おかえり犯人 2


 有力な情報を提供してくれた女子生徒、円居瑠姫愛から、聞き込みを行うこと数人。


 そして、円居の話に出てきた岡山恵梨佳の番になった。今までよりも少しピリピリした空気が、鷹野と和泉の間に漂う。


 岡山恵梨佳は、女子高生にしては大人びた容姿をしていた。薄くメイクもしているようで、それがまた似合っている。


「岡山さんは、被害者の矢島さんとはどういう関係?」

 鷹野が、なるべく優しい声で質問する。


「ただの、友達です」

 岡山は視線を合わせずに答えた。


 友達が突然殺されて動揺しているのか、それとも自分が犯人であることを悟られたくないのか。岡山の態度はそのどちらにも見えた。


「仲は良かった?」

「はい。それなりに」


「へぇ。それじゃあ、矢島さんと恋バナなんかはしたことある?」

 世間話風に軽い口調で、少しずつ情報を引き出していく。


「まあ。ちょっとは……」

「そっか。矢島さんには彼氏とかいたのかな」

 いきなり核心は突かず、外側から攻めていく。


「いえ。そういった話は聞いてません」

「本人から、というのは?」

 岡山は、しまった、というような表情をした。

 何気ない発言から不自然な部分を探すのは、刑事という職業柄、得意だった。


 沈黙と二人の刑事の視線に耐えられず、彼女はしぶしぶ、と言った様子で口を開いた。


「一時期、楓について、良くない噂が流れたんです。複数の大人と付き合ってるとか、社会人からお金をもらってデートしてるとか」


「それは、ただの噂だったんだよね?」

 鷹野が確認する。


「はい。たぶん、楓が綺麗だから、それを妬んでる女子が流しただけだと思います。楓はすごくいい子でした。そんな悪いことをするような子じゃありません」


 普通の真面目そうな子が援助交際をしている例も多く見てきた鷹野たちは、あえて何も言わず、次の質問に移った。


「一つ確認したいんだけど、岡山さんは、廣崎くんという男子生徒と交際していたんだよね」


「……はい」

 少し黙ってから岡山は頷く。ここで嘘をついても、どうせバレると思ったのだろう。


「ちょっとプライベートな話になるんだけど、彼と別れたのはどうしてか、教えてくれるかな? もちろん、嫌なら話さなくていい」

 あえて聞いた情報は最後まで出さずに、鷹野は岡山の出方をうかがう。


「私にそれを聞くってことは、もう刑事さんたちはその先まで知ってるってことですよね?」


 岡山は沈黙することなく、逆に疑問形で返してきた。顔を上げた岡山の目元は、少し赤くなっている。


「じゃあ、廣崎くんが矢島さんを好きになってしまったってところはその通りなんだね?」


「……はい。でも、私は殺してません!」

 岡山はしっかりと鷹野の目を見て、はっきりと言った。


 彼女は嘘をついているようには見えなかった。が、シロとも断定できない。

 犯行時刻のアリバイもないようで、ただ単に動機がある、としかいえない状態だ。


「ありがとうございました。矢島さんについて、他に何か気になることってあったりするかな?」


 和泉の質問に対し、岡山は少し迷いつつも話し始める。

「これも確実なことは言えなくて……もしかするとなんですけど、楓は、ストーカーの被害に遭っていたかもしれないんです」


「ストーカー?」

 ここにきて新しい情報が出てきたことに、期待半分、驚き半分で和泉は聞き返す。


「はい。少し前に楓から相談されたんです。家に帰るとき、誰かに後をつけられてる気がするって」


「それは、いつ頃の話?」

「えーっと……確か、二ヶ月くらい前です。最近は、どうだったのかはわかりませんけど……」


 二人の刑事は顔を見合わせる。

 岡山もそれ以上はわからないらしく、聞き込みは終了した。




「ご協力、ありがとうございました」

 刑事たちは担任教師に礼を言う。


「いえ。一刻も早い解決を願っております。それと、今日は一人だけ欠席している生徒がいまして……」


「ああ。津田つだ美香よしかさんですね」

 和泉が、名簿を見ながら言った。一人だけ休んでいる女子生徒がいることは、二人の刑事も把握していた。


「はい。津田は、矢島といつも一緒にいました。津田にも話を聞ければ、何かわかるかもしれないとは思いますが、どうか今日は控えていただきたいのです」


 鷹野が和泉に見せた写真。そこに矢島楓と一緒に写っていたのが、津田という女子生徒だった。


「わかりました」

 二人とも納得し、矢島楓の通っていた高校を後にした。


「あまり、重要な証言は得られませんでしたね」

「まあな。だが、収穫がなかったわけじゃない。被害者のストーカーを探すぞ」




 矢島家の周辺を当たると、すぐにストーカーの犯人がわかった。お喋り好きのおばさんはどこにでもいるものだ。


 矢島楓の近所に住むフリーターの男で、名前は田山たやまさとし

 さっそく接触を試みると、あっさり家に刑事たちを入れた。


 男は、全体的に貧乏くさい見た目をしていた。室内も同様で、コンビニの袋や空のペットボトルが散乱していた。


「矢島楓さんが何者かに殺された事件はご存じですね?」

 和泉が切り出した。


「……はい」

 田山は下を向いて答えた。長い前髪で表情が見えない。


「率直にお聞きします。あなたと矢島さんのご関係はどんなものでしたか?」

 鷹野が腕を組んで黙っている横で、和泉が質問する。


「彼女は、僕にとって天使でした。俺が大学生のときは、目を合わせて『おはようございます』って言ってくれてさ。ああ、本当に天使だったな。小学生の楓ちゃんは……。もちろん、今も天使だけど」


 矢島楓のことを〝天使〟と表現した田山は、悲しそうに言葉を詰まらせた。

 二人の刑事は揃って、近所なのだからあいさつくらいはするだろう、と思ったが、わざわざ言う必要もないため黙って聞いていた。


「なるほど。あなたは近所に住む矢島さんに並々ならぬ想いを抱いていた。それで、日常的に彼女に対してストーカー行為をはたらいていたというわけですね」


「……」

 和泉の、口調は穏やかだが容赦ない内容の質問に、田山は沈黙で答えた。


「お前が矢島楓を殺したんじゃないのか?」

 鷹野はここにきて初めて口を開いた。威圧感を出しながら詰め寄る。


「そそそ、そんなわけないだろ! 俺が楓ちゃんを殺すわけないじゃないか!」

 田山は慌てて否定する。顔が赤い。嘘をついているようにも、ただ殺人の容疑をかけられて平静でいられなくなっているだけのようにも見える。


「ストーカー行為については認めるんだな?」

 ストーカーの中には、永遠に自分のものにしたかった、などとわけのわからない理由で相手を殺してしまう人間もいる。


「こっそり後ろをつけてみたりはしたけど、それだけだ。盗撮したり、直接的なことは何もしてない!」


「とりあえず、署に来てもらえますかね」

 和泉が優しい口調で言う。


「嫌だ! そんなことがバレたら、またバイトをクビになっちまう! やっと長く続けられそうな職場を見つけたのに!」


「自業自得だ! 観念しろ!」

 鷹野が田山を睨みつける。


「待て! わかった! 俺が楓ちゃんを殺していないという証拠があったらいいんだろ!」

「そんなものがあるのか?」


「ああ。さっきは後をつけただけだと言ったが、嘘なんだ。楓ちゃんの家の玄関に、盗聴器を仕掛けていた」

「何だと!?」


 犯行が行われたのは、まさしく矢島家の玄関だ。田山の言っていることが本当なら、犯人がわかるかもしれない。鷹野は興奮して身を乗り出した。


「玄関なんて、ドアの開閉の音くらいしか拾えないから、何も意味はなくて最近は放置状態だけど、データ自体はまだ残ってるはずだ」

「よし。すぐに聞かせろ」


 田山は、ごみの山から古いノートパソコンを引っ張り出してきた。

 矢島楓が殺されたと思われる時間に合わせ、盗聴データを再生する。


 インターホンが響く。

『はーい』と、おそらく矢島楓の声。

 ガチャリとドアの開く音に続き――。


『あ、おかえり』

 これが被害者の最期の言葉になり――その直後、鈍い音が聞こえた。


「これは……」

 和泉が呟く。


「間違いない。凶器のバットで殴られた音だ」

 鷹野が顎に指を当てて言った。


 この音声が本物なら、それだけで犯人まで特定できてしまう。

 おかえり。それは、家に帰ってくる人間に向かって発される言葉だ。


 田山が作った偽物の可能性も否定はできないが、ここまで回りくどい方法で工作をするとは思えない。疑いから逃れるだけなら、もっと簡単な方法はいくらでもある。


「どうだ。役に立っただろ? これで俺の疑いは晴れたな」

 ストーカー男は誇らしげにそう言った。


「何を言っている。盗聴は立派な犯罪だ。後日、令状を持ってまた来るよ」

「おい! 約束が違うだろ!」


「約束なんてしてないだろ。まあ、今はそんなことより、真犯人の確保が先だな。和泉、行くぞ」


「はい」

 二人の刑事は何かを喚く田山を無視し、アパートを後にした。

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