憤怒で転生者と殺りたい放題するだけの、最悪奴隷道中
照りつけるは灼熱の
吹き荒ぶは砂埃巻き上げる
そして、広大な荒れ地に並ぶ人馬一組。
各々秘めた想いを胸に、俺は──
「なんでこうなったんだ」
サンタくんの上で一人、ごちていた。経緯も目的も、余さず理解はしている。しているものの……納得だけができていない。
釈然としない俺に比べて相方は……
「さぁ、シソウさん。張り切って行きましょう。目指せ、一等賞」
普段通りの気だるげな発言ながらも、内容のせいで頭が沸いたんじゃないかと思うぐらいに乗り気だった。
それというのも、やはり。
「一等賞の超豪華ディナーフルコースは私の手に。いざ」
食事、食い物、食い意地。
言ってしまえばそれだけだが、生物の根源的な欲求故に気勢は凄まじい。
短く溜め息を吐いて、今回のターゲットである
俺より前方に居る、巨大な狼に乗っている黒髪の
ここからでも
【さぁ、皆様長らくお待たせしました! 此度の準備がようやく整いまして、残すはカウントダウンのみとなりますッ!】
響き渡る女性の声に俺を含めた全員が身構える。いよいよ、
【三!】
そして始まるカウントダウン。
【二!】
「勝ちますよ、シソウさん」
俺はムンの腰に左腕を回し、体を固定する。
【一!】
「ああ、必ず
ムンと意思の疎通をして、今──
【ゼロッ!!】
レースが幕を開けた。
「あー……お腹空きました……」
「……」
「おーなーかーすーきーまーしーた」
「………」
「お、な、か、す、き、ま、しぃーた」
「腹減ったって言われても、ここ空の上だぞ」
ムンのうざったらしい絡みに俺は淡々と返す。今現在俺たちは、サンタくんに跨がり空を飛んでいた。
ヤニルタどもを始末した後、次なる
俺の返答に納得がいかないのか、ムンは尚も食い下がってくる。
「シソウさんが道中で遭遇してそのまま戦闘始めたせいで、サンタくんも私もお腹ペコペコなんですよ」
「待ってる間に何も食わなかったのか?」
「だーかーら、お腹空いたって言ってるじゃないですか。それぐらい察してくださいよ、このトンチキ」
……ムンの言い分は大分腹立つものだが、口調からして限界の様だ。ムンとサンタくんの腹を満たすべく、深呼吸を一つして、集中して匂いを辿る。……相も変わらず、吐き気を催す悪臭でうんざりするが、嘔吐感を怒りで捩じ伏せ、近場の匂いを探る……見つけた、か?
「あの街に行ってくれ」
「街……あ、あそこですね。わかりました」
そう言ってムンは手綱をしならせると、サンタくんを加速させる。
危うく、姿勢を崩して転落しそうになるのを、サンタくんの背を掴んで、ムンに文句を飛ばす。
「うぉッ、てめぇいきなり速度上げるな!」
「うるさいですね。シソウさんと違って私やサンタくんはお腹が減るんです。正直ヒロイックセブンラヴの時だって、かなりお腹空いてたんですからね」
ぐうの音も出ない正論に苦虫を噛み潰したような顔で堪える。確かに、俺は腹も減らなければ眠たくもならない。この事からも生者では無いという、忌々しく腹立だしい現実に直面する訳だが……今は置いておく。
「それで、街に着いたら最初はどうするんだ」
「ご飯」
間を置かずに答えるムンと同調するように、サンタくんが耳障りな嘶きをあげた。
「お前そこまで腹減ったのか」
「シソウさんがテキトーにこなすせいで飯にありつけなかったですからね。反省してください」
「……そりゃ悪かったな」
ムンの刺々しい返答に何を言っても藪蛇と悟り、黙ってサンタくんにしがみつく事にした。
「着きましたね」
「ああ……そう、ぅぷ……」
ムンの荒々しい操縦と転生者の
くそ……生理的な欲求は皆無のくせに反応だけ常人並みとか……あの
街に着いた時から気になってたが、人に活気が溢れ、そこらの会話が嫌でも耳に入ってくる。
「おい、今度の大会どうするよ」
「どうするも何も、キアギナサクシティ杯だろ? 出ねえ訳にはいかんだろ」
「つっても、今回はオルシェ殿が参加するんだろ? なら勝ちは決まりじゃねえか」
「けどよぅ、今回は大々的やるだけあって賞品も豪華だからなぁ。一山当ててみたいもんだ」
道行く人々の会話を小耳に挟みつつ、早足で進んでいくムン達に歩調を合わせる。
しかし、キアギナサクシティ……か。
「シソウさん、さっきからだんまりですけど、どうかしましたか」
「いや……街の名前に何か……違和感というか」
「ふーん。あ、こことか良さそうですね。すいませーん」
……最初に出会ってからの付き合いでわかってたつもりだが、そういやムンはこんな奴だったな。
慇懃無礼のマイペース……あの
ムンはサンタくんを外に待機させ、俺は短く溜め息を吐いてムンと共に巨大な大衆食堂らしき建築物に入っていった。
「あれとこれとそれと、あとそれ。山盛りで」
「あいよー! 嬢ちゃんたくさん食べるねぇ!」
「どっかの、だれかの、せいで今の今まで断食状態でしたからね。とっても旨いです。おかわり」
「ガハハ! 嬉しいこと言ってくれるねぇ! すぐ作るからちょっと待ってな!」
ムンと緑色の肌をした気さくな巨漢が和気藹々とする中、俺は隣で驚異的なムンの食いっぷりに辟易していた。
いくら食欲が皆無とは言え……見てるこっちが胸焼けしそうだ。
冷めた視線をムンから外すとカウンターの向こうにいる空の食器を運ぶ巨漢と目が合う。
「そっちのお兄ちゃんはどうだい? 連れの嬢ちゃんの食いっぷりにサービスしとくよ!」
「お気持ちだけで……」
「シソウさんにはやることがありますからね。おじさん、さっきの注文もう一人前追加で」
「了解! 了解! ガハハ!」
終始豪快な笑い声を轟かせながら巨漢は厨房の奥へと引っ込んでいった。
「……ところで、まだ食うのか?」
俺の怪訝そうな物言いに、ムンは温度の無い目でまだ手付かずの料理を指で差し示す。
「それ、サンタくんの分なので届けに行ってください。可及的速やかに」
「いや、あの厩舎でもエサは出るだろ」
「文句を、言わずに、行って、来て、ください」
げしげしと蹴りを入れてくるムンに抵抗すべく殴り返すが軽やかに避けられた。クソガキめ。
不毛なやり取りは俺も望む所ではないので、渋々とムンのポケットから引きずり出された台車に料理を乗せて厩舎へと向かった。
「……ここもここで臭いが凄まじいな」
料理を厩舎へと運んだ俺は厩舎の臭いに眉間に皺を寄せる。
様々なケモノがあふれており、獣臭さが尋常ではない域に達していた。あの
一刻も速く、厩舎から立ち去るべく目当てのサンタくんを探しながら厩舎の中をうろつき、見つけた。
当のサンタくんは大人しくはしているものの、目が血走り、鼻息が荒ぶっていた。
……
「ほれ、飯だ」
台車ごとサンタくんの下に押しやると、辛抱堪らなかったのか、凄まじい勢い料理を食べ始めた……皿ごと。
「………店主に謝らんとな」
獣臭が充満する厩舎を後にし、ムンがまだ食いまくっているであろう大衆食堂へと向かった。
食堂へと入ると、先程の獣臭とはまた別の──嗅ぎ慣れたくもない、覚えのある臭い……
何処だ──何処にいやがる。
即座に意識を殺意と憤怒で染め上げ、迷子の如く辺りを見回す。周囲から奇異な目で見られ罵倒されるが、そんなことはどうでもいい。重要じゃない。
重要なのは、転生者を見つけ、殺す。
転生者三人を殺して痛感した事だが、アレらと“戦闘”に入るのはつくづく悪手でしかない。
それもそのはず。あの
不死身やふざけた膂力なんてのは当たり前。
摩訶不思議で理不尽な特殊能力が真骨頂と来てやがる。そんなもんと戦う事がそもそも馬鹿げている。馬鹿げている、と街に着く前から思っていたが──
『いやいやシソウくんの疑問はもっとも。私もねー、シソウくんに
「何の用だ
俺の脳内で正気を削るような野太い男の声が響き渡る。
声の主の名はニャー。俺をこの世界……イスエ・クアイに文字通り落とし込んだ張本人にして忌々しく、憎たらしい飼い主。
俺から死を奪い、生を躙り、名前すらも取り上げた正真正銘のクサレ神。
『はッはッは。毎度毎度エラい嫌われようだねぇ。疲れたり飽きたりしない?』
「うるせえぞクソアマ。こちとら取り込み中だ」
『私としても反応しろとか言った訳じゃないんだけども。ほら、私の気分で君に語りかけてるだけじゃん? だからぁー、アタシとしてもぉー、なんかシソウくん激イタって感じ?』
「………ッ!」
ニャーのふざけた口調に奥歯を砕く勢いで噛みしめながら罵声を吐き出すのを堪え、臭いを頼りに転生者探しを続ける。
ハラワタが煮えくり返るような憤怒も、どうにか抑え込む。
『ま、シソウくんイジりはこの辺にして。シソウくん達に転生者のような
ニャーの話を舌打ち混じりに聞きながら、なおも転生者探しを続ける。
ヤツの話は下らない上に聞いているだけで苛々して仕方ない。
転生者の臭いはするものの、大衆食堂故か、堂内が広い。さっさと探し当てねば……
『一人目のヤツが優秀だったから調子乗って三万人くらいは
情緒不安定にも程があるだろ。この
邪神の思考回路なんぞ理解できないし、したくも無いが、付き合わされる俺は堪ったものではない。
ニャーの戯れ言が止まると同時に、視界の端に──見つけた。
「オルシェさまぁ、今回のレースは誰で出るんですかぁ?」
「うーん、そうだなぁ……」
「はいはーい! あたし! あたし出たい!」
「こ、今度は私も……」
「参ったなぁ、あはは。でも今回の景品は豪華なディナーだから、本気で勝ちに行かないとね」
「はぁい、なら私が」
「あたしが!」
「わ、私が……」
様々な女を侍らせて、だらしない笑みを浮かべる
「転生者よ、今永遠の「とうっ」死ッぐぉッ」
柄を握り即座に抜刀して殺すつもりの俺に、あろうことかムンの跳び蹴りを脇腹に食らい妨害される。思いの外、威力が強くテーブル席へぶっ飛ばされた。
『ぶッふうッ。き、決め台詞キャンセルとか……ぶフフフフはハハハハハハ! さいこー! あーハハハハハハ!』
「て……ッめえ! 何で邪魔しやがるんだクソガキィ!」
「ちょっと大人しくしててください」
「うッ、おぉ……ッ!」
ニャーのやかましい嘲笑を無視して、ムンに抗議するも、眼前を蹴りが通り過ぎ、仰け反る。
結構な騒ぎになり、転生者供も、こちらに気付いてしまった。クソ……腹括って此処で仕掛けるか……?
『ムンちゃんも言ってたけどさぁ、今はお勤めをちょっと我慢して大人しくした方がいいんじゃない? あとは君がぶっ飛ばされて散らかした物の後始末とかさ』
「………ちッ!」
ほんの数分前、迅速に転生者を始末しろと抜かした口が今じゃこれだ。やってらんねえ。
つーか邪神の癖に常識を説いてくるな。
ニャーの発言とムンの睨みつけてくる視線に舌打ちで返し、周囲の客に謝りながら、残骸を片付けていく。
「一つ、質問いいですか」
「あー……えーっと、君は?」
「私の名前はムンといいます。それで質問なんですけど」
「僕に答えられる事ならいいんだけど……」
「“景品”が、“豪華ディナー”との事ですけれど、それはどうすれば獲得できますか」
背中越しに繰り広げられる会話に嫌な予感を感じながらも手を動かし、謝罪し続けた。
「シソウさん」
「………」
「拗ねないでください」
道の往来で言いながら放たれるムンのローキックに、俺もローキックで対抗する。
が、連撃で放たれるムンのハイキックに咄嗟の判断で頭を腕でガードし──倒された。
「……ッつぅ……」
「シソウさんのくせに反抗するとか生意気ですね」
「お前こそ、さっきは何の真似だ」
「さっき……? ああ、シソウさんが他のお客さまに迷惑かけた件ですか」
「お前の跳び蹴りのせいでな!」
悪態を吐きながら起き上がり、サンタくんをつれ歩くムンの後を警戒しつつ付いて行く。
行き着いた先は、馬などの厩舎が付いている、それなりに立派な宿屋だった。
……馬面のサンタくんを馬と同類として扱って良いのか解らんが、宿屋の主人に相談したところ、問題無いということでサンタくんは厩舎で今頃すやすや寝ているだろう。
そして、俺とムンはある一室で部屋の床に座り込み、向かい合っていた。
「では、キアギナサクシティ杯優勝目指して作戦会議をしましょう」
「経緯を話せアホンダラ」
俺は座ったまま、手元の
「はー……いいですかシソウさん。これまでの転生者駆除で私は学んだんです」
呆れるムンを白けた視線で睨み、しばし待つ。そして。
「ご飯を抜いてはダメなのだ──と」
効果音でも付きそうな妙な迫力で断言した。
「お前さっきの食堂で散々食ってたよな」
「あれは腹二分目なので、ノーカンです」
「いや、カウントしろよ。食ってんじゃねえか」
「それはそれ、これはこれ」
このまま話していても埒があかねえ。
とっとと本題に入るべく、睨み付けて先を促す。
「で、本音はなんだ」
「優勝商品の豪華ディナーが食べたいです」
「………」
食い意地が張ってるとは薄々思っていたが、まさかここまでとは……
だが、俺を蹴り飛ばした肝心な理由が明かされていない。
「飯が──」
「豪華ディナー」
「……豪華ディナーが食べたいのは解った。けど、俺を蹴り飛ばしたのは何故だ」
ムンが不思議そうに首を傾げるのを見て、今度こそ当てるまで手元の刀をぶん回そうかと思ったが、ムンは思い付いたように人差し指をピンと立てた。
「あそこで駆除始めても、逃げられてましたよ」
「……根拠は」
「匂い、ですかね。シソウさんはニャー様が付けたマーキングの匂いが強烈過ぎて解らないでしょうけど、次元移動者特有の無臭を感じました。なので、キレ散らかしてドンパチ始めてもあの転生者……オルシェっていいましたかね。彼は次元の彼方にドロン。レースは中止、豪華ディナーはナシというわけです」
ムンの不愉快な説明に苛立ちを募らせながらも、おおよその話の流れが見えてきた。
つまり、コイツは──
「どこまで行ってもメシの為かよ」
「もちろん」
得意げに胸を張って鼻を鳴らすムンに、俺はフェイントを交えつつ
しかし、ムンは動じることなく捌き、回避する。
「いちいち突っかからないでください。鬱陶しい。私とじゃれてる暇があるならレース優勝作戦と転生者の殺害プランを考えましょうよ」
「言ってることはもっともだが、てめえに蹴られたのが納得いかねえ!」
「もー……シソウさんめんどくさいですねえ」
その後。数分ムンと下らないじゃれあいを済ませ、真面目に作戦会議を進めた。
そして、今に至り。
号令と共に、会場の怒号と獣どもの耳をつんざく足音が轟き渡る。
俺はしっかりとムンの腰にしがみ付き、機を伺いつつ、転生者──オルシェを見据える。
今のところ
殺れる時に、殺る。
「オルシェの騎馬に寄せろォ!」
「了解です」
ムンとしても優勝するのに最大の弊害がオルシェだというのが理解できているからか、俺の命令にも素直に従ってくれている。
【おおっとォ! トップ独走のオルシェ選手へ猛烈に追い付こうとする一騎──ムン選手だァアッ!】
実況の煽りを受けて会場の熱気も一段と盛り上がる。
うるせえ騒音は、気にしない。
殺す。殺す。殺す。
今こそ。今度こそ。
「さぁ、シソウさん! とっとと殺っちゃってください!」
言われるまでもない。
「──転生者よ、今永遠の死を与える」
俺は覚悟を決め、
「──ッアアアアァアアアアアッ!」
激痛から来る絶叫を轟かせる。絶叫、に、実況──も、観客……も、茫然と、している。
この痛みは、慣れることは、決して、無い。
とっとと、終わらせる……!
「ぬー……てぇいっ」
ムンが手綱を操り、サンタくんを背面跳びさせる。
「な……!」
「ウソ……」
「……ッ、オルシェさまっ!」
「おォオオオオオオッ!」
困惑するオルシェと女ども。サンタくんから逆さまに奴らを見据え、激痛に絶叫し、刀を振るう。
──レース大会、キアギナサクシティ杯が始まる一週間前。
ムンとの打ち合わせにて。
「プランA……の前に。シソウさん、今回はあの、景色ごと斬る攻撃はしちゃ駄目ですからね」
「……そもそも攻撃自体はアリなのかよ」
「今回のキアギナサクシティ杯は、年に一度のスーパーレースってことで、基本的には荒っぽいノリも多少許されるそうです。いつの時代もどこのヒトも血を見るのは大好きって事ですね」
ムンは一口水を飲み、話を続ける。
「ただ、完全に無法って訳では無いです。あるポイント以外では、飛び道具は禁止です。なのでシソウさんの景色ごと斬る攻撃は飛び道具として判断される可能性が凄く高いので、基本的には景色ごと斬る攻撃は封印してください」
ムンの言う景色ごと斬る攻撃は、そのままで言ってることは解るんだが……まだるっこしいな……
『うーん、“景色ごと斬る攻撃”がゲシュタルト崩壊しそうだから、名前決めよっか! そうだねえ……じゃ、“斬空”で』
脳内で響き渡る腹立だしい声に、苦虫を噛み潰した顔をしながら一考する。
………簡潔で短いし、ニャーの案を採用するか。
「景色ごと斬る攻撃……斬空が使えるタイミングはあったりするのか?」
「シソウさん……いくら景色ごと斬る攻撃という名称が長ったらしいからって、中学生みたいな技名つけるのはどうなんですか。しかもザンクウって。それでも二十歳越えた大人ですかアナタ」
俺の問いにムンは表情を一転させ、半眼で睨んで文句をぶちまける。
忌々しい上に非常に腹立だしい気持ちだが、俺が名付け親だと思っているムンに一つの事実を告げる。
「斬空って名前は、お前の上司が付けた名前だぞ」
「…………」
『…………』
俺の発言に、ムンは無表情に戻り。ニャーは無言ながら嘆息していた。
ややあって、喋り始めたのは──ニャー。
『ムンちゃん、アウトぉー!』
「いッ、つぅうう……!」
ニャーのハイテンションな声と共に、ムンの頭上に金ダライが落下し、当のムンは悶絶していた。
生前、テレビのコント番組でしか見たこと無い光景だが……直で見ると痛そうだな。
ひとしきり、頭を抱えたムンは涙目になりながら俺に向き直る。
「……シソウさんの、“斬空”が使えるタイミングですが。まずは──」
その後も、ムンと作戦を詰めて行く──
【ムン選手の駆る騎馬がなんと! ダイナミックに! 宙を飛んだァーーッ! そして! 迎え撃つはレースの覇者、否! 覇王、オルシェ選手ぅっ!】
一瞬の無言から立ち直った実況が、熱の下がりかけた観客を盛り上げるべく、熱を込めて叫ぶ。
そして俺は。
「こッ、のぉ、死ねオラァッ!」
「やら……せ、ないわよッ!」
オルシェを狙って刀を振るうも、側頭部に角を生やした女が腕を変質化させて悉く俺の攻撃を防いでいく。クソッタレ。
「死ィ、イッ、ねえええッ!」
刀の届く範囲外になり、ヤケクソ気味に、鞘で攻撃するが──弾かれる。
攻撃範囲から外れたオルシェは、手綱をしならせ、騎乗動物の狼の速度を上げて前方へと走り去って行く。
「クソッ! 仕留め損ねた!」
「なーにやってんですかもう……プランAの“スタートダッシュで殺害”が失敗したんで、プランB。しくじらないでくださいよ」
「ぐ、ッ……ああ……ッ!」
激痛に苦しみながらも、ムンに返事をする。
プランB……を、やるまでに、時間が空くな……納刀、するか。
刀の切っ先を鞘の鯉口に添えた所で、頭の中から、あの忌まわしい声が鳴り響く。
『ああー、シソウくん。転生者殺さずに納刀したら諦めたと判定して君の身体は爆発するから。そこんところヨロシク!』
「──ッ……! ふっ、ざ、けんなッ! クソアマァッ! が、ぐぁあッ……! そういう、ことはッ、最初に言えぇ……ッ!」
『いやーゴメンゴメン。とは言っても私のイタズラじゃなくて、
「その
「やかましいですねぇ……」
一休みする事も許されず。
抜刀したまま、激痛に苛まれながら、怒りを燃やしてムンにしがみつく。
途中、他の選手に絡まれて発生した小競り合いをいなしながら、激痛に耐えて、耐えて、耐えて。
時は来た。
【皆さんお待ちかね! オッズ超変動スポット、ブラックゾーンだァッ! レース大会から一転、文字通りの無法地帯! 暗闇の巨大洞窟の中、果たして何人生き残れるのでしょうかッ!】
実況が興奮気味に、レースのギミックを紹介していく。
眼前に見えるのは、大きく口を開けたかのような巨大な洞窟。
一寸先は闇──二度目の好機。
「シソウさん、準備は良いですね?」
「……ッ、ぐぅ……ああ……!」
鞘を脇で挟み込み、空いた左手で懐からサングラスを取り出して掛ける。
ムン曰く“暗視サングラス”だそうだ。
これで、洞窟内でも視界は確保できる。
後は──
「ぶっ殺す」
再び左手に鞘を持ち直して、殺意を漲らせ、
オルシェが洞窟に入ると同時に、俺達も突入する。
「死ィイイッ、ねェえええッ!」
刀を振り回し、景色ごと斬る攻撃──斬空を手当たり次第に放つ。
オルシェや熟練の騎手は躱していたが、後方の有象無象は斬空で切り落とされた瓦礫で次々と断末魔を上げながら脱落していく。
「なんてデタラメな……!」
「オルシェさま! あんな奴ほっといて逃げ切り独走で行きましょう!」
「ああ、その方が良さそうだね」
言って、オルシェは右手を前にかざす。
「
オルシェが駆る狼の前方に光輝く門のような物が出現し、狼の頭部が徐々に入っていく。
「シソウさん!」
「逃ィがさねぇぞォオオッ!」
サンタくんを急加速させたムンの呼び掛けに、逃げられて詰むという焦りと、逃がしてたまるかという怒りを、込めて。
オルシェの真横に着いた俺は、狼の首目掛けて斬空を放った。
「え…………」
「あ、そ、そんな……」
「〜〜ッ、ユニィッ!」
首を失った狼の背から放り出されながら、オルシェがユニィと呼び、額に角を生やした少女とキスをし、もう一人の少女と共に亜空間の中へ消えて行く。
首の無い大型の狼を見て俺は舌打ちをする。
「また、逃したッ!」
「いえ、シソウさん。まだチャンスはあります。ヤケを起こさずにきっちり行きましょう」
「そうは言うが、アイツ消えたんだぞ! ッ、ぐぅううあ、が………」
「私だってホントはシソウさんをボロクソに罵倒したいのを必死に堪えてるんです。だから失敗は考えずに殺す方法を考えてください」
『そーだ! そーだ! ムンちゃんの言うとおり二度失敗したゲロカスゴミクズシソウくんは刀ブンブン振ってとっとと転生者ぶっころせー!』
ムンのフォローのついでに聞こえてくるニャーの煽りに怒りを燃やし、喉に走る激痛をも怒りの燃料にして叫ぶ。
「クソアマてめえ、いつか絶対にぶっ殺してやるァアアアッ!」
絶叫しながらオルシェの野郎を探すと、ブラックゾーン脱出間際の俺たちの真横から、額から一本角を生やした馬に跨ったオルシェと、もう一人の女がいた。
「っ………」
「お前……ッ、絶対に許さない……!」
悲痛な表情を浮べるオルシェとその背にしがみつき、憎悪の表情を浮べるもう一人の女。
ムンは気にせず前方を見据え、俺はサングラス額に押し上げて奴らを見る。そして実況の声が轟く。
【なんと! なんとなんと! まさかの大盤狂わせ! オルシェ選手は騎馬を一騎失い! 追従する二番手は、今大会初参加の、ムン選手だァーッ!】
歓声とブーイング混じりの怒号にも狼狽えることなく。
俺と──オルシェの後ろに居る女は互いに見合い。
動いたのは、女。
「ウルフィアのぉ……仇ぃいいッ!」
左腕を肥大化させ、巨大な竜の腕を俺達に向かって振り下ろしてくる。
「回避か迎撃」
「迎撃」
ムンの問答に俺は即応し、刀を構える。
どう攻めようか考えていたが、あちらから来るなら上等だ。
斬空は使えない。
ならば、斬り裂く。
「おッ、らァアアアアッ!」
眼前を埋め尽くす拳を、斬って、斬って、斬りまくる。
ズタズタに斬り裂いた拳から鮮血が降り注ぎ、ムンは即座に手綱を操ってサンタくんをオルシェ達から距離を空ける。
「ッ、ぐぅ、あああっ!」
「ドラッカっ!」
側頭部に角を生やした女──ドラッカは肥大化させた腕を等身大に戻し、痛みを堪えるように腕を抑えている。
オルシェは心配そうに呼びかけるが……速度を落とさない辺り、気構えはできてやがるな。
まだ、勝負は諦めて無いか。
「ユニィ、スパートかけるよ。ドラッカも早く治療させないと」
「オルシェ様、あたしは大丈夫だから……」
「それでも。君が傷ついたままは、僕もユニィも嫌なんだよ」
キザったらしい台詞を吐いたオルシェは手綱をしならせ、一本角の馬の速度を急激に上げていく。
「ムン!」
「わかってますよ」
逃げ切りを阻止すべく、ムンに喝を入れ、サンタくんの速度を上げさせるが──追い付けない。
差は、目算で、一馬身、程度か。
【さぁ、レースもいよいよ大詰め! 最後の直線コースにして最大の関門! ハードウィンドだァッ! 必要なのは速さのみならず! 風に飛ばされぬ重量! 激しく消耗しても耐えきれる体力! 先行逃げ切りを狙う者にとっては最大の壁! そして後続にとっては逆転のチャンスをもたらす吹き付けてくる風! 泣いても笑っても、このストレートにて勝者が決まりますッ!】
オルシェを追って直線コースに入ると、強烈な向かい風が吹き荒ぶ。
「あッ、がァッアアアアアッ!」
吹き付ける風で俺の全身に気が狂いそうになる程の激痛が奔る。
スタートから抜刀して、そこからずっと、身体が痛い。
意識を保て。怒りを燃やせ。俺の戦う、理由を思い出せ。
レースの優勝──違う。賞品のため──違う。
俺は、家族を守るために戦う。故に奴を、奴らを殺す。
「ぐぅうウウ……ッ、があああ……!」
姿勢を正し。刀を担ぐ様に構え、オルシェ達を見据える。
逃げるな。逃がさん。殺す。
激痛で怒りを滾らせ、殺意で感覚を研ぎ澄ます。
逆風にオルシェ達は四苦八苦する中、俺達は一歩一歩、確実に近づいていく。
そして。オルシェ達の真横に着いた。
「これで決めるぞォッ!」
「それじゃ、今度こそ仕留めてください、よっ!」
俺の掛け声と共に、ムンは自身の腰に伸ばした俺の足首を掴み、俺をオルシェ達に向かって振る。
馬上から届かねえなら、無理矢理伸ばすのみ。
足首に激痛が奔るが、構わない。
殺す。殺す。今度こそ、殺す。
「死ね、死ね──殺す」
負傷したドラッカが右腕を竜に変化させて防ぐが──腕ごと首を斬り。
「ドラッ──」
「──カっ」
首を斬り。
「ぬぅー……そぉい」
ムンの間の抜けた声と同時に馬の首も渾身の力で斬り飛ばし。
ムンの絶妙な力加減で俺はうつ伏せになる形でサンタくんに干される格好になる。
腹に加わる激痛を堪え、納刀と同時に実況のアナウンスが響き渡った。
【第四二回キアギナサクシティ杯優勝者はッ! まさか! まさかのダークホースっ! エントリーナンバー四二七番! ムン選手だァーーーーッ!】
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