おかえり犯人

蒼山皆水

おかえり犯人 1

 女子高生を殺した男は、穏やかな表情で夜道を歩いていた。

 微かに歪んだ彼の穏やかな表情を、月の明かりが照らす。




鷹野たかの先輩、今回はどんな事件なんですか?」

 忙しそうにたくさんの人間が行き来している警察署の廊下で、若い男性が、隣を歩く先輩に尋ねた。二人は共に刑事であり、スーツに身を包んでいる。


「女子高生が何者かに殴られ、殺された」

 鷹野と呼ばれた刑事は、淡々と答える。


 先輩刑事、鷹野は眼光が鋭く、いかにも刑事といった印象を抱かせる。

 対して後輩刑事、和泉いずみは、柔和で穏やかな雰囲気を纏っていた。


「そりゃまた……。残酷な事件ですね」

 慣れているのか、和泉は驚いたり悲しんだりすることなく言った。


「被害者は矢島やじまかえで。十七歳の高校二年生だ。幼い頃に母親を亡くし、父親との二人暮らし」

 鷹野はスーツの内ポケットから一枚の写真を取り出して和泉に見せる。


 写真には二人の女子高生が仲が良さそうに寄り添って写っていた。二人とも笑顔でピースサインをしている。


「……」

 写真を見た和泉は、一瞬固まった。


「どうかしたか?」

「いや。綺麗な子だなぁと思って……」


「そうだな。綺麗だからどうというわけではないが、マスコミは嬉しいだろうな。まずは聞き込みだ。矢島楓の通ってた高校に行くぞ」




 二人の刑事は、矢島楓の通っていた高校へ向かった。

 マスコミ関係者らしき人間が、カメラを持ちながら高校の周りをうろうろしている。


 来賓者用の出入り口で要件を告げる。あらかじめ連絡をしていたため、矢島楓のクラスの担任教師がすでに待っていた。


 学校の廊下を歩きながら、お互いに自己紹介をする。

 若い担任の教師は顔面蒼白になっており、平常心を失っていたように見受けられた。自分のクラスの生徒が殺されたのだから当然だろう。


 授業は自習となっているらしい。生徒たちも動揺しているはずだ。

 二人の刑事はまず、矢島楓のクラスメイトから話を聞くことになった。


 担任の教師から名簿を受け取り、空き教室に生徒を一人ずつ呼び出しながら、刑事たちは矢島楓に関する情報を集めていく。


 本物の警察官を前に緊張している者が多かったが、受け応えはしっかりしていた。

 和泉が人当たりのよさを発揮し、クラスメイトへの聞き込みはつつがなく進行した。


「矢島さんは……あまり目立たない子でしたね。積極的には。でも、すごくオーラみたいなのがあって、存在感はありました。矛盾してるかもしれないけど、そんな感じなんです」


「放課後はよくバイトをしてたみたいです。部活帰りに近所のコンビニで見かけたことがあります。あ、俺、矢島と同じ中学だったんで、それなりに家は近いんです」


「本当に、どうして矢島さんが……。私はそんなに話したことはなかったんですけど……うっ…………。すみません……」


 誰かに恨まれているとか、そういった話はまったくと言ってもいいほど出てこなかった。空振りばかりだ。


 そんな中、一人の女子生徒が重要な証言をした。

 彼女は空き教室に入って来るなり、二人の刑事を見て大げさに驚いた。

「わー! 本物の刑事さんだー! すごーい!」


 クラスメイトが殺されているというのに、どこか嬉しそうでもある。無理をして明るく振舞っているというよりは、普段からこういう性格なのだろうと予想できた。


 女子生徒は髪を茶色く染め、はっきりわかるほどにメイクをしている。イマドキの女子高生といった感じの風貌だ。


「えーと、円居まどい……ごめんなさい。下の名前が……」

 和泉は困ったように首をかしげる。名簿には〝瑠姫愛〟と表記されているが、振り仮名はなかった。


「あー、それね。初対面の人は絶対読めないんだよね。円居瑠姫愛るきあって読むんで、ヨロシク!」


「なるほど。瑠姫愛さん……ですね」

 いわゆるキラキラネームというやつだろうか。


 読めないことや、本人がそれをコンプレックスに感じてしまうことで問題視されるが、鷹野も和泉も、瑠姫愛という名前は彼女に似合っていると思った。


「それでは円居さん。矢島楓さんが何者かに殺害された事件についてお聞きします。何か心当たりはないですか?」

 誰からも有力な情報が得られなかった質問を、和泉は半ば諦めながら口にする。


「あー、もしかすると楓っち、えりぴょんとの間に何かあったのかもしれないっすね」


「えりぴょん、というのは?」

 鷹野が尋ねる。楓っちというのは被害者の矢島楓のことだろう。


岡山おかやまっていう、うちのクラスの女子。楓っちとはかなり仲は良かったハズ。ってかえりぴょん、誰とでも仲良いし」


「出席番号八番。岡山……恵梨佳えりかさん」

 和泉が名簿を見ながら言った。


「そうそう。その子。でね、えりぴょんは付き合ってた三年生の先輩がいたの。廣崎ひろさき先輩っつーんだけど、その廣崎先輩がね、どうやら楓っちのことを好きになっちゃったみたいなんだよね」


「なるほど」

 和泉は淡々とメモを取っていく。この話が本当なら、岡山恵梨佳は被害者の矢島楓に男を盗られたという構図になる。


「まあ、楓っち、めっちゃ綺麗だからわからんでもないけどさ、浮気は良くないよね。そもそも前も同じようなことがあったし、廣崎先輩、そろそろ一回バチが当たった方が――」


「はぁ。それで、結局、岡山さんとその……廣崎くんはどうなったんだ?」

 脱線しそうになった話を、鷹野が戻す。


「あー、まあ、色々あって別れちゃったみたいなんだよね。その件に楓っちが関わってるかはわからないんだけど」


「なるほど。つまり、岡山さんは矢島さんのことを恨んでいるかもしれない、と」

 鷹野が腕組みをしながら険しい表情で、女子生徒を見据えながら言う。


「そうそう」女子生徒は、刑事の鋭い眼光にも臆さずに頷いた。「まあ、あくまで可能性だけどね~。あ、あとこれアタシが言ったってこと、秘密でお願いしますねー」

 ウインクと共に女子生徒は両手を合わせる。


 噂好きで口の軽い人間というのはどこにでも存在する。特に色恋沙汰に関しては顕著だ。


 和泉は、学生時代に同じような噂の対象になったことを思い出していた。そういった人間には辟易していたが、今はありがたいと思った。

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