No.15 アダムスキー
春太アダムスキーは、ある朝とても奇妙な夢から目を覚ますと、自分が巨大な空飛ぶ円盤に変身していたことに気がついた。
昨夜までの彼は、中肉中背の体格をした、京都に住む平凡な男子大学生であったはずだ。それが朝起きたら、銀色で、直径二百五十センチ、高さ百七十センチの空飛ぶ円盤になっていた。浮かび上がろうと考えるだけで、空中に浮遊することができたし、光ろうと思えば光ることができた。
なぜこんなことになってしまったのか。
まず思い当たったのは、彼自身の苗字についてだった。日本人の母と米国人の父を持つ春太アダムスキーは、その苗字のせいで、子供の頃のあだ名はUFO、あるいは空飛ぶ円盤だった。
といっても、春太アダムスキーとアダムスキー型円盤の語源であるジョージ・アダムスキーの間に血縁関係など全くないし、アダムスキー姓だからUFOに変身してしまうだなんて、そんな馬鹿な理屈もないだろう。そもそも、ジョージ・アダムスキーはUFOを目撃した人物であって、UFOそのものではない。
それでは苗字以外に、春太アダムスキーとUFOの間に関係があるかといえば、全くなかった。春太アダムスキーはUFOを目撃したことも、宇宙人と接触したこともなかったし、学研のムーの読者でもなかった。いや、仮に春太アダムスキーがオカルトマニアで、ムーの愛読者であったとしても、やはりUFOに変身することとは繋がらない。
どうしようもないので、春太アダムスキーは七色に発光し、ピロピロという電子音を発しながら、床から数センチの高さに浮かんでいた。UFOになって飛行能力を得たのだから、本当は大空を飛びたかったが、マンションの天井は低かったので、一メートルも浮かび上がることはできなかった。また、部屋の外に出ようにも、今の春太アダムスキーの直径では、扉も窓も通ることができなかった。
しばらくそうしていると、誰かが部屋のチャイムを鳴らした。春太アダムスキーは地上に降り、電子音を止め、息を潜めた。もう一度チャイムが鳴る。
声を発して助けを求めるべきだろうか、と彼は思った。何と言って? 朝目が覚めたらUFOになっていたんです。助けてください? そんなことを言ったって、理解されないだろう。宇宙人の侵略兵器か何かと勘違いされて、警察か自衛隊を呼ばれるのがオチだ。いや、警察はともかく自衛隊はUFOに対して派遣されるのか?
そんなことを考えていると、扉の向こうの誰かはガチャガチャとドアノブを回した。春太アダムスキーは昨夜そのドアの鍵を閉めていなかったことを思い出した。
扉が開き、春太の部屋に真っ黒なスーツを身にまとい、サングラスをかけた身長二メートルほどの大男が入ってきた。メンインブラックだ、と春太アダムスキーは思った。メンインブラックとはUFOの出没する地域に必ず出現する謎の男たちだ。
メンインブラックは部屋の入り口に立って、サングラス越しに春太アダムスキーの銀色の体を眺めていた。
「誰だ」
と春太アダムスキーは電子音声を使ってメンインブラックに訊ねた。
「もしかして、アダムスキーさん?」
とメンインブラックは驚いたように言った。
「私だよ。隣に住んでいる矢追だよ」
「矢追さん?」
春太アダムスキーはにわかにメンインブラックの言っていることが信じられなかった。何しろ春太アダムスキーの隣の部屋に住む矢追純子といえば、春太アダムスキーと同い年の女子大学生であったのだから。美人で性格が明るく、実のところ春太アダムスキーは彼女に好意を抱いていた。
「本当だよ。私は矢追純子。朝目が覚めたらメンインブラックになっていたの。信じてくれる?」
と大男は言った。
「信じるよ」
と春太アダムスキーは言った。「少なくとも朝目が覚めたらUFOになっていたよりありそうな話だから」
春太アダムスキーは、UFOとメンインブラックだなんて、俺たちお似合いの二人なんだな、という口説き文句を思いついた。しかし、今はそんなことを言うタイミングではないと思い、黙っていた。
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