No.17 労働者たち

 ある夜のこと。

 犬と猿と雉が闇の中に集い、囁くような声で桃太郎に対する不平不満を言い合っていた。

 鬼退治によって桃太郎は巨万の富を築き上げた。鬼から奪い取った財宝だけではない。鬼に苦しめられてきた村の民から、桃太郎は謝礼の品々を受け取った。民間軍事会社の経営や、自分の顔を模したキャラクター「ももたろくん」がプリントされた商品の販売などといった事業は、概ね成功を収めた。講演会に呼ばれるたびに巨額の謝礼を受け取り、ゴーストライターが書いた自伝「桃から生まれた桃太郎〜なぜ私は鬼退治を成し遂げることができたのか〜」はベストセラーになった。

 桃太郎の育ての親であるおじいさんは、その知名度を活かして政界に進出し、おばあさんは吉備団子の生みの親としてレストランチェーンのカリスマ経営者となった。

 桃太郎の一族が資産を増やす一方で、犬と猿と雉の生活は酷いものだった。鬼が島での鬼退治という偉業を成し遂げた後も、彼らは桃太郎の家来……桃太郎が社長を務める民間軍事会社の社員という身分に甘んじていた。

 鬼ヶ島の残党はまだあちらこちらに潜んでいて、それを討伐することが彼らの主な仕事であった。あるいは、鬼に怯える村の民の護衛を請け負うこともあった。いずれも料金は格安であり、業界でのシェアは圧倒的だった。

 決して安全な仕事ではなかった。命の危機に晒されたり、傷を負うことは日常茶飯事だ。犬などは一度思い切り金棒をくらい、生死の境を彷徨ったことさえある。猿は過労によるストレスで脱毛し、雉は視力の低下が著しかった。

 にも関わらず、彼らに与えられる報酬は鬼退治を初めて成し遂げた時と同じ、わずかな量の吉備団子だけなのであった。いや、近頃はおばあさんが吉備団子を工場で大量生産することに成功し、吉備団子一個あたりの価値は以前よりぐんと落ちている。とすれば、犬と猿と雉は、以前より安い報酬で劣悪な仕事を続けていることになる。桃太郎の軍事会社が格安料金で仕事を請け負えるのは、人件費の安さが理由であった。

 かつて、犬は桃太郎に、もっと安全な仕事をさせてほしいと直訴したことがある。桃太郎の回答は冷たかった。「猿や雉は危険など顧みずに仕事をしているよ。臆病者め」

 かつて、猿は桃太郎に、休暇を増やしてほしいと直訴したことがある。桃太郎の回答は冷たかった。「犬や雉は休みたいなど言わないよ。怠け者め」

 かつて、雉は桃太郎に、報酬を増やしてほしいと直訴したことがある。桃太郎の回答は冷たかった。「犬や猿は吉備団子一個で十分に働いてくれているよ。業突く張りめ」

 犬と猿と雉は桃太郎や彼の信奉者に気づかれぬよう、小声で不平不満を言い合っていたが、話しているうちに彼らの怒りは爆発し、やがてその声は巨大な咆哮へと変化していた。

「我らはかつて対等な関係だった」「桃太郎の与える吉備団子に我々は満足していた」「しかし、今の我々はどうだ」「桃太郎の都合の良いように搾取され、まるで奴隷ではないか」「我々は団結せねばならない」「我々は団結し、傲慢な資本家ブルジョワジーに、労働者プロレタリアートの怒りを見せつけねばならない」

 犬と猿と雉はおもむろに立ち上がると、桃太郎の象徴である日本一と書かれた旗に火をつけた。そして一列になると、桃太郎の屋敷に向かってシュプレヒコールを唱えながら歩き始めたのであった。

 旗に灯った炎が闇の中で揺らめいた。

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