No.13 停戦協定

 冬の日のことである。

 五人のスーパーヒーローと五人のヴィラン、そして一人の名探偵が、同じ日に同じ温泉宿に泊まった。剣呑な空気こそ漂ったものの、スーパーヒーローも、ヴィランも、名探偵も、全員が慰安旅行中であったため、すぐに争いに発展するようなことはなかった。

 スーパーヒーローとヴィランは停戦協定を結び、温泉に入る時間が重ならないよう調整した。名探偵も筋肉の塊だったり、皮膚から毒を出したりするスーパーヒーローやヴィランと裸の付き合いをするのは嫌だったので、彼らのいない時間に温泉を利用することとした。まるで修学旅行生がクラスごとに入浴時間をずらしているかのようであった。

 問題が起こったのは二日目の朝だ。

 ヴィランの一人が何者かによって殺害されたのである。

 彼の死体は旅館の庭園で発見された。死体発見時、周辺の地面には雪が積もっていたのだが、現場には被害者の足跡しか残されておらず、犯人の足跡は見つからなかった。

 不可思議な事件、というわけではない。スーパーヒーローの中にも、ヴィランの中にも、飛行能力やサイコキネシスを持つ者は大勢いて、足跡をつけずに殺害を達成することなど造作もなかった。

 被害者はヴィランであり、当然怨恨を持つものは敵味方問わず大勢いて、動機の面から犯人を推定することは難しかった。

 この突発的な殺人事件によって、五人のスーパーヒーローと四人に減ったヴィランの間に争いが勃発するかと思われたが、ことは単純には進まなかった。

 まず、殺されたヴィランは、(今まで数々の悪行を重ねてきたとはいえ)今回の事件においては純粋な被害者であった。スーパーヒーローたちにとっては、被害者であるヴィランの仲間たちと戦う理由はなかった。この事件がヴィラン同士の仲間割れによるものであるとすれば、殺人者のヴィランを正義の名の下に制裁することは考えられたが、肝心の下手人が誰かわからなくては手の施しようがなかった。

 そして、残された四人のヴィランたちは、この事件をヒーローによる卑劣な不意打ちと考えた。彼らは犯人をスーパーヒーローのうちの一人だと根拠もなく決めつけ、一方的に攻撃することもできたのだが、いかんせんスーパーヒーローは五人いて、争いに発展した場合、四人になってしまったヴィランは圧倒的に不利だった。また、万が一殺人者が四人のヴィランの中にいた場合、その誰かが裏切るリスクも考えなくてはならなかった。

 かくして、スーパーヒーローとヴィランの停戦協定は継続された。

 しかし、スーパーヒーローにとって、自分たちの中に殺人者がいるかもしれないという可能性が存在すること自体が、ひどくプライドを傷つけるものであった。

 またヴィランの側も、仲間殺しの犯人が何者であるかハッキリさせ、犯人がヴィランであるなら粛清し、犯人がスーパーヒーローの一人ならそのことを使ってスーパーヒーロー軍団に精神攻撃を仕掛けたいと考えた。

 五人のスーパーヒーローと四人のヴィランの思惑は一致し、名探偵に謎解きを依頼することが決定した。

 名探偵はスーパーヒーローとヴィランのいざこざになど、絶対関わり合いたくないと思った。しかし、個人で地球を滅亡させられるほどの力を持つ善と悪の超人たちに懇願され、断れる人間がこの世に何人いるだろう。

「やれやれ、やっぱりこうなる予感がしたんだ」

 名探偵は肩を落とすと、捜査を開始した。

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