No.22 支配者

 私の住んでいる二階建ての家には小さな檻が設置してあって、私は基本的にその中で生活している。

 檻を出るのは会社に行く時と風呂に入れられる時くらいで、食事や睡眠、排泄などの行為は、全て檻の中で行っている。キッチンや寝室、トイレは存在するが、私がそれを使うことは許されていない。

 檻の中で私は本を読んだり、筋トレをしたり、スマートフォンをいじったりして生活している。

 私の家を支配しているのは一匹の猫だ。白色の毛皮と大きな耳と短い尻尾、それから緑色の目を持っている。その猫がどのくらい巨大かといえば、立ち上がると二メートル半くらいある。肉食動物らしく、狩猟むきの鋭い牙と爪を備えている。猫は私を可愛がってくれている(と思う)が、もしその気になれば、猫はあっという間に私を殺すことができるだろう。

 私は赤ん坊の頃からこの猫の管理下にいて、私の所有するあらゆる物は猫から与えられた物だ。スーツも、ネクタイも、靴下も、財布も、本も、エアロバイクも、スマートフォンも、名前や知識さえ、私は猫から授かった。

 会社の同僚たちは私が猫に飼育されていることを知らない。

 幼い頃の私は、自分が猫に飼育されていることをオープンにしてきたが、嘘つき扱いされるのはまだいい方で、私が話している言葉の意味を、正確に理解すらされないことの方が多かった。

「ボクは猫に飼われているよ」

「へえ、田山くん、猫を飼っているんだいいね」

 そういえば、高校生の頃に初めてできた恋人が家にやってきて、私の檻と家の中を闊歩する巨大な猫を見てドン引きする、なんて事件もあった。

 それまでも、私は人間が猫に飼育されていくるということが一般的ではないということは承知していたが、恋人に振られ、絶縁されるという思春期の少年にとっては最悪とも言える罰を受けたことで、私はようやく猫に飼われているということを他者に秘密にするようになった。

 高校の頃から、就職した今まで、私はあまり友達というものを作ってこなかったし、SNSもやっていないので、私の家庭の事情なんて知りたがる人間はほとんどいない。だから、自分が猫に飼われていることを隠すのはとても簡単だ。

 私の会社の上司は猫を飼育していて、プラスという名前のその猫を溺愛している。彼には休み時間や飲み会などで、スマートフォンに入ったその猫の写真を無闇矢鱈と見せたがるという癖がある。同僚たちは猫の写真を見て、上司にゴマをするように「めっちゃ可愛いですね」とか「実はうちも猫飼っているんすよ」とかいう。私からすると理解しがたい文化だ。猫は自分を支配する存在であり、決して愛でたりするような存在ではない。幸運なことに、私はまだ上司の飼っている猫の写真について、感想を求められたことはない。もし求められたら、「いやあ、自分そういうのよくわからないんですよね」と正直な言葉を口にしたいと思っている。

 先日、猫によって、私の住む檻の中に、私とは別の人間が投入された。私より一つ年下で、私と同じ会社員の女だった。私たちは、会社に行っていない時間は、常に一緒に檻の中にいる。と言っても、別に仲が良いわけでもないので、無言で本を読んだりスマホをいじっているだけだが。

 猫がなんで人間の女など連れてきたのかは、なんとなく予想はつく。おそらく私たちをにして、子を作らせたいと考えているのだろう。ただ、私は別に子供など作りたくないし、相手の女だって私などと子を作りたくないだろう。そもそも猫が私たちにになれと直接言ってきたわけでもない。

 だから、猫が何らかの策を仕掛けてくるまでは、私たちは互いに干渉せず、無関心を貫こうと考えている。

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