No.21 懐古
古い洋楽が流れ続ける、小さな喫茶店の片隅で、なんだかよくわからないが恐ろしいものが二人、話に花を咲かせていた。
「昔は良かったよ。誰もが俺のことを本気で怖がってくれた」
なんだかよくわからないが恐ろしいものの一人は、恐怖の大王であった。
一九九九年に空からやってきて、アンゴルモアの大王を蘇らせると言われた、あの恐怖の大王だ。アンゴルモアの大王を蘇らせて、その後に何をどうするのかは不明だが、とりあえず人類を滅亡させる、あるいはそれに準じる被害を人類にもたらす存在と信じられており、ながきにわたって子供達を無闇に怖がらせてきた。
「ああ、あの頃は良かった。街を歩けばみんなが俺に恐怖の眼差しを向けてくれた。今はダメだ。誰も俺のことなんて覚えちゃいない」
もう一方のなんだかよくわからないが恐ろしいものは、ゲーム脳である。
ゲーム脳とは、テレビゲームをやっていると前頭前野のβ波が低下し、脳が認知症と同じ状態がなってしまうという説だ。ごく限られた脳科学者しか主張していない、真偽不明の情報ながら、子供の成績が低下することを心配する父母や教育関係者を恐怖させると同時に、子供たちに対してもゲームを取り上げられる恐怖を植え付けたという逸話を持つ。
テーブルの上に置かれた、空飛ぶ円盤を思わせる形状のスチール製の灰皿には、タバコの吸い殻が山のように積もっている。まだ昼前ではあるが、恐怖の大王の前のグラスにはビールが、ゲーム脳のグラスにはウイスキーの水割りが、それぞれ注がれていた。ビールからは泡が消え、水割りの氷は完全に溶けきっている。
一九七〇年代から一九九〇年代という長い全盛期を持つ恐怖の大王と、二〇〇〇年代初頭のごく短い期間に活動したゲーム脳では、親子以上に歳が離れていたが、それでも彼らの話題が尽きることはなかった。
二人は有名人なので、お互いのことを昔からよく知っていたが、直接会うのは今日が初めてであった。数ヶ月前、恐怖の大王のSNSアカウントにゲーム脳の方からコンタクトを取った。二人はすぐに意気投合し、現実世界で会うことになったのである。
恐怖の大王とゲーム脳はよく似ていた。
かつて一斉を風靡して、子供だけでなく大人までも恐怖の底に突き落としたこと。真偽定かで存在自体が不確かなこと。一部の人々には蛇蝎のごとく嫌われ、批判されたこと。そして、今では、もはや誰からも顧みられなくなったことも……。
「口裂け女や貞子はよくやってるよ。笑われることもあるが、あいつらは未だ現役だ」
「羨ましいよな。あいつら、俺たちと何が違うっていうんだろうね」
「そりゃあ……」
恐怖の大王はそこで口をつぐみ、わかるだろ、とでも言いたげにゲーム脳を見た。
ゲーム脳はウイスキーに口をつけながら、恐怖の大王から視線をそらす様に、喫茶店の壁に目をやった。ヤニの臭いが染み付いた壁には、「重要なお知らせ」と書かれた貼り紙が掲示されていた。
来月から店内を全面禁煙とさせていただくことにしました。お客様には大変ご迷惑をおかけいたしますが、ご理解のほどを……
「昔は良かったよ」
ゲーム脳は貼り紙の赤い文字を読みながら呟くと、ウイスキーのグラスを置くと、新しいタバコを口にくわえた。
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