邪神の奴隷だと対応がタイヘンです
瓦礫に囲まれた中で仰向けに倒れ、空を見上げる。
雲一つない、澄み渡る青空だった。
平時であれば清々しい気分になるかもしれんが、そうも言ってられない。
『おやァ? シソウくん、もしかしてもしかするとギブ? ギブアップ? もし諦めたいなら、そのまま納刀して大、爆、発! した後で家族にバトンタッチさせるけど?』
「うるせえ……そんなこと言われなくとも、きっちりアイツもぶち殺してや、らぁッ!」
全身を苛む激痛と邪神の嘲りに憤怒を募らせて起き上がり、眼前に塞がる瓦礫の山を斬り刻んで弾き飛ばす。
瓦礫をぶっ飛ばした先に、一人の少女が今にも泣きそうな顔で、剣を正眼に構えていた。
「なんで……なんでッ! まだ立ち上がってくるの!」
悲鳴と騒音が混じる街の中、少女が悲壮感を滲ませて叫んでいた。
何故………何故、か。
そんなもん決まっている。
「お前がッ、俺の目の前で動いているからだろうがァ゛アッ!」
眼前の
「こんなもんか」
目測で人の頭二つ分くらいの深さまで掘り終えると、足元に転がして居た転生者の首を穴へと蹴り入れ、掘った穴を再び埋めて、木の枝を十字に組み合わせたモノを埋め立てた場所に突き立てた。
我ながら死者に対する礼儀の欠片も無いと思うが……転生者を丁重に弔う義理は無い。
そもそも弔いたくも無い。
「じゃあな」
粗雑な墓の下に埋まった転生者へ吐き捨てるような別れを告げ、傍らに置いていた刀……
『弔ってあげるとかさー、シソウくん真面目に惚れてたとかいう説ある? あったりしちゃう? 一夏のアバンチュールだった説?』
俺の脳内で、野太い男の声──
極めて不愉快に思いながらも辟易しながらニャーに応える。
「……お前、それ飽きねえか?」
『いや? 全然。むしろ超楽しい』
「そうか……」
『それはそれとして、なんかシソウくんが余裕風吹かせてんのイラっと来たからオシオキだべェ~っへッへッへッへェ』
ニャーのふざけた嗤い声と同時に、俺の──呼、吸が……でき──
「──、は、ッ、か……」
『いやァ、いつやってもシソウくんがのたうち回るのは面白いねェ。あハハハハハハ』
こ──の……クソアマ……!
『でもまー、転生者のお誘いをにべもなく切って捨てたのは痛快だったから、これくらいで許しましょう、うん』
「ぜ──はっ、ひゅッ──げほっ、げほっ……!」
ニャーの……悪趣味極まる、生死の掛った嫌がらせから解放され、不様にむせ返る。
……久しぶりに体感しても、慣れるもんじゃねえな。
ある程度呼吸を整えて、待ちぼうけを食ってるであろうムンとサンタくんの下へ再び歩を進める。
「遅い」
「……すまん」
戻って開口一番、ムンから叱責の言葉を受けてしまった。
……そんなに時間はかけてないと思うが、先日のあれこれで負い目があるのは確かなので、素直に謝る。
だが、ムンの方はそれで終わらせるつもりは無く、続けて詰ってくる。
「首埋めるだけなのに、どんだけ時間かけてるんですかノロマ。それともアレですか。首とは言え美しい顔にムラムラっと来て、あんなことやそんなことまでしちゃったクチですか。どうしようも無い人ですねホント」
罵倒された上に度し難い濡れ衣まで着せられて、殴り倒したい衝動を必死に抑える。
詰られるのを回避すべく、話題を切り替えた。
「飯は……食いに行かないのか?」
「行きますよ。行きますとも。その上でシソウさんに文句の一つや二つ、百ぐらいは言わなきゃ私の気がすまないんです」
「なら、とっとと行くぞ」
「シソウさん待ちだ、って言ってるのに、格好なんかつけないでください。反省してないんですか」
ムンの辛辣な罵倒で流石に俺も我慢の限界を超え、怒鳴りつける。
「いっちいちいちいち、うるっせえな! 詫びならさっき入れたろうが!」
「お腹が空いてイライラしてるんです。逆ギレしないでください」
「そっちこそ空腹の不機嫌を俺に当てるな! ……所でさっきから何の音だ? これ」
ぎゃあぎゃあとムンとくだらない罵り合いの裏で、ぐちゃぐちゃと生々しい音がずっとしていた事に、ここに来てようやく突っ込む。
……いや、何となく見当はついているが。
「サンタくんもサンタくんで割と腹ペコでしたからね。おやつです」
ムンがサンタくんに視線向けると同時に、俺もサンタくんに視界に捉える。
サンタくんはくつろぐように地面に座り込み、口元を赤く染めながら不機嫌そうに貪り食っていた。
サンタくんの口の端に見えるのは──人間の腕。
形からして、女の腕。
心底見たくないと思いながらも、目を逸らすのは言語道断なのでサンタくんが座り込んでる地面を見る。
「……まぁ、そりゃそうか」
サンタくんが貪り食っていたのは、俺が殺した転生者──マコネ・コフタの亡き骸だった。
先刻までの美しい姿は吐き気を催すほどの見るも無惨な姿へと変わり果てていた。
「サンタくんはアレ、もう出発できんのか?」
「まあ、おやつですからね。兎にも角にもシソウさんがサンタくんにライドオンしてとっとと、ごーとぅースカイすればいいかと」
「……そうかい」
軽く溜息を吐いて、サンタくんの背に跳び乗ると、続いてムンも跳び乗る。
不意に跳び乗られたサンタくんは不満そうな声を漏らすが、出立の意図を感じたのか、のっそりと立ち上がり、羽を羽撃かせて宙に浮く準備を整える。
「よし、じゃあ行くか」
「そういうのもういいんで、とっとと街に行ってください。これ以上お腹空いたら無意味な暴力がシソウさんを襲いますからね」
ムンのふざけた言い草を無視し、サンタくんの手綱を握りしめ、次の
上空にて。
日も高く昇り始め、時間は昼……前だろうか。
時計を持っていないし、そもそも元居た世界とイスエ・クアイの時間が合っているか判らんしな。
いや、時間帯の把握は別にいい。
今は──
「サンタくんに、乗って、なんでっ、こんな、時間かかってるんですかっ、シソウさんのアホっ」
「お前、がッ、八つ当たりで、がふっ、殴ってくる、からだろうがァッ! クソガキィ!」
後部座席に居るムンと極めて不毛で限りなく理不尽な格闘を繰り広げていた。
体感で一時間くらい前からムンの“お腹空きました”という愚痴を、通算で五十回目に聞いた辺りから割と本気で殴り始めてきて、今に至る。
最初の方こそ口頭で注意したり無視して操縦に集中してたが、いかんせん……この、クソガキ……
「ってえな! 飯食いたいなら黙って座ってろよ、てめえ!」
「一週間前から、腹に溜まらないモノで誤魔化しながら待ってたんですよこっちは。殴られたくなかったら街探せってずーっと言ってるんですけど」
それなりに痛いムンの殴打を捌きながら、どうにかして
「いくら何でも広すぎるだろう……」
サンタくんに騎乗して上空を飛行しているが、水平線が見えない。
巨大な湖や川はあるのだが、海が見えない。
イスエ・クアイの不可思議さよりも、今は転生者だ。
殴られながらも息を深く吸い、転生者の臭いを嗅ぎとる。
「あっちか……!」
手綱をしならせ、サンタくんの飛翔を加速させる。
「このっ、このっ」
「ぐッ、加速、してる時にも、殴ってくんじゃねえ!」
執拗に背中を殴り付けてくるムンに、左手に持っている納刀した
サンタくんはそんな俺達のことを一切無視して
「あ、これヤバそうですね」
「ぐ……う……ボカボカ殴りやがっ──」
ボソっと言ったムンの呟きで殴打が止まっていることに気付き、悪態を──つこうとして。
「うおォオオッ!?」
地面スレスレでサンタくんが急停止したせいで、しがみついていたムンと対称的に、振り向き様に片手で手綱を握っていた俺は慣性に堪えきれずサンタくんの背中から放り出された。
「ごっ、がッ、ぐ、うぅ……!」
『あハハ、落馬とかシソウくんだッさ』
「大丈夫ですかー、シソウさーん」
頭部をガードしつつ、地面に叩きつけられ無様に転がって行く。
常人なら大怪我するはずの落馬でも、俺の身体はさして損傷は無い……全身痛いのは確かだが。
怪我をしなくて良かったという安心感と、バケモノ染みてる己の身体への嫌悪が混ざりあって苛立ちが募る。
よろよろと、刀に寄りかかって立ち上がり、サンタくんの背に居るムンを睨みつける。
あのクソガキ……いつか絶対ボコボコにしてやる……
「く──うっ……」
街に立つと何度嗅いでも嗅ぎ慣れぬ──あの腐敗臭が鼻腔を蹂躙する。
どこだ、何処に居る。
街の住人たちは俺とムン達を怪訝な目で見ながらも、関わり合いたくないのか、そそくさと逃げるようにして散って行く。
「じゃあシソウさん。私達はごはん食べに行くのでお勤め頑張って下さい」
“気が向いたら応援にいきますねー”などという台詞を投げ捨てながら、サンタくんと共にムンは街中へと進んでいった。
……まあ、いい。
この際、腹ペコ娘と馬面の化け物は放っておく。
「あなた……!」
声のする方へ、顔を向ける。
そこには、美麗な鎧を身に纏った可憐な美少女が居た。
即座に、悟る。
こいつだ。こいつが──
「転生者よ、今永遠の死を与える──ッァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」
言い切り、抜刀──
「シッ──」
「ぐぉッ!」
振り切る寸前に、刀を持っている腕に衝撃が加わり、妨害される。
衝撃波でも飛ばしたか……?
「こッ、のォ゛オオッ!」
鞘を順手に持ち替え、景色ごと貫く刺突──ニャー曰く、穿空──を放とうとする。
「……ッ!」
「せえいっ!」
懐に潜り込んだ
「ぐ、オオッ」
「……! はぁああッ!」
「ッ──」
耐えて即座に攻撃しようとするも、吹っ飛ばされ、建、物に──
「ク、ソが……ッ……」
建物をぶち抜き、気がつけば瓦礫の山に横たわっていた。
「ッ、この、死ねオラァッ!」
「そんな、無茶苦茶な道理っ!」
俺は、
こっちから距離を詰めれば、嫌がって退くと思ったが……まさか一歩も引かねえとはな。
『シソウくんの先制攻撃の正体がどうもバレてるっぽいねぇ。あッハッハッハ。いやァ、敵も着々と手強くなって見応えあるよ私は』
「おおおッ、らぁアアッ!」
「くっ──」
刀で押し込み、鞘で殴りつけてぶっ飛ばす。
俺と
ここで殺す。
「おォオオ──!」
「しまっ──」
姿勢の崩れた
「──
「……! ちぃッ!」
狙いを転生者から、突如飛来する衝撃波のようなモノに切り替え、斬り裂く。
………いつも、いつも、いつも。
一体どういう理屈で何の因果だ。
『まー、簡単に事が進んだら別にシソウくんじゃなくてもよくね? ってなっちゃうし。私は見てて面白いからいいんだけどサ』
「……まさかてめえの差し金じゃねえだろうな?」
新たに現れた邪魔者……頭にツノを生やした貴族のような豪奢な男……を見ながら
『えェ? 私の差し金だったらもっとエゲつないものにするよー。ていうかさ、私と喋ってるヒマなんか無いでしょキミ』
ニャーの煽りを無視して、ツノ付きの男と
様子見なんざしてる場合じゃねえが……隙が無い。
「アクリア、彼が例の……?」
「うん……多分“殺刃鬼”……」
ツノ付きの男が一歩前に出てくる。
「僕は、ヒィエル。タウヨード王国を治める王のヒィエル・メルヘノウギ。君が何故──」
「お゛ォオオオオッ!」
ツノ付きの男、ヒィエルを無視して
「……君が何故、アクリアのような人達を狙うのか──理由を教えてくれ」
「断る」
ヒィエルが瞬時に出した漆黒の剣で、俺の刀と鍔競り合い越しに問うて来るが、切って捨てる。
追撃に鞘を振り被るが──
「させないっ!」
アクリアが神速の如き速さで鞘を弾いていく。
クソ、鬱陶しい。
それから幾度か打ち合うが……ヒィエルもアクリアも、どちらかを先に仕留めようとすれば、即座に邪魔をしてくる。
……余り取りたくない手段だが、やるか。
二人との距離が空き、再び斬空を放つべく、刀を振りかぶる。
「ッ! アクリアっ!」
「わかってる!」
あの様子からして、マジで斬空がどういう攻撃なのか把握してるらしいな。
だが──それが命取りだ。
ヒィエルは後衛、アクリアが前衛としてそれぞれ攻撃を仕掛けてくる。
「はぁああっ!」
「──ッ、らあッ」
「──え、っ! っふ……!」
突っ込んできたアクリアに合わせるようにして、踏み込んで頭突きをアクリアの鼻っ柱にぶち込む。
ク、ソッ……覚悟決めても凄まじく痛え……!
「アクリアぁッ!」
ヒィエルが呆然と鼻血を流しているアクリアに近寄ろうとして──狙いを定める。
「おォオオりゃァアアアッ!」
「ぐ、くうっ……!」
一発は障壁みたいなモノを張って耐えるが、後ろの建物は一閃の下に斬り崩れていく。
なら──
「死ィ、ねえええええッ!」
「く──」
渾身の力で鞘を振り抜き──斬空を放つ。
後ろの瓦礫と化した建物を更に微塵にし、ヒィエルは──
「アクリアっ!」
「あ……ヒィエル……」
一瞬でアクリアの下へ移動していた。
……避けられたか。
数々の建築物が轟音を立てて崩れていく。
アクリアは立ち上がり、ヒィエルは気遣うようにしてアクリアを支えていた。
「ヒィエル……みんなは……?」
「大丈夫、すでに避難させてあるよ。僕らは“正義の味方”だからね。このくらい、なんとも無いさ」
「……なるほど」
正義の、味方か。
………反吐が出る理屈だ。
俺の中の、怒りが燃え滾る。
激痛による責苦は依然として俺の身体を常に苛んでいるが、気にならない。
知覚はしているし、苦しくて辛いのも確かだ。
だが、それ以上の──怒りが、俺を突き動かしている。
「──がぁッ!?」
「え……ヒィエルっ!」
声も出さずに、俺は爆発のような移動を繰り返し、背後からヒィエルを鞘で刺突する。建物ぶっ壊しながら派手に吹き飛んだな。
本来なら
「こ……っの!」
「お前は後だ。すっこんでろ」
殺意の籠った視線で睨み、鞘で怒涛の如く殴打を繰り出してアクリアの攻撃を封じる。
「く、う……」
「おらあッ!」
「きゃあっ──!」
締めの一発でアクリアを大きくふっ飛ばし、一足飛びでヒィエルの下へと向かう。
空を跳んでいる途中、
『いやいやシソウくーん。
「
『ええー? 壱に転生者の殺害、弐に転生者の殺戮、参、肆が巻き添え虐殺、伍に殲滅。が、君のテンプレートでしょー? それ以外に何があるのさァー』
「お前が好きそうな光景を見せてやる」
『──ほォ? シソウくんがそう言うなんてねェ。何のスイッチが入ったのか知らないけれど。それじゃあ私は高みの見物と洒落込もうかな。期待外れだった場合は……そだね……次、サンタくんで移動するときシソウくんが転生者見つけるまで逆さ吊りネ!』
「……わかった」
「ぐ……うう………」
ヒィエルは、いかにも満身創痍という体で苦悶の声を漏らしていた。
「……………」
その姿を見据え、数秒。
俺は立っていた瓦礫を砕く様にして跳び上がる。
空を蹴って、刀を力まかせに振り下ろし、ヒィエルごと地面を砕く。
……手応えが無い。避けやがったな。
「
背後からヒィエルの声と黒く薄い板みたいな物が飛来するが──
「遅い」
刀で一閃の下、斬り捨てる。
ヒィエルは信じられないようなモノを見るような表情を浮かべ、即座に先の技を連続で放ってくるが。
「脆い」
その悉くを斬って捨てる。斬り捨てながら、ヒィエルに向かって行く。
「く、このォッ!」
それからもヒィエルは様々な攻撃を繰り出すが、全て斬り裂いて行く。
しかし──量が、多くなっていき……そして。
頭部に、一発、食らう。
構わず歩を進める。
「弱い」
「な……!?」
ヒィエルの一撃を意にも介さず、踏み込んで斬りつける。
再度、鍔迫り合いの格好になり、ヒィエルに語りかける。
「“正義の味方”が聞いて呆れる」
「君には、関係ない──だろうッ!」
ヒィエルは刀を弾き、空いている手から衝撃波を繰り出し、俺……ッ、を──吹っ飛ばす。
……そうだな。
勝手に怒って。
勝手に苦しんで。
勝手に因縁吹っ掛けて。
勝手に殺そうとしてるだけだ──だがな。
これだけは言わせてもらう。
態勢を建て直し、着地。
抑えつけていた──
「正義はな──お前ら馬鹿の
刀と鞘を振り回し、斬空の連撃をヒィエルに向かって放つ。
奴は回避と防御に徹していた。
当の野郎は聞こえちゃいないだろうが、怒りの赴くまま、絶叫に近い声で罵っていく。
「人の住居すら守れねえで、何が“正義の味方”だ──
「君が──それを言うのかッ!」
「黙らせたかったら、とっとと掛かってこいッ!」
腹が立つ。虫酸が走る。
もし、本当に“正義の味方”がいるのならば。
あんな
正義の味方とかいう理屈を口にする奴らの性根は、“己は正義。敵対する者は悪、そして我は必ず勝利する”……くだらねえ。
勝ち負けに善悪なんか絡む訳が無い。
どこまでいっても。強い奴が勝って、弱い奴が負ける。
俺自身がその“弱い奴”だというのを思い出し、更に怒りを燃やす。
「おォオオオオッ!」
ヒィエルを囲い込む様に斬空を放ち、逃げ道を潰していく。観念したのか、これ以上周囲の被害を抑えるためか、真っ向から向かい合う。
「
ヒィエルが黒いゴムボールのようなものを前に放ると、凄まじい力で引き寄せられ、周囲の瓦礫が黒い玉に吸い込まれていく。
大気ごと引き寄せられる力に尋常ではない激痛を感じながらも、怯まずに刀を握り締め、ヒィエルを視界に捉え──そして。
「お゛ォオオオオッ!」
「がッ、ぐああっ!」
宙に浮かされつつ、身体を捻って下段から縦一直線に黒い玉をヒィエル諸共斬り裂く。
斬り裂かれた黒い玉は一刀両断して霧散させ、ヒィエルは……両断は出来なかったが、深手を負わせたか。
好機──引力で引き寄せられ宙に浮いていた俺はそのまま着地、そして神速で踏み込み──
「──死ね」
「あ……っ」
致命傷を負って錯乱しているであろうヒィエルの首をすれ違い様に、刀で刎ねる。
首を刎ねた瞬間、振り向いてヒィエルの後頭部を刀で貫く。
身体は首の断面から鮮血を噴き出して膝から崩れ落ちた。
息を呑むような声が聞こえ、そちらへ視線を向けると、顔面を蒼白にした──アクリアが立っていた。
「そんな……」
「次は、お前だ」
ふらふらと、覚束ない足取りでこちらへ向かってくるアクリアに、刀で串刺しにしたヒィエルの頭部を放る。
ヒィエルの頭部を抱き締めるようにして受け取ったアクリアは踏ん張れなかったのか、そのまま尻餅をついてへたり込んだ。
「ヒィエル……ヒィエル……っ、ヒィエルぅ……」
「…………」
骸の頭を抱いて蹲るアクリアに向かって歩いて行く。
このまま失意に果てて抜け殻になるなら、首を斬り落として次の
だが、俺は確信している。
こいつはこんなものでは無いと。
「う……うっ……」
「ヒトが目の前で殺されてお前は泣いてるだけか」
失望の色を滲ませた台詞をアクリアに浴びせ──首へ、刀を振り下ろす。
「……ぐすっ……ううっ……」
刃は、首を斬り落とすこと無く。
アクリアの剣によって防がれていた。
それどころか、目に見えて雰囲気が豹変していく。
……例えるなら、脱皮と言ったところか。
もしくは──スイッチが入ったか。
「ふっ……!」
「……ッ!」
無造作──に、振るったアクリアの剣に大きくふっ飛ばされるが、刀と鞘を地面に突き刺し、線を描きながら無理矢理動きを止める。
「……やはりな」
『なーにが“やはりな”よシソウくん。君ホントはガチのマゾヒストなんじゃないの? 難易度上げるような真似してさァ。エクストラハードがルナティックハードになってんじゃん。アレ──“
『要するに、“約束された勝利の
「問題無い」
俺の返答に、ニャーは失笑したように鼻を鳴らし、続きを促してくる。
俺はアクリアの下へ、歩を進める。
「
『──っぷ、あハハハハハハハハハ! え? シソウくんそんなこと考えてたの!? その為に? わざわざ難易度上げて? 状況を更に絶望的にして? あ──ッはハハハはハハハ!』
ニャーのやかましい嗤い声が頭に響き、今もなお身体を襲う激痛に堪え、アクリアと正面から向き合う。
……最初に出会った時とは桁外れの威圧感に別人かと錯覚しそうになるが、紛れもなく。この
一瞬の間が空き。
俺は刀を担ぐ様に構え、鞘は居合の体を取ると──アクリアが揺らぐ様に消え、俺の全身に尋常じゃない痛みと衝撃が襲う。
それでも。真っ直ぐ前を見据え、耐えて、堪えて、堪え凌ぐ。
極限まで目を凝らせば、アクリアの残像が幽かに見て取れる。
超高速移動しながら攻撃してやがるのか。
腰を……据えて。攻撃に堪えていると、声ッ──が、聞こえる。
「どうして、こんなことをするの」
攻撃の手は一切緩めること無く、淡々と、俺に語りかけてくる。
「私を──
それは、純粋な問いだった。
ひたすらに、何故? どうして? という疑問の答えを、アクリアが求めているように感じた。
………その、割──には……ぐ、攻撃の手が止まる所か激しさを増してるのは、話し合いなんか興味無い証拠だろう。
本来なら黙殺してるところだが。
使えるものは口八丁だろうと使ってやる。
「答えてよ──!」
「家族の為だ」
その、言葉に。
アクリアの息を呑む声が聞こえ、僅かだが、速度が落ちた。
動揺を隠そうとしてるのか、アクリアは続けて話しかけてくる。
「家族の──為? なら……ならどうして、それを言わないのっ! 言ってくれたら、わたしや、わたし達にも協力できたかもしれないのに! 何で、いきなり……!」
「端的に言えば──お前らを殺す以外の選択肢は無いし、協力なんぞ要らん」
「それでも──!」
「逆に問うがな。お前らが二度の生を送って良い理由は何だ?」
「──え?」
「元の世界だろうが、このイスエ・クアイだろうが……生きとし生けるものはただ一つの命を唯一無二として一生を全うするものだろう。なのに、偶々死んで、偶々
「それ、は…………」
隠していた動揺が如実に現れてきたのを察し、追撃をかけるように口舌にて容赦なく刻んでいく。
「繁栄か? 栄光か? 平和か? なるほど、確かに得られたらそれは素晴らしいものだろうよ──
アクリアは反論することなく、攻撃し続けている。
俺の、方は……クソ、いつまでも食らってられるかこんな
怒りで意識を保ちながら、発言の速度を早める。もたついては、いられん。
「おい、先の問いに答えてみろよ。お前らクソムシが二度目の人生で好き勝手して良い理由は何だ。特に無いなら──生かして良い理由もねえだろ」
「──それ、でもッ!」
全包囲から加えられる攻撃に、圧と速度がまた、戻り。
「わたしはッ! あなたを倒して! ヒィエルを生き返らせて! 平和を築くッ! それが──それがわたしの、正義だから!」
勘と、風を切る音の方向で。
アクリアが、俺の真正面に移動するのを察する。
この瞬間を待っていた。
鞘を振り、斬空を放つ。
「え──」
居合の要領で放たれた斬空はアクリアの腰から下を砕き飛ばし、轟音を響かせながら建物も破壊していく。
そして。アクリアは体勢を崩し、上半身が地面に墜落していく。さながら、達磨落としの様に。
回転する上半身の──首に。
断頭の刃を振り下ろし、斬首した。
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