No.18 aaa

 中学生だった頃、高校生の兄の部屋に忍び込んだ経験が何度かある。兄のパソコンを勝手に動かして、スケベなホームページを閲覧するためだ。当時の我が家の教育方針では、中学を卒業するまで個人用のパソコンは買い与えられないことになっていた。

 今思えば、僕の行動はバレバレだったろうが(当時の僕にブラウザの閲覧履歴や検索履歴を消去するなんて知恵はなかった)、兄は何も言ってこなかった。もしかしたら本当に気がついていなかったのかもしれない。

 ある秋の日の放課後、家に帰った僕は、兄の部屋に忍び込んでパソコンを起動した。兄はパソコンにパスワードを設定していなかった。Yahoo!の検索窓に「巨乳」とか、「おっぱい」とか、友人から聞いた女性器の名称とかいったワードを突っ込んだ。そして中学生には相応しくない画像を眺めて満足した後、僕は何かの弾みでデスクトップに保存されていたとあるフォルダを開いてしまった。

 「aaa」と名付けられたそのフォルダの中には、いくつものテキストファイルや画像ファイルが入っていた。それらのファイルには「グジェル」とか「アスバスダネーソン」とかいった意味不明の名前が付けられていた。

 好奇心に駆られた僕は、その中の画像ファイルのひとつをクリックした。女の裸の画像だといいなんて期待したが、表示されたのは何本もの線が複雑に入り組んだ、奇妙な模様であった。その他の画像ファイルも開いてみたが、似たり寄ったりだった。テキストファイルの方は、半分は外国語で読み取れず、もう半分は日本語が書いてあったが、意味がわからなかった。

 気がつくと、パソコンを起動してから随分時間が経っていた。兄が部活動から帰ってくるか、母が仕事から帰ってくるか、いずれにしても僕がパソコンを使っていられるタイムリミットが近づいた。僕はパソコンをシャットダウンして、兄の部屋から退出した。

 兄はやがて高校を卒業し、東京の大学に進学した。高校生になった僕には、自分用のパソコンが買い与えられ、兄のパソコンにあった奇妙なフォルダのことなどいつの間にか忘れてしまった。

 そのフォルダのことを思い出したのは、僕が二十五歳の時だ。

 大学を卒業後も、東京に残って働き続けた兄は、なんらかの理由で精神を病み、近所の住民や職場の同僚と数え切れないほどのトラブルを起こした後、自殺した。

 兄が病んでいたことを知らなかった僕はひどく驚いたが、さらにびっくりするような情報があった。

 兄が首を吊ったアパートの一室は、全ての壁に、油性マジックを使って奇妙な幾何学模様や、意味をなさない呪文のような文字がびっしりと描かれているという、異常な空間になっていたらしい。僕はその話を聞いて、例のフォルダのことを思い出した。

 兄の部屋に描かれていた幾何学模様や呪文の数々が、例の「aaa」フォルダに入っていたファイルと関係あるのか、今となってはわからない。ただ、兄が死んでからというもの、僕は頻繁に兄の部屋に侵入した中学時代を思い出す。

 そして、どこかで兄を救えたのではないかと、意味のない後悔をするのだった。

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