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 ――翌朝、カーテンの隙間から入る朝日に起こされ、俺は目覚める。ベッドの中で寝返りを打つと、頭の奥がズキンと痛んだ。


 昨夜、懐かしい学友と再会し深夜遅くまで飲んだ。楽しい時間を過ごし、俺は少々飲みすぎたようだ。


 その証拠に、車に乗り込んだあとの記憶がない。どうやってこの部屋まで戻ったのか、全く覚えていないのだ。


「いたた……」


 痛む頭を押さえて、上半身を起こすと上半身は裸だった。ソファーに視線を向けると、背もたれにスーツの上着と見覚えがある真紅のドレスが掛けてあった。


 あのドレスは……

 アイビーの着ていたドレス……?


 キッチンからはカタカタと何やら音がしている。一瞬にして血の気が引き焦っていると、カチャリとドアが開いた。


 そこには素肌に俺のシャツを羽織っただけのアイビーが立っていた。シャツからはスラリと伸びた美しい脚が見えた。


「おはようアスター。コーヒーはブラック? それともミルクと砂糖はいれる?」


「アイビー!? どうしてここにいるんだよ!? それに、その格好……!? まさか、俺達……」


「やだな。アスターってそんなひとだっけ? 私の姿を見れば一目瞭然でしょう。大人の男女がお酒に酔って一夜を過ごした。結婚前提の交際だもの、自然なことよ」


「……アイビー、俺は君に……」


「やだ。悪戯して反省してる仔犬みたいな顔しないで。さあ、起きて一緒にモーニングコーヒーを飲みましょう」


「……あ、うん」


 昨夜の記憶は全くない。

 アイビーは魅力的な女性だから、一夜を共にして何もしない自信はない。


 だからと言って、アイビーに問う自信もない。

 肯定されたら、どんな言葉を発すればいいのかわからないからだ。


 ダイニングテーブルにはコーヒーやトースト、野菜サラダやソーセージ、スクランブルエッグが並んでいた。


「アイビーが料理したのか?」


「やだ、私だって料理くらいするわ。アスターの口に合うといいけど」


 アイビーはシャツを羽織ったまま脚を組む。目のやり場に困った俺は、視線を逸らせた。


「そんなに慌てないで。私達もう他人じゃないんだから」


「アイビー……、ご、ごめん! 昨夜のことは記憶にないんだ。君を傷つけたなら謝る」


 テーブルに両手をつき、アイビーに深々と頭を下げる。ゴツンと額がテーブルに当たり、アイビーがクスリと笑いながら、コーヒーを口に含んだ。

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