第2話 ラノベ好き後輩の闘いかた《猫屋敷華恋》その2
「えっと。『こんにちはー』 きこえて、ますかー?」
猫屋敷の『5分間』は、元気いっぱいの挨拶とともに、そんな風にはじまった。
◇◇◇
「初めまして! 猫屋敷華恋です。高校生です! ビブリオバトルはいつも仲間内でやってるのですが、図書館の『定例』は初参戦で、今もう心臓がばっくばっくいってます!」
「さらに言いますと、ウチの会には『縛り』がありまして。ホラ、あれです。夏にホラーや海、3月に卒業。2月にバレンタイン、12月にクリスマスみたいな「テーマくくり」、ジャンルなら、恋愛小説、冒険小説に推理小説。種類でいえば、児童書、絵本や写真集や、変わったところでは辞書や参考書なんてところもあるそうですが、そういう『お約束アリ』のビブリオバトルでした!」
「そもそも『ビブリオバトル』は、理系分野の大学生さんたちが仲間内で読むべき専門書を紹介し合ったことに始まったと聞いています。
『専門分野の仲間内で専門書しばり』は原点回帰というか、先祖返りというか。『読むべきものが多すぎ、かつ時間は有限だから、各自が呼んで役に立った本を持ち寄ろう』という点を出発点としているわけですから、これはもうビブリオバトルの原初の姿、いわばシーラカンスのような形態じゃないかとおもいます!……で、私たちがなんの専門分野について語り合わんとしていたかというと!」
「ライトノベル! 通称『ラノベ』です!」
◇◇◆
――猫屋敷がマホガニーの演台に置かれていた文庫を手に掲げた瞬間、『おお~』と、感心したような、どよめきが起こった。
ぱらぱらと拍手まで起きた。
猫屋敷は猫屋敷で、なんかやり切ったようすで、額の汗をぬぐっているが。
「(小声)ばかやろーっ。『ラノベ』に感心したんじゃなくて、高校生がビブリオバトルの歴史を知った上で、参加しているんだってところで褒められてんだよ! ラノベが受け入れられたからでも、お前がもってる文庫をみんなが知ってるわけでもない!」
うっかり独り言が漏れた。階段教室の一番上の一番奥でじたじたと足踏みする。くそっ! せめてもう少し近くに居るんだった!
猫屋敷! わかってんのか! お前、肝心の本の話、まだなんもしてないぞ! 5分しかない発表時間の内の1分を使い切って!
時間がない! 巻けっ巻きで進めろ!――ああ、こんな後ろじゃ何も言えない!
「近く、すぐそばに……に誰か」
つづりさんは……笑ってるだけか。レオンは……ああ、面白がってやがる! ノエルとディアナさんは拍手の意味をわかってない! そうだ! 柴藤さん! 柴藤さんなら――
「……」
あああっ! 意識を失ってるうう!
――と、こっちの心配のよそに、猫屋敷の発表と時計の針は、進む。
「で、何故に『ラノベ回』だったかといいますと、仲間内にですね。本はなんでも読むくせに、頑なにラノベを読もうとしない人がいまして。
こんなに面白いものがあるのに、読まないなんて人生損をしている。いっちょみんなで、体育館裏に呼び出して、ヤキ入れてやろうぜ――的なノリで、女子5人で謀議の上、その男の人をいつも集まってる『第二小会議室』に誘き出したしたんです」
おい猫屋敷、なんだとコラ。てめえ、コラ。なんだ、コラ。やんのか、コラ。
「だって、そんなの。寂しいじゃないですか。すごい近くにいて、長い間側にいて、それで同じものを楽しいって思えたら、きっとすごく、楽しいのに。
同じ目的や、理想や、楽しいことを目指して、しゃべったりわらったりしながら、そこへ向かっていけたら――そりゃあ、つらいことや悲しいこともあるかもしれなけど、楽しいことは、きっと、何倍も何十倍も、楽しくなるに決まってるのに!」
「……」
ばかやろう。
………僕が、ラノベ読まないのは僕の事情だ。僕だけの事情だ。お前にとやかくいわれる筋合いはない。余計なお世話だ。大した問題じゃないだろう。ほっとけよ。
「……」
だから。猫屋敷。
お前が、そんなに、悲しそうだったり一生懸命になったりするほどのことじゃないんだよ。
何となく。言葉をなくして、僕は背もたれに深く座りなおした。
息を吸って、気分を切り替える。
今日はせっかくのビブリオバトルだ。そして僕はオーディエンスだ。
オーディエンスにはオーディエンスの義務と矜持がある。見届け、咀嚼し、票を投じるために、バトラーと本に、向かい合わねばならない。
演壇の『後輩』をみながら、聴く姿勢になる。
その視界の隅。机に突っ伏していた柴藤さんがゆっくりと体を起こすのが見えた。
彼女が、今どんな状態なのかはわからない。ただ、何か「雰囲気」が変わったように感じた。
猫屋敷の声は、なおも続く。タイトルは明かされない。時間が半分を切る。
「どうしたらもっと話せるだろう。どうしたら私の『好き』が伝わるだろうか? そんなことを考えていて、この『小説』を思い出しました。……すこし遠回りしましたが、それが今日ご紹介する一冊。そして――ずっと、紹介したかったライトノベル」
と自分の胸元へ一冊の小説を、掲げる。
「
◇◆◆
――私の声は、届いてますか。
――本当なら、もっと「近く」で話すつもりでした。
いつもの図書室。学校の帰り道。寄り道した本屋さんの文庫コーナー。休日の図書館。先輩のいつも座っている、あの席。
そんなところでいつもやってる、冗談を交えながらの、会話の延長で。
そんな風に少しずつ近づいていけば、「あの時の彼」に近づけるような気がしていた。どれほど近くにいても遠く感じるあの人に一歩だけ近く側に、そして何も言えなかった自分から一歩踏み出せるような気がしていたのです。
だから、ほんの少しだけ、違う事をやってみるだけの、つもりでした。
でも、講堂という舞台が、50人の聴衆がそんな甘えを許さない。お腹の中から声を出さなければならないし、頭の中で内容を組みかえて発表の道筋をつくらなくてはいけない。友達同士なら省略できる言葉、仲間内なら言わないでもわかるセンテンス。それを一切、省けなくなる。
やさしい「コミュニティ」を追い出された私は、哀れな放浪者だ。
道行く人も、物売りも、誰も彼もが訝し気な視線を向ける。そうしてようやく、重い体を引きずって初めて訪れた冒険者ギルドに入った――そんな気分。
無関心という「守り」が砕かれる。視線が突き刺さって、痛い。こちらを注視する100個の目玉が、重たい。今なら、一個だけなぶんだけバッグベアードだって可愛がれそうな気さえする。
だけど、入口で立ち止まっていたら、『冒険』なんて始まりっこない。だから――
できる事とできない事を脳みその隅で整理する。残り時間を把握する。
脳みその普段使ってない部分が過負荷に耐えかねて熱を持ってるような気がするけれど――よし。大丈夫。
怖さは愛で克服する。弱さは熱で補え。武器を選択し装備を点検して。そして、馴れ合いのオブラートに包めなくなった「本音」を、余所行きの包装紙に包みなおす。
珍しいことじゃない。いつだって、誰だってやってることだ。
――わかってる。
「イベント」のビブリオバトルで「バトラー」になるということはこういうことだ。
小さく息を吸い込んで、
「……――っ!」
音がしないように、吐きながら、お腹の『中心』に力を蓄える。
私は、なけなしのプライドと意地とともに、笑顔で胸を張った。
こんなところで怖気ていては、また『先輩』に怒られる!
「『冴えない彼女の育てかた』は、丸戸史明さんによるライトノベル作品です。2012年に刊行が始まり、2017年10月に本編が完結しました。イラストは
少し、間を開ける。オーディエンスのためではなく、私のためにこそ必要な『息継ぎ』。ああ、コーラが飲みたい。ファ○タでもいい。今なら、1.5リットル一気飲み出来そうな気がする。
「知ってる人には言わずもがなですが、これからもしかしたら読んでくださるかもしれない方のために、物語の『入口』だけを簡単に。
主人公は高校生で、自ら『オタク』と名乗るというか、開き直って日々を過ごしているアニメやゲームが大好きな男の子。そんな彼は満開の桜の下で、一人の女の子と出会い、恋に落ち……たら、普通の恋愛小説なのですが、何故かこの女の子『加藤恵』を主人公としてゲームを作ることを志してしまいます……思えば、この思い付きこそがそもそもの間違いだったんじゃないか。いや、あの時素直に恋愛を始めとけばこんなに巻数いらなかったんじゃないか、とか13巻全部読み終えた後で、ちょこっと思ったりもします。――ああっ、しまった。ビブリオバトルだから、あんまりネガティブなこと言わないでおこうと思ったのにー」
軽い笑いが返ってきて、少し気分が楽になる。発表作が知られすぎているのはビブリオバトルでは不利に働く。でもそこは『消費型オタク』(by安芸倫也『師匠』)のサガというべきか。『冴えカノ』を――自分のおススメを知っている人がいるだけで、テンションが上がる!
「とはいえ、自分では絵も描けず文章も書けない主人公。彼『安芸倫也』は、同じ高校の生徒の『霞ヶ丘詩羽』と『澤村・スペンサー・英梨々』にゲームの共同制作を持ち掛けます。実はこの二人、高校生ながらプロの作家であり、あるいはプロ並みの実力を持つイラストレーターだったりします。ところが、このメンツがそろったなら成功は約束されたも同然!……とはなりません。それぞれの専門分野で最先端に立つ彼女たちはそれぞれに理想も高く。だからこそ苦吟と惨憺の末に絞り出すようにして作品を作っていきます。
その道筋がひたすら苛烈です。どうしてこんな苦労をするのか。しなくてはいけないのか、と、みているこっちが思うほどに、ひたすら自分達を追い詰めていきます。同人活動という狭くて深くてしんどいわりに報いの無い分野の創作活動にかける彼らの情熱と、その反動で彼らが受ける痛みに息をのみながら読み進めていって……ふと、ある時気づきます。『あれ? 自分はラブコメを読んでたんじゃなかっけ?』と」
「さらに物語の後半。主人公は苦労を共にした仲間たちと、袂を分かつことになります。いやそれどころか、サークル自体も崩壊しかかって……いや、もう壊れてるよね。これ? ってくらいな感じになります。
そんな中で、残されたメンバーとともに、主人公とヒロイン加藤恵は、手探りで作品を作っていきます。彼は、そして彼女は、理想のゲームを探すために、自分たちの心に、人間関係に、恋愛に深く深く潜っていくことになります。でも、そこには痛みも戸惑いもあって。しかし、心地よさや、楽しさもあって。その一つ一つ、せつなさや苦しさや、悲しささえも求めて。ドキドキしたり泣きたいほどに苦しいことを、忘れずにゲームのスクリプトの中に刻み付けながら――
この過程、とくにヒロインとして急成長するというか、覚醒する恵さんがもう、加速度的に可愛くって仕方ありません! ただひたすらに尊い! ただ、あらためて気づくと、とんでもないことに彼らは、恋愛をしながらゲームを作っているのではありません。ラブコメ・ジャンルのライトノベルなのに、ラブもコメディも、ゲームを作るためにやってるのが、このお話の凄いところです!」
気が付けば。講堂は静まり返っていました。「ああ、やっちゃった」なんて思う。そして「私、やっぱり『冴えカノ』好きなんだなあ」とか、改めて思ってしまいました。
話し始めたら、止められないや。
◆◆◆
「もちろん『冴えカノ』は、主人公と可愛い女の子たちが楽しくゲームを作っているお話です。むしろ今日はそのあたりをめいっぱい語りたかったし、語るつもりできたのですが、残念ながら全部は語れそうにありません」
ぴーん。と、ここで乾いた電子音がした。のこり1分。
「でも、最後にひとつだけ」
「彼らは自らが作り上げようとする『ゲーム』に、一切の妥協しません。妥協を許しません。折れかけている仲間にすら折れる事を許しません。
――それは、何故か?」
そう問いかけた瞬間、私は思わず笑いました。初めて読んだ時の感想を思い出したのです。
妥協して、適当なゲームを作ればよかったんです。『倫也先輩』は。
イラストはクラスの絵の上手な子に頼めばよかった。文章は自分が書けばよかった。気楽にゲームを作って自分でCDに焼いてコミケにいって適当に売って完売したら喜んで、見たくないけど感想が知りたいからエゴサーチして落ち込んで。それを彼女や後輩に慰めてもらって、また始める。そんな「ゆったりまったり」な学園生活でもよかった。13巻もあればそれでもあのラストにたどり着いたかもしれない。なんだかんでいっても倫也先輩に頼まれたら、恵さん、手助けしそうだし。
なのに、彼は全力で走る。走ってしまう。大手サークルになる野望も、起業して会社化する展望も持ってないのに、なんで「最高のメンバー」を集める必要があるのか。
なんで「最強のギャルゲー」なのか。
「彼らがやっているのが、『同人活動』だからです。
好きだから、楽しいから、面白いから、集まって『何か』を創り出す。その過程そのものにこそ、ワクワクする『遊び』だからです!」
商売ではない。名誉でもない。『自分自身の満足』へ向かってひた走る。
「同人活動とは『自己満足』が到達点の創作活動です。
主人公には、誰も見たことの無い、しかし確固たる自分だけの『憧れ』だけがある。そこを目指して疾走するんです。同人で自分達のお金と時間でやってるんだから、 何処でやめても、途中で打ち切っても構わない。見切っても諦めてもいい。でも、だからこそ、この主人公には妥協がない。資金も時間も納期……じゃなくて締め切りさえもクオリティを下げる理由にはならない。何故なら。彼にとっては自分が見たいものが、創りたい物だから!」
何かを楽しむ気持ちと、何かを創作したいという気持ちには距離はあっても、断絶はない。そこに境目はない。どんなに遠く離れていても、地続きに続いている。
ただし、歩きださなければ決してたどり着けない。そういう場所なのだと思う。
クリエイターと呼ばれる人たちは、そのことを知っている人たちなのだろう。
『見たいもの、欲しいものがあるのなら。自らの手で創り出せ。そのために歩き出せ。そして、たどり着くまで、歩みを止めるな。そうすればいつかたどり着く』
それこそが青春ラブコメ『冴えカノ』を貫く、もう一つの『主題』だ。華やかな会話劇の半音下「♭《フラット》」で熱く重く繰り返し繰り返し奏でられる、ライトモティーフだ。
「主人公である『安芸倫也』という人の凄さ、というか怖さはここにあります。彼は純粋な創作意欲……あるいはもっと根源的で本能に近い『衝動』そのものです。「遊びたい・見たい・楽しみたい」だけの、エネルギーの塊です。
だからこそ、他の人間を巻き込んで離さない。たとえその先に地獄があろうと天国があろうと、周りの人間を引きずって歩く人間です。普通の人間が付いていける人ではない。そしてだからこそ、引き寄せられるように、同じ種類の人間が集まる……」
霞ヶ丘詩羽、澤村・スペンサー・英梨々、氷堂美智留、波島出海、波島伊織、もしかしたら、紅坂朱音も。
彼ら、彼女らは、みな主人公と出会い、それまでの自分が持っていた価値観やバランス感覚のようなものを揺さぶられ、破壊され、結果として『同じ人間』になってしまう。
そして、最後にただ一人。
主人公に揺さぶられもせず、破壊されなかった『
この物語を、主人公の下に集ったクリエイターたちの、『創り手』としてのアイデンティティを賭けたバトルロイヤルだった、と仮定しえるならば。
『冴えカノ』とはそういう話なのだと、極論できる。
「このへんの雰囲気というか空気というか凄みは、アニメだけでは伝わらないんじゃないかと、感じています。
だからアニメには、アニメだけのシーンがあったのだと思いますし。アニメだからこそできた表現の凄さもありましたし。
でも!だからこそ『冴えカノ』の『深み』には、ぜひ小説でハマっていただきたい! アニメでこの物語を知った方にこそ、小説版『冴えカノ』を全力で楽しんで欲しい!――という個人的願望を最後にお伝えして。
私の発表を終わらせていただきます」
乱れた呼吸を沈めるように、胸元に手を当てて、私は頭を下げる。
「ご清聴、ありがとうございました」
――こうして。私、猫屋敷華恋の、怒涛の『五分間』は、終わった。
《猫屋敷華恋 》その3に、つづく。
※『キミラノ利用者代理視点(華恋にとっての『先輩』)』→『猫屋敷華恋』への呼称を『華恋』から『猫屋敷』へ変更いたしました。「距離感が近すぎるかな」と感じたことと、「ソフト体育会系」のノリに微調整するためです。落ち着いて読み直すといきなり「出来上がってる感」があったので。
作中では「当人同士はそんな意識はないけれど、華恋の無防備さもあって、他の人は何となく割り込みづらいようなくっつき加減」「でも『つき合ってるの?』と聞かれると『は? なんで?』(なんか食べながら、物凄くどうでもよさそうに)で素で聞き返す程度の距離感」を想定しています。
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