて環境が整うのをまつ。タイミングを見計らってアクセルを床まで踏み込み、火花散る様なスタートの後、そのまま最後まで突っ走った。

 見事なもんだ。やるじゃないか。トップバッターとしては、上出来だろう。

「……」

 それにしても。

「同人活動を舞台にしたクリエイター同士のぶつかり合い、か」

 超有名作だから、そちらに疎い僕でもタイトルぐらいは知っている。いつだったかも、本屋で見かけた。テレビで放映されていたアニメを何期の何話かはわからないがみたこともある。その時はそれほどととは、おもわなかったが。

「意外に、殺伐とした話だったんだな『冴えカノ』って」

 表紙のイラストに騙されるところだった。そう見せて、実は業の深い話だったということか。

「あんなに可愛らしい登場人物ばかりなのに、わからないもんだなあ」

 ライトノベルも油断できん。たしか、猫屋敷んにも置いてあったから、うっかり試し読みしないように注意しないと。

 準備もなしに「深み」とやらに嵌ったら、目も当てられない。


 そんな、僕の個人的感興をよそに、催しは粛々と進む。


 ビブリオバトルには五分の発表の後、三分間の質疑応答がある。

 最初に手を上げて、マイクを読んだのは手拍子の音頭をとっていた大学生だった。

 体を伸ばして待ちかねたようにマイクを受け取り、

「熱いプレゼンで感動しました!『定例』でまさかの『冴えカノ』とは!」

と語りだす。語り口が熱い。作品のファンらしい。

「――『冴えカノ』には魅力的なヒロインがたくさん登場しますが、発表者が一番好きなヒロインについて、教えてください!ちなみに。自分は詩羽先輩です!」

 そして、さらには、ビブリオバトルをわかってる人でもあるらしい。さっき猫屋敷が話足りなそうにしていたから、話をふってくれたのだろう。いい質問だった。

 

「はい! 質問ありがとうございます!」

 よくぞ聞いてくれました! と、大きくうなずいてから、猫屋敷は手にした文庫本(第三巻らしい)を天高く掲げた。

「もちろん! 波島出海ちゃんです!」

「は?」

 意外だったのか。「は?」の声をマイクが拾ったのも、大学生の人は気づいていない。誰だっけ? と僕も思った。先ほどの紹介では出てこなかった名前の様だが。


「波島出海ちゃんは作中唯一の『後輩』です。キャラとしては後発です。地盤も人気もほぼ固定された後に出てきて、不利な立ち位置も省みず、有力ヒロインである英梨々の『カウンター』を務めながら、その努力とアピールは報われることがありません! ふびんです。あんまりです。不憫です!」


「……ええと」


「主人公の後輩であり、思想的に弟子であり、才能あるイラストレーターで、さらにその才能の開花が主人公によってなされるなどの因縁があり、敵対する兄貴のせいで、主人公と敵味方っぽく分かれるも和解してのちに主人公の在籍する学校に入学を果たして、サークルの後輩であると同時に、学校でも後輩になりました。いわば、後輩の中の後輩です。おさげになって大人っぽくなって。ほんとにお母さんは嬉しい! でも、できるなら、もっともっと彼女がメインのお話をみたいのに、主人公は昔の女とか、彼女未満の副代表に振り回されてばかり。あんなに献身的に一途に一生懸命、色んなものをなげうって尽くして、アピールもしているのに!」


「………うん。そうですね」と大学生の人。困ってるみたいだけど、発表者の発言をとめるのはマナー違反なので、助けるすべもない。すみません。


「大体、丸戸さんと深崎さんの奇跡のコラボなのに、何故にこの物語が、ゲームじゃないのでしょうか? そうしたら出海ちゃんルートだってあったかもしれないのに! 本編でなくても、ファンディスクとかでたら、出海ちゃんエンドがみれたかもしれないのに」


 ……よくわからん? それは志が高いのか低いのか?


「何故、『冴えカノ』はマルチエンドのビジュアルノベルとして、この世に生をうけなかったのか!

 天は――天は『後輩』キャラを見放した!」


 何故に八甲田山?

 ちなみに。元ネタは、劇場公開時に流行語にもなった日本映画史に残る名台詞で「『後輩』キャラを」のところを「我々を」とするのが、正しい――が。

 たぶん今は関係ない。たぶん。


「大体なんですか! どうして、この世界ラノベは後輩に厳しいんですか! 先に生まれたらそんなに偉いんですか! キャラ付けだってそうです。『うーん。最近逆風が吹いてて、後輩だけじゃよわいなあ。せめて胸だけでもおっきくしとくか、それでバランスがとれるだろう』とか! 雑にもほどがあるでしょう!」


 ……猫屋敷。お前はいったい誰の話をしているんだ。


「その上、他のキャラに年下属性とられたら、後はどんな武器で戦えばいいんですか! 懐いているだけでいいんですか! それとも拗ねた方がいいんですか! 素直だけじゃだめで、甘えれば家族扱いの恋愛圏外。ちょっと焼きもちを焼いたりすれば『腹黒い』とか『ヤンでる』とか、まるで邪魔者あつかい! メインストーリーからフェードアウトせずに自分のルートに入ったかと思えば、回ってくる役がラスボスとかそんな立ち位置ばっかり。どうしてこうも、極端な味付けばっかりなんですか! 先輩! ねえ! そう思いませんか! センパイ!」


 僕はただのオーディエンス。僕はただのオーディエンス。


「――光を! 後輩キャラにもっと光を!」


 ぽーんと電子音がして、三分間の質疑応答が……ほぼ猫屋敷の独演会でおわった。

 質疑応答の三分間って、長いようで短いよな。


2.


 と、そんなこんなで、いろいろあったビブリオバトル後の帰り道。文化公園内の遊歩道へ寄り道して帰ることにした。

 大講堂で希望者が残っての語り合い。連絡先の交換。ちょっとした事務手続きに日程調節と貸館申込書。小会議室で荷物を回収した後、駐車場でみんなとわかれ僕が本を借りるために一般閲覧室のある本館へ行き、それに猫屋敷がついてきて。

 結局、18時の閉館近くになった今は、二人だけになった、のではあるけれど。

 さっきまでは笑いながら話していたのに、とたんに猫屋敷の口が重くなった。

 いい発表だったと思うんだが、チャンプとり損ねたのが堪えたのだろうか。

 そんなことを思っていると

「綾乃ちゃんにチャンプ奪られるとは思いませんでした」

などと猫屋敷がのべる。

 それな。僕も意外だよ。柴藤さん、直前までどっかに魂とばしてたのにな。

 演壇に立った途端に覚醒したみたいに堂々と話し始めたっけ。

 最初は、ほとんど意識がないような状態だったけれど、猫屋敷の発表を聞いている内にだんだん『火』が入ってきたのだと、後で隣に座っていたレオンに聞いた。


「猫屋敷の方は、どうよ? 緊張したか?」

「最初だけ。少し」

 反省会をやりたいわけじゃないけど、妙に会話が重い。主に猫屋敷のレスのせいで。

「さてどうしたものか」と迷っていたら「センパイ」と、猫屋敷から問いがあった。


「聞いても、いいですか?」

「なんだよ?」

 僕はそう答えたのだけど、猫屋敷から返事がない。

 立ち止まって、石畳を見つめて、黙ったまま、唇を噛みしめて。

 僕は、振り返って正対した。

「なんだよ」

 もう一度、繰り返す。

 

 猫屋敷は、最近のアニメなら猫耳が生えてるであろうあたりを、人差し指でコリコリとかいてから、うつ向いていた顔を上げて、視線を合わせてきた。

 真面目な話をしたい時に、猫屋敷こいつがやる仕草だ。

 それがわかったから。僕も、軽く、でも深めの呼吸をして、ちゃんと真っすぐ猫屋敷の目を見る。


「先輩が、いつも書いているのって、『小説』ですか?」


 なんで、そんなことを聞くんだ。なんて問い返そうとして、思いとどまる。

 答えを先延ばしにすることには意味は無い。だが、予感がある。この秘密ともいえない秘密をばらしてしまったら、後戻りできない。そんな予感があった。

 きっと後悔する。そうも思った。だけど。


「そんな、大したもんじゃない。ただの暇つぶしだ」

「評論とか感想とか、ビブリオバトルの準備とか、じゃなくて?」

「そういうのを書いている時もある。けど、ノートは分けてる」

「灰色の、ノートは?」

 僕は、ため息をついた。なんで、そんなことまで、見てるんだ。

「あれは、まあ、小説、かな」

 くそ。結局しゃべる羽目になったか。が、仕方ないような気がする。こんな表情をしている猫屋敷に、小手先のごまかし……いや、裏切りをする気になれない。

 小さくため息をついて、猫屋敷の様子をうかがう……と、何故か小さく震えていた。

「先輩……」

「なんだ?」

「センパイ!」


 だから、なんだよ!、と流石に強く言おうとした時、猫屋敷はぐっと距離を詰めると鞄をその辺に放り投げ、右手で僕の左手を握って、自分の胸元に引寄せた。


「わたしと一緒に!最強のギャルゲーをつくりませんかっ!」

「人をナチュラルに地獄に誘うな馬鹿ものおっ!」


 すぱーん。

「あいたーっつ」

――と良い音がした。


 猫屋敷の『頭』と、僕の持つ大きな扇子のようなもの……いわゆる『ハリセン』がぶつかった音である、が……ああ、しまった!


「すまん! 思わず、はたいてしまった! だ、大丈夫か? 痛かったか?」

 さすがに慌てる。パーティグッズの類とはいえ、思いっきり女子の頭を殴ってしまった。我に返って後悔する。

 ……というか、振り上げてから振り下ろすまで何の躊躇も覚えなかったな。

 なんか呪いでもかかってるのか、これ。

「え? あ、あれ? それですか? 今のは」

 一時の熱狂もどこへやら。我に返った様子で「きょろきょろ」と辺りを見まわした後で、猫屋敷は僕が手にした「ハリセン」に気づいた。

「……ん、もうぉ。おっきい音のわりに全然痛くないし、びっくりしただけですけど。なんですかそれ?」

「別れ際につむぎさんに渡されたんだよ」

 置きっぱなしの荷物を取りに戻った小会議室での事。呼び止められて振り帰ったところ、この「ハリセン」をもって微笑んでいるつむぎさんがいて――そして。

『今こそ、あなたにはこれが必要だと思います』という言葉とともに。

 両手で斜めに捧げ持つような持ち方で、手渡された。

「なんですか!その『湖の乙女から聖剣を渡される』みたいなセリフとシュチュエーション!」

「おお、やっぱりそう思うか! 僕も思わず片膝ついて受け取ってしまった!」

「……センパイ、つむぎさんの事どんだけ好きなんですか」

 ほっとけ。


3.


「……それはともかく、仮に俺が小説――みたいなものを書いていたとして。悪いが、一緒に冥府魔道を旅するつもりはない」

 たとえ乳母車にマシンガンが搭載されていたとしてもな。

「冥府魔道って。先輩、『冴えカノ』をどんな話だとおもっているんですか?」

「どんなって」

 あの、猫屋敷の発表から推測される「創作者に宿命づけられた己の才能との闘い」とか「超絶クリエイターの蟲毒」とかそんな感じを想像しつつ、さらには野球地獄で漢を磨きながら互いの友情を確かめ合うみたいな話の、ゲーム製作者版みたいな印象を受けたのだが。

 …………

 群雄割拠の時代。死闘の果てに英雄たちは一人消え二人消え。今や中原を制するのは、味方に二十倍する巨大帝国。

 かつて三顧の礼を持って迎えられ、草莽の勢力に過ぎなかった頃から常に主の側にあった副代表は、主無き今、国の未来を背負い、ただ一人、全軍をひきいて、北征を開始する。

 季節は秋。遥か彼方の敵陣にかつて同じ夢をみた戦友ともの影を感じ、ふと仰ぐ夜空に――

 今、ひと筋の流星が……


「待ってくださいぃぃぃっ!『冴えカノ』はそんな話じゃありません! あんなにドキドキきゅんきゅんする青春ラブコメが、なんでそんな悲壮感漂う大河歴史ロマンになるんですか!

 しかも、なんか倫也先輩は死んでて、その後の業界再編(の比喩。たぶん)で恵さんと英梨々が(結局仲たがいしたようで)覇権をめぐって雌雄を決するとか、あのラストシーン(最終巻)を迎えた現在いま、いっちゃん『冴えカノ』でやっちゃいけない想像ですよーっ」

他人ひとに責任を全部押し付ける前に、お前は二時間くらい前の自分の言動をおもいだせーっ」


 情熱系のバトラーはその情熱のあまり、時に本当に言いたいことを見失う。(ビブリオバトルあるある)


「で……」

 あらためて問い直す。

「どうして、小説だなんだとか、そんな話になるんだ?」

「すみません。身近に小説書ける人がいるなんて、今までなかったので、ちょっとうろたえました。聞きたかったのは別の事で。

 でも、ほんとに? 先輩、小説とか書く人なんですか?」

「いや、僕の方が聞きたい。口ぶりからして今まで考えもしていなかったことに、急に気付いたみたいだけど。なんでそんなことを、突然、思いついたんだ?」

 急に行動を変えたつもりはなかったのに。猫屋敷にも確信は無かったみたいだし。


「それは、その……先輩がなんか最近悩んでるみたいで。どう話しかけたものかとおもって。それで、三時の休憩あたりに本屋さんへ行って、つむぎさんにお茶菓子ごちそうになってる時に「知り合いにこんな人がいるんだけど」と、それとなくぼやかして相談したのに、いっぱつで特定されて」

 ……何をやっとるんだ。猫屋敷おまえ

「……で。そしたら

『とても素敵なノートを広げて。お気に入りの鉛筆を持って。静かな窓辺にすわっているとしたら。……華恋さんなら、そのノートに何を書きますか?』

って――つむぎさん、が」

 僕は目元を右手で覆って、夕暮れの空を見上げた。


 なんであの人は、それだけの情報でこっちの様子を特定できるんだろう? それとも何か他の情報源ソースでも――あ。

「……お前、つむぎさんに僕の事いろいろ伝えてるだろ?」

「ひうっ(びっくん。) そんな! まったく! ぜんぜん!」

「うそつけ」

「ふにゃうう……」

 目を泳がせ始めた後輩の言葉を遮って、断言すると妙に動物的な挙動で身をすくめ、その後、ぴょこんと首を起こしてぶんぶんと両手を振った。

「それで! 先輩の小説、何処で見れるんですか! カクヨムですか! な〇うですか! ア〇ファ〇リスですか? 先輩がエブ〇スタとかは正直さすがに想像できないんですがー」

 あからさまに、話を逸らせようとする意図がみえるが、まあいいかと応じる。


「よくわからんが。誰かにみせたことはないぞ」

「は?」

「だから、僕はノートに、……その、空き時間に書いているだけで、そもそもこんなの、誰かにみせるようなもんでは……」


 すると……猫屋敷は「よろり」とよろめいた。

「ありえない信じられない。今時、パソコンもケータイも使わないで、ツバメノートと鉛筆で小説書いている人がいるなんて……はっ!」

 何かに気が付いたように、猫屋敷が目を見開く。

「もしかして! そのノート! 鉛筆書きの文章を投稿サイトにアップロードできる機能があるんですか!?」

「残念ながらきわめて普通のノートだっ!」

 ツバメノートはいいノートだけど、そんなビックリ機能はついてねえよ! 

 そして! いずれそんな機能を実装したノートだって作るかもしれないけれど、できれば今のノートも変わらず作り続けてほしい!

 ……ではなくて。


「だいたい、媒体なんて何でもいいんだよ。要は書けさえすれば」

「そんなセリフは一か月に300バイト、クオリティを落とさずにコンスタントに書けるようになってから言ってください!」

「……それって、どのくらい?」

「原稿用紙で400枚にちょっと足りないくらいです!」

「できるか!自慢じゃないがまじで『鉛筆』と『ツバメノート』だぞ! アマゾンの熱帯雨林が砂漠になるわ!」

「なるわけないじゃないですか。先輩くらいですよ。そんな縄文時代」

 やかましい! 3000年もあれば、普通の杉だって世界遺産になるんだぞ! 縄文時代なめんな!


4.

 わかった! やっとわかったあ! ああ、すっきりしたああっ。

 ここしばらくのココロの重荷がどこっかにとんでくような気がするう!

 ずっとずっと、ずうううっと気になってたことが解明されたのです!

 先輩が開いたり閉じたりしていた、あのノートには小説が書かれていて。

 センパイは小説を書く人だったのです!


 私、猫屋敷華恋は(どうも人から悩みとは無縁とみられているらしく)友達から悩み事を相談されたりとか、けっこうある方だと自負しています。が、そもそも話してもらえるほどの信頼関係ってやつがないと、相談されたりもしません!

 むしろそのことの方が、友達の悩み自体よりも、ずっとショックだったりするものです!……いえ、相談受けている身でそれはそれで、失礼な話ではあるのですが。でも、独りきりで抱えてしまった悩みというのは、誰かに話せるのならその時点で重さが半分くらいになったりします。

 だから、何を悩んでるか、誰かに話せただけでこれはもう大勝利なのです!

 そして! 先輩が「秘密」を話してくれたってことは、私と先輩の間にはそれ相応の、つまり「相談とかしてもいいくらい」の信頼関係があるってことです!

 よっしゃああああああああっ! 勝ったあ!

 やっぱり人間関係は勢いとタイミングです! 突撃あるのみです! 悩んでいたのが嘘みたい! 


 ……でも。そっかー。先輩、お話とか書く人だったんだあ。自分で小説とか書いたりする人だったんだ。えへへ。うれしいなあ。ずっとこっちに近い人だった!

 頭の中を色んな小説や登場人物たちがぐるぐるまわりだしました。


 平坂読さんの『妹さえいればいい。』や『ラノベ部』、伏見つかささんの『エロマンガ先生』、恵比須清司さんの『俺が好きなのは妹だけど妹じゃない』とか! そしてそして時雨沢恵一さんの『男子高校生で売れっ子ライトノベル作家をしているけれど、年下のクラスメイトで声優の女の子に首を絞められている。』(いつも思うけど、タイトルなっが!)そしてそしてそして、何よりも『冴えない彼女の育てかた』の霞ヶ丘詩羽先輩と安芸倫也先輩!

 出海ちゃんと英梨々の絵描きさんグループも好きですが、詩羽先輩と倫也先輩の物書きさんグループの師弟関係だって私は大好物だったんですよ!

 それがこんな身近に自分で書く人がいたとか!

 ああ、ラノベ読んでてよかった! ビブリオバトルやっててよかった!

 ありがとう『冴えカノ』!ありがとう『冴えカノ』!

 なにが突破口になるかわかりません! ほんと!


 もう大興奮です! 身近に自分で書く人がいて、しかも! これって、あれですよ! センパイがエンピツで書く人だということは、この私が、誰よりも先に読めるってことですよね! 世界で一番最初に!


「しょうがないですねえ」

 夕暮れの文化公園。

 私は、レンガ敷きの遊歩道の上で、お気に入りのチョコレート色のパンプスをくるっと一回転させて、先輩の正面に立ちました。

 こうなれば、センパイの後輩である私が、ひと肌脱ごうではありませんか!

「私が、ケータイで打ち直して、アップロードしてあげます! あ、その前にアカウントつくらないとー」

 とりあえずとりあえずと、色んなこれからを思い描いて、うれしくて、ただうれしくて。先輩といろんなことができると、楽しくて。

 と、浮かれて……浮かれまくっている私とは裏腹に。

 先輩は、眉をひそめて渋い顔をしていました。

 こっちは何にも納得しとらんわ。と、縦筋刻んだ眉間に書いてあります。


「誰にも見せるつもりはないと、いってるだろ」

「ええー私、小説のノートを回し読みするとか憧れてたのに。昭和な感じで」


 そうですよ♪そうですよ♪

 そこから、ちょっとエッチな同人ゲームつくって、コミケで伝説になって、会社になって、もう少しエッチだけどメラメラ燃えるゲームができて、アニメになって、コミカライズされて、コンシューマーゲームに移植されて全部のセリフに声がついて、同人誌で発売された外伝が超豪華声優陣でオーディオドラマになってアニメ化されて、別ルートもアニメ化されて、スマートフォン専用ロールプレイングゲームになって業界の地図を塗り替えて、ようやく最後の、ずっと報われなかった後輩さんルートが劇場版三部作で……


 学生時代に回し読みする鉛筆書きのノートには、そんな奇跡と栄光とサプライスと夢が詰まっているのですそのはずです!

 ああ、どんなお話だろう! どんな物語だろう! 先輩はどんな小説を書くのだろう!


 とそんな風に、目の前の先輩の様子にさえ気が配れないくらいに

「あんなものは人に読ませるものじゃない」

 テンションが上がって、浮かれ切っていた私の耳に、

「読んだって、面白くない。あんなもん小説じゃない」

 先輩の、吐き捨てるような声が、聞こえました。


 あんなものが、物語であるはずがない――と


 そんな先輩の声を聴いて、その表情を見た瞬間。

 上がりきったテンションが反転して、目の前が真っ白になるような気がした。


 ◆◆◆


「面白くないって、どうしてわかるんですか! なんであんなもんとか、いうんですか!」

 猫屋敷の声が変わった。

「つまらないかどうかなんて、読む人によって変わるのに! どうして先輩が私の『面白い』を決めるんですか!」


 気が付けば。猫屋敷が両足を踏ん張って、こちらをにらみつけていた。

『火』が入っているのが分かった。

 なんでかわからないが、目じりに涙までためて。


「私の『面白い』は私が決めます! 勝手に決めないでください。そんなの! たとえ先輩にだって……作者の人にだって、決められたくありません!」

 その、あまりに傲岸不遜。あまりに厚かましさに、混乱する。そんな僕に猫屋敷は、右手を開いて突き出した。

「四の五の言わず、まずは読ませてください!」

「書いている僕が! 誰にも読ませないと決めたんだぞ!」


 僕自身が書いているのにそれすら決められないのか? 何様のつもりでこいつは!

 ふざけるな――と、怒鳴りそうになった、その時。


「でも」

 釣り上げていた目を、ふいと緩ませて、猫屋敷華恋が、笑った。 

「センパイはそうでも――『物語』は読んでもらいたがってるかもしれないじゃないですか」


 ――こんにゃろう。

 猫屋敷の分際で、いいセリフ言いやがって。だが

 ええい、しゃくにさわる。こいつの言うとおりになぞ、なりたくない。

 クソ! 僕にもこいつの『冴えカノねつ』が伝染うつったか。だが。

 絶対にわずかでも「猫屋敷こいつのセリフで自分がゆらいだ」なんて、認めたくない。

 

 すくなくとも――今は。


「断る! だいたいなんで猫屋敷おまえ経由なんだ」

「私の何が不満なんですか!」

「……お前、読んだらダメ出しするだろ?」

「あったりまえじゃないですか! 身内に書ける人がいるとわかったら、自分好みのきゅんきゅんするようなラブコメをいっぱい書いてもらうにきまってるじゃないですか!」

「そーゆーところだああっ!」


 ばあああああん。と夕焼け空にハリセンの音が鳴り響く。

 僕は、今度という今度は何の遠慮もなく、思いっきりは振りぬいた。――が。


 僕はこの一件に関してはもちろん一切、後悔しなかった。



《猫屋敷華恋編》完 


第4話 アフタースクール・プログレッシブ 《柴藤綾乃》その1へ つづく


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